2000年4月号
コロキウム

農村地域社会における
新しい動きと協同組合の対応

北川 太一


筆者の専門は農業経済学であるので、 農山村や農協をフィールドとした調査が多い。 本稿では、 そうした中で最近特に感じていることや若干の事例も紹介しながら、 標記のテーマについて考えてみたい。


1、 新しい方向を模索する農協
周知のように、 農協系組織では全国的に広域合併 (市町村域を超える範囲での合併) が急テンポで進んでおり、 1県1農協を実現するところも出てきているが、 こうしてできあがった多くの広域合併農協は、 さまざまな問題に直面している。 組合員離れの深刻化、 地域 (旧農協) 間での壁が厚く、 それが役員選出時のエゴとなって表れるといった弊害、 さらには旧態依然とした行政や連合会依存の体質から抜け出せない等、 広域合併農協の運営が必ずしも順調に行われているとは言えない状況にある。
要するに、 大規模組織の運営に相応しい体制が整備されず、 組織が硬直化した結果、 事業機能不全 (組合員の組織力低下に伴う事業利用率の低下)、 経営機能不全 (経営管理体制の未整備による、 組織内業務の複雑化・高度化から生じるコスト増)、 そして革新機能不全 (組織の目的が組織の維持に転化し、 新しいことに取り組むという経営行動が起こらなくなる) という三つの機能不全を起こしているのである。
しかしながら最近になってようやく、 こうした現状を打開し、 事業・経営的にはまだまだ厳しい状況にはあるものの、 真に協同組合として発展していく方向を模索しようとしている農協が出始めているのも事実である。 こうした農協にはいくつかのパターンがあるが、 ほぼ次のような共通点がみられる。
第一は、 今一度農協の目線を組合員のところに置き、 両者の距離を短くするための工夫を講じていることである。 例えば、 地域密着型活動あるいは地域づくり活動として、 単にこれまでの営農面活動と生活面活動とを別々に切り離して考えるのではなく、 これらを統合した形で位置づけて積極的に取り組んでいる農協がみられるようになってきた。 農産物の直売施設 (ファーマーズマーケット) を設置して、 組合員農家 (特に高齢農家) が生産した農産物の活用をはかるといった活動は典型である。 またJA鳥取西部では、 「本物ふれあい運動」 と称して全職員が組合員宅を訪問し、 組合員の意見・要望を聞き、 そこから課題をとりまとめてこれからの農協運営の改善に結びつけていこうという取り組みが行われた。
第二は、 同じく地域に根ざしながら、 そこでの文化、 環境、 福祉の分野に積極的に踏み込もうとしていることである。 特に高齢者福祉の分野では、 介護保険制度導入に伴う事業化が円滑に進むかどうかという課題は依然として残されているものの、 ホームヘルパーの養成と助け合い組織の設立によるボランティア活動の展開が一定の成果を収めつつあること、 さらには、 高齢者の生きがい対策 (生活充実活動) として、 単に親睦目的にとどまらない 「高齢者部会」 の組織化等の動きがみられる。
第三は、 農協運営における女性の参画を積極的に進め、 女性組織活性化に向けての取り組みに力を入れていることである。 農協運営における女性の参画状況は、 正組合員で13.5%にとどまっており、 総代では1.9%、 理事では0.3%に過ぎない。 しかしながら、 例えば高知県のように、 広域農協合併の条件に女性の理事登用を義務づけているところがある等、 県によっては積極的に女性の運営参画を進めているところがある。 また農協の女性組織も、 全国的にみれば会員数が減少しており停滞傾向にあるのは否めないが、 後の事例でも紹介するように、 最近になって従来型の女性組織の活動形態や運営方法を改めて、 組織を新たに再編するという動きもみられるようになってきた。


2、 農村地域社会における新しい動き
このように新しい方向を模索しようとする農協が出現しつつある背景には、 "地域協同組合化"の方向を明確にした 『JA綱領』 の制定、 あるいは"経営の論理"をあまりにも最優先しすぎたことに対する経営トップ層の反省や県指導機関の積極的な対応があることは事実である。 しかしそれ以上に、 伝統的な枠組みから脱皮しようとする農村地域社会そのものにおける新しい動きや地域住民の意識の変化があることを見逃してはならない。

(1) 農家と非農家との連携
第一は、 単に農家だけではなく、 非農家も巻き込んだ―場合によっては非農家が主導になった―形での地域づくり活動が展開されつつあることである。 本研究所においてしばしば紹介されている、 京都府大宮町常吉地区や同町谷内地区の事例はまさにその典型である。
また、 鳥取県においては早くから明示的に中山間地域の活性化が掲げられ、 その対策に着手されてきたが、 1990年、 特に条件が厳しい111集落の実態調査が行われ、 95年には追跡調査が行われた。 そこでこの5年間に条件が改善された集落の特徴をみると、 非農家が中心的役割を果たして集落の活性化に貢献しているケースが多いことがわかる。 例えば智頭町では、 「何もないところから作っていく」 ことをスローガンとした 「1/0 (ゼロ分のイチ) 運動」 を町として積極的に取り組んでいるが、 町内のある集落では、 地元の伝統文化を再評価したうえで 「人形浄瑠璃の館」 の建設とその上演を通した都市部生協との交流活動を展開することによって集落の活性化につなげている。 また別の集落では、①住民自治、②交流情報、③集落経営、④生涯学習を4つの柱として、 集落内での広報誌の定期発行や、 むらの伝統文化の見直しや生活習慣の改善運動などを通した地域づくり運動が展開されている。 いずれも農山村集落における 「地域再発見運動」 として展開されているところに共通項があるが、 そこでは非農家によるリーダーシップ、 さらには非農家と農家との連携が活動の推進に大きな役割を果たしていることがわかる。

