1999年4月号
論文(コロキウム)


アメリカ合衆国における 保健医療関係非営利団体の奮闘
       -カリフォルニア州サンディエゴ郡の事例を中心に-

京都大学大学院経済学研究科
           高山 一夫   



はじめに

昨年8月、 筆者は米国の保健医療に関係する非営利団体および州・地方政府を訪問し、 関係者から聞き取り調査をおこなう機会にめぐまれた。 二週間余りの日程のため30余りの団体しか調査できなかったが、 規模や活動・地域の面でできるだけ多様性を持たせ、 また政府機関や関係諸学会・大学研究者とも意見交流することで、 米国の保健医療関係非営利セクターについてある程度まとまった知見を得ることができた。
紙面の関係上、 調査の全貌については機会を改めることにして、 本稿では最も印象的であったカリフォルニア州サンディエゴ郡での状況をとりあげたい。 というのも、 サンディエゴ郡での事例は、 政府部門と非営利セクターとの関係について、 すなわち 「小さな政府」 が非営利団体に対して起動力を与えると同時に疲弊をももたらしていることを、 具体的に示してくれるからである。 サンディエゴでの見聞は米国でも特殊な事例であるが、 介護保険制度のもとで一定の役割を期待されている生協陣営にとっても、 この論点は検討に値するのではないだろうか。


1節 サンディエゴ郡の印象と貧困=健康問題の所在

サンディエゴ郡は、 カリフォルニア州の最南端、 メキシコ国境に隣接している。 カリフォルニアおよびニューメキシコ領有をめぐる米墨戦争 (1846-48年) によりメキシコから割譲された際、 新設のカリフォルニア州の一郡として、 1850年に設立された。 こうした地理的・歴史的背景のために、 サンディエゴ郡は、 現在でも中米諸国との玄関口として、 移民者や季節労働者が最初に立ち寄るところである。 ただし中南米出身者の入国管理は厳しさを増しており、 真夏には入国審査の待機中に日射病で死亡するものも多数いるという。
サンディエゴ郡はまた、 太平洋に面しており、 米国太平洋艦隊の本土側母港としても知られている。 筆者が訪れた時にも、 二隻の航空母艦をはじめ-一隻はあのエンタープライズだったと思われる-、 多数の軍艦が碇泊しており、 夜間にはなぜか花火を打ち上げていた。 間違ってもミサイルではないと思うが、 訪問の数日前にイラク空爆が実行されたこともあり、 背筋が寒くなったことを覚えている。
サンディエゴ郡の中心は、 郡人口の半数が居住する郡都、 サンディエゴ市である。 かつては 「軍港とスラムの街」 として悪名高かったそうであるが、 10年ほど前に行われた都市再開発・スラムクリアランスによって、 現在では清潔で近代的な外観を呈した都市である。 1994年時点で市人口は115万人に達しており、 全米第六位、 カリフォルニア州第二位の人口集積地である。 サンディエゴ郡全体でも同様で、 ロサンゼルス郡に次ぐ人口を擁する郡である。
サンディエゴ郡における平均年間家計所得は4万6600ドル (4人世帯、 1996年) と全米平均 (4人世帯で3万4000ドル、 1995年) を大きく上回っている。 しかし同時に、 郡人口の11.3%が連邦貧困線以下人口であり、 また3割近くが医療保険を購入できずに放置されていることから、 大きな所得格差を孕んだ地域であると想像できる。 筆者の体験では、 二流以下ホテルではクーラーはおろか鍵までもが故障しており、 呼び付けたボーイがまた英語を話せないのである。 まわりを見渡すとホテルの周囲を多くのヒスパニックが数人連れで何するともなくうろうろしており、 急いで宿替えすることにした。 今度は安全快適な一流ホテルへと向かったが、 そこは別世界。 ホテル近辺では釣りやデートを楽しみにきた者が馬車に揺られて、 洗練されたカフェへ乗り付けてゆくのであった。
そこでサンディエゴ郡における保健・医療問題は、 大量の移民・季節労働者の継起的流入と軍関係者の常駐とを背景に、 とりわけ貧困階層において深刻であらざるをえない。 指標をいくつかとりあげてみると、 1990年に連邦政府が 「麻薬の不法取引地帯」 に指定したように、 メタンフェタミン (麻薬成分) の製造量および麻薬中毒者数は全米一位、 ヘロイン中毒者数は同三位となっている。 さらに、 これらが注射用薬剤であることから、 HIV (ヒト免疫不全ウイルス) やHBV (B型肝炎ウイルス) に感染する者も非常に多く、 エイズ発病者の2割が注射を感染経路としているという。 これら新興感染症に加えて、 マラリアや結核といった旧来型感染症もメキシコにまたがって流行しており、 「サンディエゴの感染症問題は国際問題」 と言われている。 暴力・殺人も多発しており、 殺人は同郡における死因の第一位を占めている。 サンディエゴ郡においては、 貧困に起因する健康問題は依然として深刻な状況にあるといえよう。


