1998年8月号

特集

シンポジウム
「くらしの変化と協同の新たな条件」

いままでにない地殻変動をおこしている 「くらし」


生協は一人ひとりにていねいに対応すべき

くらしと協同の研究所はこれまで手薄であった 「くらし」 の研究を強める第1歩として、 第6回総会記念シンポジウム 「くらしの変化と協同の新たな条件」 を開催した。 いまの社会の変化、 くらしの変化、 生活価値の変化がさまざまな方向から報告され、 こうした状況を生協陣営はどう受けとめ、 どう対応しているのかが出しあわれた。 「協同の新たな条件」 の深い議論にはいたらなかったが、 実践家、 研究者それぞれの立場で、 これからの1年間課題を深め、 来年検証することが約束された。

参加意識の高いスウェーデン型消費者に
まず、 株式会社電通総合研究所研究主幹福田優二さんが 「トレンドからみたニッポン人のくらしの変化――ポストバブル下で生活価値観はどう変わったか」 と題して、 戦後日本の消費社会の特徴とその変化を紹介された。
戦後日本人は大きく価値観を変えたが、 それは非常に特殊な形でおこなわれ、 50数年後の今日も消費の実態に関して大きく規定し続けている。 戦後の消費者の意識は自由・平等・平和という日本国憲法の理念によって規定された。 「自由」 は 「自己中心の生活デザイン」 という形で定着した。 「平等」 は階層の平準化と男女平等という2つの側面があり、 ヴィトンのバッグをネコも杓子も買うのは階層の平準化という価値観ときわめて密接な関係がある。 「平和」 は、 その裏返しとして経済中心主義、 物欲中心、 拝金主義という方向につながった。
その後高度成長期を経て、 経済大国の成功を生かして85年以降生活重視の時代へ転換していく。 しかし、 90年以降バブルの崩壊、 そして93年に経済が2段底に入り、 自民党一党支配の政治も大きく転換し、 日本は成熟しきらないままに変革期に入っている。 90年前後の冷戦構造の終結によって世界がグローバル経済に突入、 日本も厳しい変化を強いられている。 そしてリストラが始まった。
これからどう変化していくのかという点では、 生活の量的充足から質的なもの、 つまり 「公共価値」 「文化価値」 「人間価値」 の追求が始まる。 それはトータルには 「新ぜいたく主義」 といえる。
日本のこれからとしてスウェーデン社会のモデルを考えている。 日本国憲法の理念にも近いし、 スウェーデン型のきわめて参加意識の高い消費者に日本人はなり得る。 スウェーデンの社会は閉じられた巣ごもり型社会であり、 日本人にも 「世界はどうでもいい、 質の高い生活を追求したい」 という意識が本質的にはあるように思う。 ただ個人としてのそういう意識と、 高度産業社会のなかでの経済大国としての日本と、 このギャップがこれから非常に問題になってくるだろう。

大きな生活構造維持費が家計を圧迫、 消費落ち込み
次に家計研究の立場から、 帝塚山学院大学助教授室住真麻子さんが 「家計調査からみた生活費構造の変化」 を報告された。
高度経済成長期を通じて高水準に構造化した世帯生活費は3つの方向から形成された。 1つは公共的なサービスとその支払いが定着、 2点目は公的な年金制度を初め社会保障制度が定着、 3番目は生活リスクに対する個別的な対応として民間保険への加入と掛け金支払いが長期間余儀なくされている。
勤労者世帯の家計支出は、 上記のような現代生活構造に規定された維持費用の割合が高く、 他の支出部分は相対的に低くなっている。 たとえば総務庁統計局・家計調査年報から生活構造維持費用の概算を出してみると、 実収入に占める割合は1970年の3割強から1996年の5割弱まで増大している。 つまり、 低く見積もっても収入の半分は構造的支出であり、 残りの半分で食料や衣料などにあてることになる。 この間の実収入の伸びのおよそ8割がこの費用に吸収されている。 こうした傾向は、 所得階層別にみても同じ結果を示している (ただし、 内容的には異なる。 低所得層ほど社会的強要支出が、 高所得層ほど義務的支出が高く、 契約的支出はほぼ同じ割合)。
このような高水準の構造的費用は、 「安定的経済」 下でも窮屈さ観 (予め決められた支出であるがゆえに) の要因であったが、 現在のような不況期にあっては、 さらに家計困難の原因となっている。 収入が減少しても、 またはストップしても、 この構造的支出はストップしたり、 大幅に減少させたりすることがむずかしく、 家計収支の一層のギャップを生み出している (たとえば失業したのに公共料金や住宅ローン返済は支払い続けなければならない)。 個々の家計管理の妨げとなっている。
しかしもう一面、 先行き不安で見通しのつかない状況であればこそ、 膨張した構造的支出を徹底的に再考し、 修正し、 より身軽な生活構造へ接近できる時期なのかもしれない。 構造的支出であった税金や社会保障費、 公共料金値上げへの厳しいチェック (料金算定方法についても) や料金切り下げの要求や企業に依存した長期的生活リスク対応の見直しや環境を軽視した日常消費のあり方など、 生協が提案し取り組んできた、 これまでの活動をより高め強める方向での議論が再度求められている。