(2) 農家の意識の変化
第二は、 依然として農村地域社会における主役である農家の意識変化がある。 上で示した非農家と農家との連携が進む背景にも、 これまでの慣行にとらわれないで非農家の行動を受け入れようとする農家側の意識変化がある。
福祉の分野を例にとれば、 一般に農村地域においては"福祉は行政が行うもの"という意識が強く、 民間の事業者が福祉を担うことへの抵抗感が存在すると言われてきた。 特に高齢者の介護については、 農村地域の住民 (農家) はホームヘルパー等の他人を家に入れることを嫌い、 都市地域に比較して家族介護で十分であるという意識も強いとされてきた。 しかしながら、 徐々にではあるがこうした伝統的意識は変わりつつあり、 特に女性においてその傾向が強い。 筆者らが行った調査結果によれば(注1)、 高齢者の介護意識は性別による違いが大きいが、 介護は 「家族や親類による介護で十分」 と考える意識は男性の側で強い。 それに対して、 女性の側ではむしろ、 家族の介護のみに頼らず外部のサービスを利用したいという意向が相対的に高い。 また、 農協が高齢者福祉活動を行うことに対する期待構造も、 男性では 「新しい活動分野として期待がもてる」、 「農協を支えてきた高齢者に貢献できる」 といった項目が多く指摘されているのに対して、 「女性の負担軽減」 や 「女性就業の場の確保」 といった項目では女性の指摘率が男性を上回っている。
以上のような農村地域住民レベルでの意識の変化、 そしてそれを背景とした新しい方向性を模索しようとする農協の出現は、 地域社会そのものに多少なりとも影響を与えている。
例えば、 農協の高齢者活動に対する取り組みは、 養成したホームヘルパーの成長や自己実現にとどまらず、 農村地域住民の福祉に対する関心を高めたり、 従来からの固定観念の払拭にもつながる。 あるいは、 ややもすればそれまで地域の独占的存在であった社会福祉協議会の意識を変革し、 良い意味での競争的緊張関係が生じているケースも見受けられる。 また福祉の問題に限らず、 農村部と都市部とをエリアとする広域合併農協が核となって、 農村住民 (生産者) と都市住民 (消費者) とのネットワークを形成することもある。 そこで最後に、 農協女性部を通した農村女性の活動が地域社会への参画にまで発展していったケースとして、 岐阜県JAひだ高山地区フレッシュミズの会の事例を取り上げてみたい。


3、 女性組織を中心とした地域社会への参画活動
―岐阜県JAひだ高山地区
フレッシュミズの会の事例から― 
 

(1) 組織の概要
JAひだは、 1995年に1市2郡6農協が合併してできた大規模農協である。 農協の女性組織 (JAひだ女性部) は部員数約6、 500名であるが、 その中で高山地区は部員数約1、 100名で、 本体である女性部、 ホームヘルパーの会、 新予約共同購入運動ニューライフクラブ、 そしてフレッシュミズの会という4つの組織からなる。
その中でフレッシュミズの会は1994年に発足し、 会員数約30名、 「人との交流、 知識の交換を大切に心を豊かにする活動をすすめ、 広い視野から地域・組織・家庭を見つめ直し、 より一層魅力的な女性を目指すため積極的に取り組む運動」 を実現することを目的として、 専業農業者の女性によって構成されている。 活動の内容は、①より健康的な消費生活活動、②女性の文化教養の向上活動、③健康増進活動、④農業参画・農業経営・女性の地位向上活動、⑤育児教育活動、⑥仲間・地域との交歓・交流活動という6点に集約される。 特に④の一環として、 海外農業視察研修や県女性農業アドバイザーや市長との懇談、 さらには後継者問題を考えるための学習会の開催や家族経営協定の推進等の活動を行っている点が注目される(2)。

