1998年12月号
コロキウム(論文) 48

農協のリストラ

東京農業大学教授
岡部 守


1.はじめに
日本経済の国際化の進行で、 大競争時代に突入している。 大競争時代とは、 市場原理を優先し、 経営効率のみを至上とみる考えである。 競争のみの原理は強者必勝の結果に陥りやすい。
日本経済の未曾有の不況のもとで、 農協陣営もまた、 経営の破綻がみえ始めている。 いや、 零細な規模の単位農協を多く抱え、 政府の手厚い保護のぬるま湯のなかで育ってきた農協陣営にとっては、 一般企業にもまして苦しい状況に追い込まれているといえよう。
こうした事態の進行のなかで、 「農家の農協ばなれ」 も進んできており、 農協の運営の抜本的見直しが迫られている。
農協のリストラ・再生はあるのだろうか。

2.農協をめぐる状況
日本経済の停滞は農業・農協にも大きな影を落としている。 農産物輸入自由化による割安な外国産農産物の輸入による国内農産物価格の低迷、 80年代後半からの米価の低迷等により、 農業所得は伸び悩みをみせ、 農家総所得に占める比率も低下している。 また農外就業機会の減少により農外所得も低い伸びにとどまっている。
こうした農家経済の冷え込みを反映して、 農協陣営も苦境に陥っている。 とくに、 バブル期の不良債券を多く抱え金融的にゆきづまっている農協が多い。
農林水産省の農協経営分析では、 1総合農協あたりの純益の伸び率は80年代後半から停滞し、 90年代には減少傾向に転じている。 この経営不振の原因は、 信用部門の不振によるところが大きい。

3.農協陣営のリストラ策
農協をめぐる経済状況が困難性をますなかで、 農協のリストラ策の切り札となっているのが、 農協の合併である。 しかもこの場合の合併とは、 市町村といった自治体の圏域をこえた広域合併のことである。 それは、 通常の自治体内での零細農協の合併とは質的に異なる問題をはらんでいるといえよう。
農協合併が広域的におこなわれるということは1農協において都市的地域から過疎山村地域まで、 まったく条件の異なる地域をうちにふくみ、 作目をみても多数をかかえることになる。 組合員の少ない過疎地域やマイナー作目は切り捨てられる恐れがある。
もっとも農協の合併方針は近年になってうちだされたものではなく、 以前からあり、 やや時期によりニュアンスを異にしているが、 いわば農協陣営の長年の宿題ともいえるものである。
農協の合併案は1961年の合併助成法にさかのぼり、 それからすでに37年も経過している。 10回にのぼる合併助成法の延期を経て、 当初は合併は遅々としか進まなかったが、 近年にいたり合併の速度はましてきている。 その背景には先にもふれたように、 近年の農協の経営悪化が大きく影を落としているといえよう。
1961年の総合農協の数は11586組合であったものが、 96年では2284組合と五分の一強に減少しており、 減少ペースは速まってきている。 1988年の第18回農協大会では、 「広域化する組合員の経済圏・生活圏に対応する広域地区を対象とした合併を推進する」 ことをうたい、 合併の目標は全国機関1、 県連合会47、 単位農協1000を、 目標としてあげている。
近年では1県1農協を掲げる県もあり、 多くの県では1郡1農協あたりをめざしている。
第19回大会でも合併構想の早期実現が決議され、 この方針はさらに拍車がかかってきている。 表1に参考のために合併達成目標の指標を掲げておく。
1998年のJA改革推進3カ年基本方針では合併構想の完遂をさらに確認・強化している。 とくに、 注目しなければならないのは、 80年代になると農協合併の目標が、 従来の正組合員戸数規模から、 事業量規模、 とりわけ貯金残高規模に規模目標が変わったことである。 信用面でも規模の経済性の確立が農協のリストラの中軸にすわったのである。
だが、 その意図は実現されたのであろうか。 ここで、 合併農協の経営実績を冷静に評価しておくことが重要であろう。
内田多喜生の分析によると、 事業総利益でみると、 非合併農協が1.8%の伸びを示しているのにたいし、 合併農協は3%の減少となっていることは注目すべきことである。 合併調整過程にあることにより、 総利益が減少しているだけでなく、 販売品販売取扱高、 購買品供給高といった事業量そのものも減少しているのである。 金融・共済は伸びているとはいえ、 肝心の農家経営の改善に関係する部門では減少しているのである。
となると、 合併の効果そのものを再吟味する必要があるだろう。

