1999年8月号
くらし発見の旅
ノルウェーにおける男女平等
7月11日、 くらしと協同の研究所はノルウェー王国大使館二等書記官カーリ・ヒルトさんを講師に迎え、
「社会福祉国家ノルウェーにおける男女の変容」
と題する講演会を行なった。 ノルウェーは女性の社会参加と男性の家庭参加が進み、
世界でもっとも女性の社会的地位が高いといわれている。
しかし 「男女平等の社会は一夜にして築かれたものではありません。
また女性が勝ち得てきたものが永遠に続くとは限りません。
男女平等への挑戦は繰り返し行なわなければなりません。
日々の戦いなのです」。 この日の講演はこのような言葉から始まった。
男でも首相になれる?
ノルウェーの政界は女性の進出が顕著である。
現在、 国会議員の36%が女性議員、 また議長は女性である。
内閣は19人中8人を女性閣僚が占めており、 女性の外務大臣と大蔵大臣はまだ出ていないが、
今年、 初の女性防衛大臣が誕生した。 1981年、
41歳で就任したノルウェー初の女性首相、 グロ・ハーレム・ブルントラントは、
新しい世代にとって、 これまでの女性のイメージを全く変えた重要な存在である。
ある時、 グロが小さな男の子に 「男でも首相になれるの?」
と質問されたというのは有名な話である (1998年、
彼女は世界保健機関WHOの初の女性代表に就任している)。
県議会では41%、 コミューネ (市) 議会では33%を女性議員が占めているが、
このような男女平等の浸透は 「クォータ制」 の導入によるところが大きい。
「クォータ制」 は、 委員会の選出や選挙、 入学の査定の時に、
最低40%は一方の性が入るように決めている割当制度のことである。
保守党を除く全ての政党が選挙の際の候補者リストにこの
「クォータ制」 を導入している。 ただ、 地方や分野によっては、
関心の有無や専門性の問題で40%に満たないこともあるが、
努力事項として導入されているという点が重要である。
従来、 男性が多くを占めてきた大学でも、 入学の査定で同ポイントの場合は女性を優先的に入学させることにしている。
またその逆パターンもあり、 例えば看護学校では男性がある程度優先的に入学できるようになっている。
現実の壁
16~74歳の女性のうち70%が働いており、 特に過去40年の既婚女性の就労率は急激な伸びを示してきた。
しかし労働形態は男女間に大きな差があり、 就労女性の46%はパートタイムで、
職種にも偏りが見られる。 石油・エネルギー・建設業界で働く女性はわずか11%であり、
企業の経営陣となると女性の姿は稀にしか見られない。
83%は公的部門で働き、 民間企業に比べると給料が低い職に多くの女性が就いている点にも注意しなればならない。
とはいえ、 ノルウェーは既婚女性が働き続けられる社会であることには違いない。
パパ・クォータ
では、 出産、 育児に関してはどのような社会的バックアップがあるのだろうか。
ノルウェーでは出産後、 給与の100%を受けとりながら42週間、
または80%で52週間の育児休業を両親がとることができる。
これは雇用者ではなく国が保障するもので、 また
「母親」 だけでなく 「両親」 を対象にしている点が重要である。
1993年にはパパ・クォータが制定され、 42週
(または52週) のうち少なくとも4週間は父親が取らなくてはならないと定められた。
母親が父親の割当て分を代わりにとることはできない。
導入当時わずか3%しか利用者がいなかったが、
1998年には、 その権利を有する男性の80~90%が育児のために育児休業をとっている。
母親が産前産後に3週間づつ、 合計6週間を、 そして父親が4週間の休暇をとり、
残りは二人で分けてとるのだが、 日本と同様、
母乳での子育てを行なうため、 はじめに母親がとり、
その後に父親がとるのが一般的となっている。
この育児休業の権利をもつためには、 母親が出産前10ヶ月間に最低6ヶ月働かなければならない条件がある。
よって母親が学生や無職である家族にはこの権利がない。
その場合、 代わりとなる補助があるが、 その額は働く女性が受けとる額に比べるとかなり低い。
