1999年2月号
視角

「消費者契約法」 について

甲斐 道太郎



最近、 「消費者契約法」 の論議が盛んである。 この問題は私たちの消費生活にとって極めて大きい影響をもつものであるが、 一般の認識や関心は非常に薄い。 以下、 簡単にその経過などを紹介して参考に供したい。 経済企画庁の国民生活審議会消費者政策部会が、 昨98年1月に、 「消費者契約法(仮称)の具体的内容について」 と題する中間報告を公表して各界の意見を求めたのが始まりで、 通産省の産業構造審議会消費者経済部会も昨年10月 「消費者取引適正化法」 の構想を発表し、 法務省も研究会を作って研究を進めている。 にわかにこのような動きが強まったのはなぜだろうか。
すべての消費者問題は消費者と業者との契約に始まる。 契約は当事者の 「合意」 によって成立するから、 契約が結ばれると、 それにもとづいて発生する権利と義務は、 当事者の意思にもとづく、 つまり当事者が自ら望んだものとされ、 その履行が法律によって強制されることになる。
しかし、 このような法律の原則は、 契約というものが、 お互いに平等な立場に立ち自由に判断できる人と人の間で結ばれることを前提としているが、 今日私たち消費者が日常的に業者と結んでいる契約のほとんどにおいて、 このような前提条件は存在しない。
第一に、 取り引きされる商品の内容・品質や価格などについては、 業者側は豊富な知識や情報をもっているのに、 われわれ消費者側の知識や情報は極めて貧弱なものに過ぎない。 しかも多くの場合、 業者側は十分な情報を提供するどころか、 巧みな宣伝広告やセールストークによって消費者に冷静な判断が出来なくし、 むしろ誤解させて、 契約に誘い込む。
第二に、 契約の内容は、 お互いに平等な立場に立っての交渉によって決まることはほとんどない。 今日の契約の多くは、 あらかじめ業者側が一方的にきめた 「契約約款」 にもとづいて行われ、 消費者側は、 その約款を丸呑みにして契約を結ぶか、 約款が気に入らなければ契約を結ばないか、 の選択しかできないものになっている。 約款の内容どころか、 それがあることさえ知らないで、 契約書に判こを押すことも少なくない。 たとえ約款を読んでも法律の素人には意味がよく分からないのが普通である。 また約款は業者が作るから、 業者側に一方的に有利なものになり、 消費者に不当な不利益をおよぼすものが少なくない。 しかし、 いったんトラブルが起こると、 業者は約款をたてにとって消費者の責任を追及してくるし、 裁判になると裁判官も簡単に業者の言い分を認めてしまうことが多い。 消費者も、 自分がそのような契約書に判こを押してしまった以上しようがないと諦めてしまう。
こういう訳で、 最近、 契約を結ぶプロセスや内容に原因がある消費者問題 (とくに、 エステや英会話教室など) が非常に増えている。
国民生活審議会の中間報告が提起している主な問題点は以下のとおりである。
(1) 契約を結ぶに当たって、 業者が、①重要な事柄について情報を提供しなかったり、 本当でないことを告げたり、②消費 者をおどしたり困惑させる行為をした場合には、 消費者は契約を取り消すことができる。
(2) 契約のときに消費者が気づきにくい契約条項は契約の内容にならない。
(3) 消費者に不当に不利益な契約条項は一部または全部を無効とする。
このような 「消費者契約法」 の提起に対して、 消費者側からは、 より消費者の保護に役立つような法案が発表されたり (とくに近畿弁護士連合会案の、 消費者団体による不当約款の差止請求訴訟制度の提唱は重要)、 そのような法の制定を求める運動体が各地で結成されている。 業界には反対意見が強く、 一部の経済学者からは 「規制緩和」 に反するとの反対意見が出ている。 国民生活審議会の最終報告は昨年12月に出るはずだったが今年にずれこみ、 新聞報道 (98年12月25日) によると法案の提出も遅れるようである。
契約による消費者被害が急増している状況にかんがみると、 このような消費者契約法の制定は喫緊の必要事である。 生協組織や組合員においても、 この動きに切実な関心をもち、 本当に消費者のためになる法律の成立を目指して強力な活動をすることが期待される。

かい みちたろう
京都学園大学教授
くらしと協同の研究所理事