2節 公的医療制度の不備

サンディエゴ郡における深刻な貧困問題・健康問題は、 共和党郡政のもとで社会保障、 社会福祉、 公衆衛生に関わる予算が10年にわたり削減されてきたことにも起因している。
国民皆保険制度を欠く米国では、 貧困者は医療困窮者 (medically needy) として、 極めて惨めな状況におかれる。 1965年社会保障法によって貧困者を対象とする医療扶助制度メディケイドが創設されたとはいえ、 現状では貧困線以下人口の半数しかメディケイド受給資格を得ておらず、 約4000万人が無保険者である。
そこで郡政府レベルでは、 医療困窮者向け郡立病院を開設したり、 独自の貧困者医療制度を創設することによって、 地域の健康問題に対処するのが通例である。 しかしサンディエゴ郡においては、 郡立病院は10年前に州立大学に売却されてから未開設のままであり、 貧困者のための郡医療制度 (County Medical System) も救命時の処置に限られている。 公衆衛生対策は劣悪で、 「まるで植民地時代のようだ」 と専門家に酷評されている。 サンディエゴ郡保健局の予算書を眺めると、 住民一人当たり保健医療支出は月額75ドルであり、 受刑者一人当たりの保健支出を下回っている。 つまりサンディエゴの医療困窮者が受療するためには、 被害者として重体になるか、 加害者として犯罪者になるか、 いずれかの道しか無いのである。


3節 非営利団体の出番
-アライアンス財団の事例-


医療における不平等の極限的状態を起動力にして、 サンディエゴでは保健医療関係非営利団体がいくつも形成され、 互いにネットワーク化を図りつつ、 問題解決に向けた努力を続けている。 以下では、 アライアンス保健医療財団 (Alliance Healthcare Foundation.以下、 財団) の事例を中心に、 非営利団体の活動状況をとりあげることにする。

(1) 沿革および理事会
財団は、 サンディエゴ郡における医療困窮者の保健医療ニーズに応えることを目的として、 1988年に設立されたNPO (内国歳入法 501条c項3の非営利団体) である。 財団は、 もともと米国でも最大規模の企業財団であったサンディエゴ・コミュニティ・ヘルスケア・アライアンスのフィランソロピー部門として発足し、 主として医療困窮者の受診 (アクセス) を改善することを目的としていた。 1994年には、 親団体のアライアンスが営利団体に転換して全米規模の医療保険会社 (コミュニティ・ケア・ネットワーク) と合併し、 さらに新会社が別の企業に買収されたことにより、 財団は8500万ドルの自らの基金を獲得した。
財団の収益は、 基金の証券市場での投資収益の他、 多くをカリフォルニア州に立地する非営利団体や大学からの寄附金に依拠している。 理事会は10名からなり、 スクリップス・ヘルス (カリフォルニア州最大規模の非営利ヘルスケアシステム) の代表を理事長として地域の医師や大学教授 (UCSD医学部) が多く理事職にあるが、 International Unionの代表も加わっている。 また、 スタッフの代表 (CEO;最高経営責任者) は社会学博士号をもつ女性であるが、 インタビューの際、 各種の医療運動に加わってきた経歴から、 みずからを 「ヘルス・ゲリラ」 と自負していた。