4.農協合併の効果
鳴り物入りですすめられている農協合併であるが、 その効果は経営改善効果に限定してみても、 未だに判然としない点が多い。 農協合併の経営改善効果を計量的に扱った松久勉の論文では、 その効果を以下のように述べている。
農協の信用事業においては、 規模による利益率の格差、 すなわち合併効果は表れているが、 購買事業においては全体として明確な利益率の格差はみられない。
この指摘の意味するところは重要である。 農協のいわば存立意義ともいえる、 農家にとっての拠り所となっている購買事業において、 合併の効果はみられないということである。
信用事業の利益が農協の経営を支えていた時では信用事業の規模の利益の発現が農協合併の利益の発現に寄与することになり、 経営次元でみれば、 合併は是とされるかもしれない。
だが、 内外の金融情勢の悪化のもとで、 逆に金融部門が農協経営の足を引っ張るようになったいまとなっては、 信用事業の合併効果に過大な期待をよせることはできない。
次に、 合併が農協職員の労働条件や組合員農家へのサービスにどのように影響しているかをみてみよう。 総合農協統計表の数字からみると、 1970年から1995年にかけて、 組合員数は5996から2447と半減しているが、 農協職員数は247379人から297632人と逆に増加している。 しかし、 細かくみると、 増加しているのはバブルの時期の1990年までであり、 それ以降はほとんど増えていない。
農家の営農にとって欠かせない営農指導員は1990年代にはむしろ減少しているといえる。 さらに指摘しておかなければならないことは、 旧町村単位でみると、 本所では88%の割合で営農指導員は配置されているが、 支所にはその47%にしか配置されていないということである。 1旧村あたりの営農指導員数は本所が4.3人、 支所が0.9人であるのにたいし、 山間農業地域では0.6人にしかすぎない。
このことは、 農協職員数の90年までの増加といっても、 その大部分はバブル期の預金獲得のための信用部門に配置されたもので、 農家サービスに直結する営農指導員や、 条件不利地域は切り捨てられていったといえよう。
こうした条件不利地域の多くは、 行政に依存する受け身の地域振興から、 自ら地域の資源を見直し、 その有効活用をはかる農産加工や消費者との直結事業を模索している。 これらの事業の主体は、 高齢者であったり、 女性である。 大規模農協からいわば見捨てられた層が、 農協の助力なしにおこなっているものである。 振興している作目も、 系統共販にのる画一的企画ではなく、 有機農産物や少量しか生産できない地域の特産物が多い。

