1999年12月号
書評2
開かれた 「信頼社会」 への道を示す科学的文明論
清水 隆
くらしと協同の研究所事務局
「安心社会から信頼社会へ-日本型システムの行方」
山岸俊夫
中公新書 1999年6月 760円
いま、 日本社会の 「安心」 はおおきく揺らいでいる。
リストラによる雇用不安、 高齢化社会にむけての先行き不安は頂点に達し、
人々はより一層の自己防衛的な生活を余儀なくさせられている。
また、 不安や不信の増大は経済分野だけに止まらず、
「キレる子ども」 に象徴されるように教育の分野にも及んでいる。
本書はこうした国民が感じている不安、 不信の拡大を、
直接的には今の経済の停滞状況が生み出したものであるとしつつも、
その底にはもっと基本的な社会の構成原理の変化が横たわっているとみる。
そして、 これまで安定した社会関係を作り出してきた
「日本型システム」 の有効性を実証研究の方法をとおして明らかにし、
開かれた 「信頼社会」 への道を示すものとなっている。
本書では 「安心」 と 「信頼」 の概念をあらためて区別するとともに、
人間の置かれた環境と適応行動との相互作用、
すなわちどのような社会的知性がどういう社会的環境に有効性をもつのかを分析していく。
論証の中では 「ヘッドライト型知性」 や 「地図型知性」
という概念が用いられるが、 これまでの日本社会のような拘束性の高い閉ざされた集団主義社会では、
その社会の人間関係に精通した 「地図型知性」
が有効性を持ち、 たとえばアメリカ社会のような開かれた社会的不確実性の高い社会では、
一般的信頼と結びつき、 かつ他者の行動を推測できる能力に優れた
「ヘッドライト型知性」 が有効性をもつことを明らかにする。
そして、 これまでの日本社会で有効性をもちえてきた社会的知性
(地図型知性) とそれに支えられたシステムが機能不全に陥っていることを指摘し、
今私たちが直面しているのは、 実は 「信頼の崩壊」
ではなく、 閉ざされた 「集団主義文化」 の中で醸成されてきた
「安心の崩壊」 にほかならないと説く。
著者は、 文化を固定した伝統とは考えていない。
文化の本質は、 社会環境を生み出し、 また社会環境への適応によって生み出される、
社会的知性の中にあると見ている。 そして、 その視点から、
われわれが直面している変化は新しい文化創造のプロセスであるととらえ、
新しい文化としての開かれた 「信頼社会」 を創り出すための方途--社会的不確実性の低減
(一般的信頼の醸成) についても言及している。
私は、 「安心」 や 「信頼」 という言葉を多用する生協に身をおいているが、
これまであまりこれらの言葉を厳密に区別して使ってこなかったように思う。
本書は、 集団主義的な閉ざされた 「安心社会」
から、 開かれた 「信頼社会」 への道を探ろうとする意欲的な研究の成果をまとめたものである。
実験についての記述など、 門外漢には少々くどい面もあるが
(しかし、 それは本書の不可欠の構成要素でもある)、
協同組合に関わるものが21世紀の社会に、 どのような
「安心」 や 「信頼」 創り出そうとするのか、 その点を問い直す上でも貴重な一冊といえる。
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