(2) 調査・教育活動
財団の主要活動は、 サンディエゴ郡における医療困窮者の保健医療ニーズ調査である。 ニーズ調査を手がける団体は米国に数多くあるが、 財団が行う調査で特徴的なことは、 「公衆衛生」 アプローチを採用していることである。 ここでいう公衆衛生とは、 疫学的手法にとどまる現代的なそれではなく、 就業促進や教育、 住宅供給など個々人の生存権 (基本的人間的ニーズ) や地域づくりなどの総合的な施策体系を意図したアプローチであり、 貧困と健康との関連を究明したうえで社会改良をめざす-あえて言えば19世紀的な意味での-公衆衛生である。 加えて、 調査結果をまとめるに際して財政効果を示すことで、 貧困者の保健医療問題が富裕層にとっても利益になることを強調している。
薬物および感染症問題に関する財団の報告書、 Injection Drug Use in San Diego County を取り上げてみよう。 この報告書では、 次の3点が主張されている。 ①使用済み注射器の交換によってHIV、 HBV感染が抑制されることは実証的に明らか、②郡全域にわたる公的な注射器交換プログラム-個人が注射針を持ち歩くことは州法によって違法とされている-によって、 10年間に1億2350万ドルの医療費が節約される、③薬物依存を産み出す原因そのものを根絶すべく、 薬物教育、 就業促進、 住宅供給、 カウンセリング施設など総合的施策を実施すること。 注射器交換はその一環にすぎない ("HarmReduction"概念の提起)。

(3) 助成活動とネットワーキング
財団活動のもう一つの柱は助成金交付である。 助成金は、 医療困窮者の保健医療ニーズに応える活動を行う団体に対して交付され、 その大半が郡内のNPOに対するものである。 薬物中毒、 感染症、 暴力、 小児医療などに重きを置いた助成を行っており、 これまでに700万ドル以上を支出している。 例えば、 マイノリティのコミュニティにおける暴力問題では、 カリフォルニア・ウェルネス財団と協力して、 4年にわたり合計70万ドルを費やして、 教育や就業相談、 学校と家庭との関係強化などを行い、 IMAA (インドシナ難民の支援を目的とした団体) をはじめとする非営利団体に資金提供を行っている。
財団の助成活動で興味深いことは、 政府機関に対しても資金を提供していることである。 例えば、 米国疾病管理センター (CDC) と共同でサンディエゴ郡保健局に対して予防接種プログラムの創設基金を提供したり、 公立小中学校における性教育のための資金を郡学校局に提供している。 ただしインタビューでは、 「政府部門と民間団体との協力関係を作ろうとしているが、 うまくいっていない。 いくつかの部局とは協力関係があるが、 政府上層部には理解もやる気もない」 とのことであり、 現状では民間レベルでのネットワーキングに力を注いでいるそうである。
民間レベルでのネットワーキングでは、 思わぬ落とし穴があった。 財団の取り組みが実って、 郡内の病院・診療所をはじめとする保健医療機関の団体 (ヘルスケア・アソシエーション) が発足をみた。 この団体は、 「非競争的な保健医療」 (uncompetition healthcare) の実現を目標とし、 郡政府役人を団体の会長に据えることで政府も巻き込んだ活動を展開する予定であった。 ところが、 独占禁止法によりカルテルと見做され、 活動停止状態に陥ってしまったのである。 営利企業の-往々にして非営利団体を巻き込んだ-メガ・マージャー (大規模合併) が野放しにされる一方で、 貧困者医療に対する非営利団体同士の協力関係に水が差される。 米国においても、 非営利セクターの発展条件はいまだ整備の過程にあるといえよう。