5.真の農協リストラ策
農協のリストラ策は農協合併に尽きるものではない。 地域農業の振興も一応はうたい文句にしている。 だが、 実態をみると、 農協のリストラが合併に単純化されていることは否定できないだろう。
リストラとは英語の RESTRUCTURING の略で、 一般には職員の解雇、 整理、 会社の部門整理といった意味で用いられているが、 英語の原義には、 再構築といった意味があるだけで、 それ以上の意味はない。 つまり、 現在すすめられている広域農協合併を掲げたリストラは、 言葉の意味からしてまちがっているのである。
では、 真の農協のリストラ策とはいかなるものであろうか。 それにはやはり再構築というリストラの原義から考えていかなければならない。 再構築とは、 旧来の組織を構成していた単位要素を再結合させたり、 機能を統合させたりすることである。
日本の農協の特徴は、 地域を母体とした農家の、 基本的には全戸加入を原則とする地縁集団という性格と、 職能集団の性格を有していたことである。 これは、 農業という産業が地域を離れては成り立たないうえ、 農家間の共同のうえにしか成り立たない産業であることを反映している。
農地改革から高度経済成長までの日本の農協は、 階層は多少の差はあれ、 基本的には同質の自作農によって構成され、 農家の生産と生活にかかわる、 あらゆる事業を事業対象に網羅する、 いわゆる総合農協として事業を担ってきた。
しかし、 近年こうした農協の組織基盤は崩れてきている。 都市化による混住化・兼業化により農村地域の等質化は空洞と化してきている。 農家のみを組織基盤とした農協の原理自体が通用しなくなってきているのである。
農家は正組合員となる資格を有し、 非農家の農協利用者は准組合員になる資格を有するが、 1970年以降正組合員は減少し、 准組合員が増加するという傾向になっている。
農家自体の性格も変わってきている。 1997年の数字でみると、 純農家戸数334万戸のうち専業農家は43万戸 (12%)、 第1種兼業農家が41万戸 (12%)、 第2種兼業農家172万戸 (51%)、 自給的農家7万戸 (23%) という現状となっている。
さらに、 農業の担い手も高齢者や女性中心となってきている。 自営農業従事者のうち60歳以上層の占める割合は48%であり、 女性も46%を占めている。 このことにより、 それまでの世帯単位の加入、 1戸1票制、 つまり男性である戸長主体の農協運営もゆきづまってきた。
農村が都市化したことにより、 農村居住者の生活も多様化し、 事業要求も多面的になってきている。 農協は、 近年は生活面での新たな事業に取り組み始め、 今後は福祉関連事業が大きくなってくることが見込まれている。
農業生産面をみても、 自給的農家から大規模法人経営まで分化している。 農協の効率的な組織範囲や事業範囲も従前とは大きく異なってきている。 つまり、 組織単位や農協の諸機能を現状に適合するように再構築すべき客観的条件はすでにできており、 時代もそれを要請しているといえよう。
農協の組織基盤や、 事業対象が多様化しているということは、 再構築の結合原理もまた多様化せざるをえないことを物語っている。
集落内の多数派である零細兼業農家の組織原理と広域的市町村にまたがる大規模法人経営とを同じ組織原理でくくろうとすること自体、 無理がある。
事業規模の効率性といっても、 たとえば、 信用・共済事業の効率性と、 地場産品の直売所の効率性の単位は異なる。 信用・共済事業は、 金融機関が地球をまたにかけて活躍しているのをみてもわかるように、 世界的スケールの規模で展開しているところが多い。 他方、 直売所は地域の消費者との交流で成り立っているから、 その集客圏も顔の見える範囲が限界である。
であるならば、 対象事業の最適規模ごとに組織化して、 単位化していくのが望ましいといえる。 無数の単位組織をつくり、 必要に応じて他の単位と広域連携をはかり、 ネットワーク化していくことが不可欠である。
欧米の最新の経営学の成果は、 企業の経営効率の発現を規模拡大のみにおいていないことである。 事業により自ずから最適規模があり、 それ以上の経営効率の発揮には、 範囲の経済の利益の発現をはかるということの重要性を指摘したことである。
地域の生産者の組織を、 地域の農産加工所と有機的に結びつけ、 それをまた、 地域の直売所で販売する。 この3組織は結合する必要はない。 相互にその機能を利・活用するネットワークで結ばれていさえすればよい。
範囲の経済の効率性の成否は、 単位組織のネットワーク組織を効率的につくり動かす組織化にもかかっている。
このことは、 真のリストラ、 再構築には関係者の能動的な自己組織化が欠かせないとの示唆とも思える。 協同組合は、 "ひと"の組織であり、 "ひと"の活性化の視点をなくしたリストラはありえないと思われる。 そのことが、 市場至上原理に対抗しうる唯一の手段であろう。 この施策こそが再構築、 真の農協のリストラ策であろう。


【参考文献】
(1) 『農協再編と改革の課題』 両角和夫編、 家の 光協会、 平成10年。
(2) 『農林金融』 1998年5月号 農林中央金庫。
(3) 『農業と経済』 1998年9月号 富民協会。

おかべ まもる
1945年新潟県生まれ。 大阪市にて育つ。
東京大学農学部大学院博士課程単位取得満期退学、 1974年東京農業大学助手採用、 現在東京農業大学食料環境経済学科教授。

主要著書
『産直と農協』 日本経済評論社、 1978年。
『共同購入と生協』 日本経済評論社、 1988年。
以下は共著:
『農政の総括とパラダイム転換』 筑波書房、 1997 年。
『食料環境経済学入門』 筑波書房、 1998年。



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