また、 母親が学生や無職の場合、 父親が働いていたとしても育児休業はとれない問題点もある。
もともとは働く母親の権利としてつくられた育児休業だが、
今や親が子どもと過ごす時間をもつための家族の権利としてとらえられており、
小さな子どものいる男性個人の 「父親の権利」
として見直そうという議論が行なわれている。
家庭保育への給付金制度
もう一つ大きな論争となっているのが、 現在の連立政権の中心にいるキリスト教民主党が提案する小さな子どもをもつ親への給付金の制度である。
これは保育所などを利用しない親に一定額の現金を給付しようという制度である。
父と母のどちらかの親が小さな子どもと一緒に家にいられるようにという意図は理想的だが、
この制度の導入には問題が多い。
家庭での育児のために仕事をやめるのは賃金の低い女性であることは容易に想像がつき、
これではノルウェーがここまで進めてきた男女平等を後退させることになる。
また実際には、 給付金で子どもの面倒を見てくれる人を雇う場合も多いと考えられ、
結局は裕福な家族に有利に働くことになる。 現金収入が必要な貧しい家族の場合、
例えばノルウェー人の子どもと触れ合い、 言葉を身につけるべき移民の子どもの親が保育園へ行かせずに、
代わりに給付金をもらおうとすることも考えられる。
(移民であっても正規の滞在許可を受けていれば、
ノルウェー人と同じ条件でこの現金給付金や育児休業も受けることができる。)
女性解放運動の到達
1970年代以降、 ノルウェーでは社会が働く女性を受け入れる体制を整えていないことが明らかになった。
保育所は不足し、 出産・子育てのための育児休業も短かった。
いったい誰が年老いた病の母親の面倒を見るのか、
誰が7歳の娘を迎えに行かなければならないのか、
といった家庭内の問題は職場とは無関係であるとみなされてきた。
やがて、 こうした個人の問題は政治的な議題となり、
政治家は男性も含め、 このような問題に向き合わざるを得なくなった。
今では、 育児や介護といったものが社会福祉サービスとなり、
これは女性の家庭での責任を大きく軽減した。
保育所も育児休業も、 女性が労働社会に出るための必須条件である。
出生率は1980年代に一時下がったが、 諸政策のおかげで1990年代には上昇し、
現在2人以上の子どものいる家庭が普通である。
またフレックスタイム制が一般化するなど、 労働環境も変わってきている。
夫婦のどちらかが早く起きて仕事に出かけ、 もうひとりが子どもを送り出してから仕事に行く。
早く出かけたほうが3時ごろに子どもを迎えに行き、
買い物をし、 夕食の準備をする。 小規模な民間企業に勤める人にはまだ難しい点もあるが、
このような生活スタイルが公的機関の職員や大企業に勤めるに人には可能になっている。
もちろんノルウェーも完全な社会ではなく、 例えば保育所は未だに不足し、
その費用も高い。 小学校低学年の子どもは、 授業時間が親の労働時間よりもずっと短く、
授業前や放課後の遊び場となる施設の必要性も言われている。
女性は大きく変わった。 同時に男性も変わったが、
まだまだ十分ではない。 子育ての責任は負うようになってきたが、
家事はまだ不公平な分業が見られる。 男性の仕事は庭の手入れや、
年に何度かの車、 電化製品の修理が中心で、 時間のかかる日常の家事は依然女性が行なっている。
女性は外と家庭での二重の責任を負い、 そのストレスによる病気が増加している。
程度の差こそあれ、 日本と同じく、 「男性が家事を分担している」
のではなく、 「男性が家事を手伝っている」 というのが現状である。
ノルウェーでは離婚率が高く、 女性側から離婚の申し立てが出される場合が多い。
家事・育児の不公平な分担がしばしば離婚の原因の一つに挙げられるのも、
その一つの証拠のようである。
少子高齢化の今、 われわれは子どもを社会の財産と考え、
社会を発展させてゆかなければならない。 そのためにも女性と男性と社会の関係を考える上で、
ノルウェー社会の男女平等や福祉の理念から学ぶことはたくさんあるように思われる。
(まとめ・文責 ノルウェー・リレハンメル大学元学生 朝田 千惠)