2000年6月号
視角
自我を磨き、 勇気ある発言を
宮坂 富之助
本誌の編集部からこの欄への寄稿を依頼された。
この欄にふさわしいことを考えたが、 何を読者に訴えようか、
迷った。 いろいろと考え、 先日、 女性経営トップセミナー
(くらしと協同の研究所主催、 2000年2月4、 5日)
で話したことの核心と思うこと、 また、 もう少し趣旨を補い、
述べたかった内容を延長させたいと思うことを書こうと考えた。
内容の主な 「キーワード」 を挙げると、 「価値観の多様化」、
「自己主張」、 「自己実現」、 「寛容さ」、 「謙虚さ」
などである。
まず 「価値観の多様化」 ということについてだが、
結論からいって、 私は、 現代はみんなが言うような
「価値観」 とは何か、 「多様化」 とはどういう現象か、
を問うことが大事だと思う。 「価格が安いか高いか」、
「どんなファッションが好きか」 から始まって、
「核廃絶」 あるいは 「原発の当否」 など国際政治のあり方にいたるまで、
あらゆることがまるで 「十把一からげ」 に 「価値観」
としてあつかわれている。
もちろん、 ことがらによって 「価格」 も 「ファッション」
も生活に関わり、 それが重要であることは言うまでもない。
しかし、 私たちの生活では、 環境の変化のなかで、
何がまずもって重要なことか、 人それぞれに違いがある。
価値といえば、 それを問題にするときの状況あるいは、
時代の変化なども考慮しなければならないが、
同時に、 おのずから価値といわれるものの 「優劣」
があるのではないだろうか。
また 「多様化」 ということでいえば、 現代は、
一人ひとりが、 「自分らしさ」 を強く考え、 それが
「自己実現」 のために必要なことと考え、 具体的に誰もが主張するようになった。
みな表現や内容が、 少なくともその形の上で異なることと、
以前のように、 「黙っていない」 ということ、
それが 「多様化」 したといわれる現象を造っている。
よく考えてみると、 それらは 「多様化」 しているように見えて、
その実態は表面的な微小な違いにすぎないものも多いのではないだろうか。
何について、 どのように 「多様化」 しているのか。
「価値観が多様化している」 という言葉を 「ひとり歩き」
させず、 社会状況の認識、 人々の生活面の意識、
それを、 冷静に、 客観的に見直すことが大事だと思う。
セミナーで私は、 どんな組織であれ、 その運営面で陥りがちな
「欠陥~過ち」 を指摘した。 エイズ撲滅のキャンペーンのポスターを例にあげて…。
あの事件 (1996年当時エイズ撲滅キャンペーン用として作られたポスターが、
市民団体やマスコミの反対キャンペーンにより回収された事件)
の場合、 私たちが教訓にすべきは、 当時マスコミなどが指摘していたような、
「女性への蔑視」 とか 「国際化の時代に…」 など、
論外なことだけではない。
そうではなくて、 むしろそれ以上に大事なことは、
あのようなだれでもおかしいと考えられる内容のものが、
作成過程で幾人もの人間が組織上かかわっていたと推測できるのに、
誰一人として 「これは批判される内容で、 別のものにすべきだ」
と疑問を提起しなかった、 あるいは、 できなかった、
ということにある、 と私は考える。 (生協総合研究所発行
「生活協同組合研究」 1996年7月号巻頭言 「組織の意思決定過程と
『つまずきの石』 -エイズ啓発ポスター事件の教訓-」
に詳しく述べられている)
つまり、 組織に共通して、 そしてその規模の大小を問わず、
陥りがちな欠陥をみんな見落としていないか、
である。 トップは、 自分の行動や意思決定が正しい、
と確信したいし、 また時には、 勇気ある決断も迫られる。
しかし、 同時に、 それは、 見方によっては、 常に正しいとは限らない。
人間のすることに 「絶対に完全」 はない。 だから、
「偶像化」 も、 また 「俺についてこい」 も場合によりけりで、
常に何らかの 「疑問の提起」 あるいは他者からの批判の仕組みが、
組織に必要である。
セミナーでは、 アジア的価値観にかかわって、
アマルティヤ・セン(Amartya K. Sen、 インドのベンガル出身。
1998年度アジアで初めてノーベル経済学賞を受賞)
の書いていることを紹介したが、 彼は、 多様な文化的な価値を認め合う
「寛容さ」 を強調していた。 私は、 その寛容さのいわば裏返しに、
「謙虚さ」 があると思う。
組織運営に当るトップには、 両方の心構えが必要である。
そして、 トップに仕事を任せている人、 生協で言えば、
非常勤理事、 監事、 そして組合員は、 トップに問題提起をする勇気が求めらる。
もちろん、 そのような 「危機管理」 を制度化する仕組みも必要で、
そのために私も努力したい、 と考えている。
※ ( ) は編集部。
みやさか とみのすけ
早稲田大学法学部教授