(2) 活動の展開過程

現在に至るまでのフレッシュミズの会の展開過程は、 三つの時期に分けて考えることができる。
第一期は、 正式に会が発足するまでの1990年頃から94年までの"準備期"である。 そもそもの会の起こりは、 女性農業者として何かできることはないかという問いかけから、 有志11名の女性が共通の関心事項であった食の安全性問題についての学習会を始めたことであった。 これはその後 「くらしを考える会」 として再結成され、 地域の壁を越えて約80名が参加した。 そしてさらに学習を重ねた結果、 安全性にこだわった食料品の共同購入運動の推進を農協女性部にも投げかけ、 その結果、 "日本の農業を食卓から守ろう!"を合い言葉に新予約共同購入運動を進める 「ニューライフクラブ」 の発足 (参加者約350名) へとつながった。
第二期は、 フレッシュミズの会が発足し本格的な活動が始まる1994年から98年までの"発展期"である。 「ニューライフクラブ」 の発足は、 年齢にこだわらない幅広い女性の組織化につながったが、 依然として若年の女性が子育てや家庭環境を理由にして家の中に閉じこもりがちであることから、 何とかこうした状況を打破しようと 「フレッシュミズの会」 が19名の女性によって結成された。 従来型の農協女性部活動では同じことの繰り返しであり、 マンネリ、 部員離れにつながることになってしまう。 そうならないためには、 単に事務局任せの運営ではなく、 全員が意見を出し合うような構成員自らが主人公の組織づくり、 すなわち、 企画・立案・実行をできる限り自分たちの手で行えるような組織の運営方法や活動内容を工夫すべきであるという問題意識が強く働いたのである。
そして現在は第三期であり、 "転換期"として位置づけることができる。 フレッシュミズの会では昨年、 今一度足下の見直しを行うためにアンケート調査を行って会員が現在抱える問題点を洗い出し、 さらには彼女らの関心事項や取り組みたい意向を調査した。 その結果、 会の活動を単に内部組織でのみの自己満足にとどまらせることなく、 みんなが向上しようを新しい合い言葉に、 ①男女共同参画の時代を見据えて男性 (具体的には農協青年部) との交流・学習活動を展開すること、②地域内の他の女性組織との連携を進めるということである。
まず①の活動の一環として、 農業・農村の後継者問題についての考える場 「AGRI DREAM TOUR」 が農協青年部との共催で開かれた。 そして②の活動の一環として地域内の関連組織との連携を深めた結果、 農協女性部と県女性農業経営アドバイザーを含めた連名で女性農業委員登用の要望書を市長に提出し、 2名の女性農業委員が誕生するに至った。 そして最近では、 高山市の女性農業団体のネットワーク組織である 「高山あぐり☆ウィミンの会」 が結成され、 地域における農村女性の参画推進のための連携体制が整いつつある。
このようにフレッシュミズの会の活動は、 組織の展開においていくつかの段階を経ながら、 最終的には青年部との連携を通した男女共同参画という点に重心をおいて活動をしくんできたこと、 さらには単にグループ内や農協組織内にとどまることなく、 地域社会という広い視野から関連組織とネットワーク的連携体制を構築することによって、 地域の政策決定の場に大きな影響を及ぼすに至ったことが注目される点である。


4、 新たな地域社会形成に向けての協同組合の対応方向
組合員農家と農協との関係構築の目標に関する伝統的理解は、 「"経済的弱者"たる農民による農協全利用に基づいた、 資本主義社会への対抗力の発揮」 ということであった。 しかしながら、 現代においてそれは 「一定程度の地位向上を果たした農民および地域住民による農協の"部分的共有化"に基づいた、 自らの生活向上と地域社会への貢献活動」 へと変化したとみるべきであり、 このことは、 農協に限らず生協をはじめとする他の協同組合についてもあてはまるのではなかろうか。
地域住民が自ら主体的に自己実現を目指し、 地域社会に積極的に参画・貢献しようとすればするほど、 協同組合からの相対的自律性は高まっていかざるを得ない。 その際、 協同組合としてどのように対応していくべきか。 地域で孤軍奮闘するリーダーにどこまで手をさしのべることができるか。 組織のライフサイクルから考えて必ずや訪れる"転換期"にどのような支援や新たな仕掛けをしくむことができるか。 さらには、 自らの組織内に固執せず他の地域組織との連携を視野においたネットワークづくりにどこまで踏み込むことができるか。 伝統的な組織観からの脱却が求められているのは、 まさに協同組合の側であると言えよう。

【注】
1) 詳細については、 中山間地域におけるホームヘルプサービスのあり方研究会・農業開発研修センター 『中山間地域におけるホームヘルプサービスのあり方に関する調査研究報告書』 (1999年3月) を参照のこと。

2) 桜本美奈子 「女性のJA運営参加の推進とJA女性組織の活性化をめぐる課題―JA女性組織リーダーの立場から―」 農業開発研修センター 『第2回女性のJA運営参加と女性組織活性化に関する研究会資料』 2000年3月。


北川 太一 (きたがわたいち)
京都府立大学農学部 講師
1959年兵庫県西宮市生まれ、 1990年3月京都大学大学院農学研究科修了 (農林経済学専攻)、 鳥取大学農学部助手を経て1996年10月より現職。
専門分野:農業経済学、 農業協同組合論
主な著書に、 「農協運動の現代的課題」 (全国協同出版、 共著)、 「農協運動の展開方向を問う」 (家の光協会、 共著)、 「日本農業の現代的課題」 (家の光協会、 共著) など。



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