(4) 医療政策への関与
財団と郡政府との関係を端的に示す事例が、 郡メディケイド改革論議の顛末である。 1991年、 カリフォルニア州政府によってメディケイド支出抑制を求められたサンディエゴ郡政府は、 早急な管理医療プランの採用方針を打ち出した。 これを審議するために設けられた委員会において、 1992年以降4年間にわたりAlternative Delivery System小委員会の委員長を勤めた財団代表は、 モラルハザードの防止、 コミュニティの文化的多様性に配慮する地域に根差したプライマリケアの重視、 地域社会の制度運営や監視への実質的参加などをもりこんだ制度改革案をまとめた。 財団の見解をもりこんだ改革案は、 州政府および郡政執行会 (Board of Supervisors) の承認を得るまでに至ったが、 しかし郡政府との対立によって提案は却下される結果となった。 財団の年報には、 この顛末について、 以下のように記されている。 「不幸にも、 政治的問題によって、 システムの早急な導入が放置されてしまった」。


おわりに

サンディエゴ郡では、 深刻な健康問題を解決するために、 多くの保健医療非営利団体が形成され、 互いに試行錯誤を続けている。 これらの団体の奮闘を通じて、 「何らかのイノベーション (技術革新) を期待」 (カリフォルニア州政府) することは、 間違ってはいないであろう。
しかし、 非営利団体がその真価を発揮するためには、 政府の協力と条件整備が必要である。 例えば、 ロサンゼルス郡には保健医療非営利団体を対象とした250億ドルの政府助成プログラムがあり、 サンフランシスコ市では市が主導して老人介護の非営利団体を組織している。 サンディエゴ郡における保健医療非営利セクターの困難な状況の一因は、 郡政府の非協力的な態度にあるといえよう。
加えて、 財団自身の設立経緯がそうであるように、 営利化の流れがサンディエゴでも加速している。 サンディエゴに限らず、 調査に訪れた多くの非営利団体が募金獲得面での困難に直面しており、 証券市場からの資金調達が許される営利団体へと転換するものも増えている。 また非営利団体同士の提携も独禁法が障害となっている。 これらの点についても何らかの法的な条件整備が不可欠であろう。


1調査から得られた非営利セクターの状況に関しては、 上田健作 「米国保健医療非営利団体の印象」 『宮崎産業経営大学経営学論集』 第12巻第1号 (1998年) を参照されたい。
2 San Diego Community Healthcare AllianceとCommunity Care Networkとの合併後、 新会社は別の管理医療企業Value Health社に買収された。 そしてValue Health社もまた、 米国最大のヘルスケアシステム (医療機関の経営が主要事業) であるColumbia/HCA Healthcare社に買収されてしまった。 医療保険業と医療機関経営との垂直的統合である。 保健医療関係企業の株高を背景とした、 非営利団体の営利転換と営利企業による買収合戦、 業種を超えたインテグレーションの進展は、 現在のアメリカ医療産業のメガ・トレンドである。
3 管理医療 (managed care) とは、 医療保険業と医療機関・医師を何らかの程度で結合したもので、 ①加入者は、 指定医療機関・医師以外の受診が制限される反面、 定額負担で包括的な保健医療サービスを受取ることができる、 ②医療機関・医師は、 医療費を支払額以下に抑えれば余剰を得ることができる反面、 医療費が上回れば差額を負担しなければならない、 ③それゆえ、 予防の重視や安価な薬品の使用などによって、 従来の自由診療・出来高払制に比して大きな医療費抑制効果を持つものとされる。 管理医療は、 1980年代後半より急速に普及し、 医療費抑制の切り札とみなされているが、 その実態についていろいろな問題点も指摘されている。 日本でも、 国立病院への定額支払制の試験的導入など、 管理医療の手法が持ち込まれつつある。
4 Alliance Healthcare FoundationTriennial Report 1992-95.

たかやま かずお
1971年、 石川県金沢市生まれ。
1994年3月京都大学経済学部卒業後、 京都大学大学院経済学研究科へ進学。 1999年3月、 同大学院博士後期課程修了。
研究テーマ:医療産業論、 医療経済論。
主要業績: 「合衆国医療産業複合体の再編成」 『医療経済研究会会報』 16巻2号、 1996年。 「医療における管理競争論の位相」 『医療経済研究会会報』 17巻2号、 1998年。