企業中心社会・ジェンダー関係は変わるのか?!
一橋大学教授木本喜美子さんは最近出版した 『居場所を取り戻そう、 男たち』 を中心に、 主に男性からみた 「ジェンダー関係のゆくえ」 を報告された。
大企業中心社会は終身雇用・年功賃金・企業内組合という日本的な雇用慣行をベースとし、 同時に企業内福祉ががっちりと支えてきた構造である。 そこでは会社人間プラス専業主婦というジェンダー関係の組み合わせがつくり出されてきた。 いまバブル・エコノミーが崩壊し、 日本社会の構造を組みかえる動きがやつぎばやに展開し、 同時に不況が長引くなかでリストラや経営破綻が現実のものとして起こってきている。
ガッチリとできあがってきた企業中心社会は、 とどまるところをしらない女性の就労化傾向と、 男性管理職のリストラ解雇、 企業倒産などにより、 いま大きく揺らいでいる。 右肩上がりの賃金アップを保障してきた年功賃金を見なおし、 能力主義的要素を組み込むとか、 企業福祉を改変あるいは廃止する動き、 フレキシブルな働き方の拡大など、 男性たちの働き方に大転換が起こっている。 企業中心社会の枠組みが急激に一夜にして崩れ落ちることは考えられないが、 「明日から来なくていいよ」 という形で切られることを通して、 男性たちがさまざまな自信喪失に遭遇する時代である。
非常な痛みを伴い、 自殺すれすれに追い込まれな
がら、 男性たちが変わろうとせざるを得ない、 あるいは変わらないとやっていけなくなっている。 女性
たちは相変わらず外に出続けているが、 男性のつまづき組が増え、 従来 「くらし」 の領域では 「点」 でしか存在していなかった男性たちが、 「線」 を展開せざるを得なくなっている。 場合によっては 「面」 として展開し得るかもしれない。
企業中心社会のジェンダー関係の価値観がじわりじわりと変わっていく可能性がある。

組合員の高齢化・有業化がいっそう促進
最後に佛教大学教授・当研究所副所長浜岡政好さんから、 昨年の京都生協組合員調査を材料に、 組合員のくらしと生協との関わりが報告された。
組合員の変化としては、 高齢化が調査をやるたびに進んでいること、 家族規模は小さくなってきていること、 高学歴化などがあげられる。 高学歴化して問題意識の非常に明確な組合員に対してどう対応するのか。 また生協のあり方をきちんと説明 (アドボカシー) できるかという点が課題となる。
目をひいたのは組合員の有業率で58%、 40歳代は7割、 うち常用雇用は27%である。 現在仕事に就いていない場合も、 仕事に就きたいという思いが全体に高い。 生協が仕事創出にどう関われるかが大きなテーマになる。 また、 女性が働いていることを前提にして生協の事業や活動を組み立て直す必要がある。
生活意識では相変わらず高い家族志向が出ていた。 家族を大切にしたい、 家族の団らんに充実感を感じる、 家族の一員としての役割を大切にしたい等。
生協との関わりでは、 店舗だけを利用する人、 共同購入と店舗を併用する人、 共同購入だけを利用する人という順になっており、 約1割は利用していない。 共同購入を利用している人は2割以上が過去に利用経験がある。 京都生協にとって共同購入は依然として大きな役割を果たしているといえる。
店舗については、 組合員に対する調査でありながら、 1番よく行く店では生協は3番目、 2番目によく行く店では生協は2番目である。 生協の店は 「信頼」 と 「品質・鮮度」 の2点で評価されているが、 信頼の中身をもう少し深く分析していく必要がある。
生協への加入動機は 「安全な食べ物」 が圧倒的であるが、 最近は少ないと考えていた 「近所との交流」 も3割近く上がっている。
生協のイメージは、 くらしや地域に役立っている、 環境問題に熱心だ、 組合員が楽しそうに活動しているなど、 おおむね高い評価をされている。 しかし、 「生協はスーパーと同じだ」 について肯定が47%、 否定が43%で、 半分強はスーパーとの違いがあまり見えていないという受け止め方がされている。

「私のまちの私のお店」 をつくる

以上、 いまのくらしや価値観の変化の報告をうけて、 生協陣営はそれをどう受けとめ、 どう対応しているのかについて、 3生協からコメントがあった。
最初はコープこうべ地域業態プログラム推進タスクフォース統括部長杉尾哲男さんが、 考え方と取り組み事例を紹介された。 「地域業態プログラム」 というのは、 生協の運動や事業と組合員のくらしのニーズとにズレがあるという問題意識から、 調査活動によりそのズレを発見し、 組合員と一緒に考え行動してズレを埋めていくという一連のプロセスである。
調査活動は多くのことを気づかせてくれた。 店舗周辺500mの組合員すら来ていない。 支持率がいちばん高かったのは69.2%、 いちばん低かったのがなんと11.3%だった。 店舗の500m圏内で世帯人員が1人や2人世帯がいちばん多かった店は72%、 少ない店は26%だった。 50歳以上がいちばん多い地域は45%、 少ない地域は15%である。 明石市の店舗で買い物にきている組合員は今年の4月は専業主婦が58%、 96年には84%であった。 その地域に住んでいる20歳~30歳代の構成比よりも来店する組合員の構成比が下回っている店舗が圧倒的に多い。 神戸市はパンの1世帯あたりの消費量が全国の都市でいちばん多いのに、 お米を中心にした品揃えになっている。 こうした多くの課題が浮き彫りになってきた。
問題は、 実際にそのズレを埋めていく方法である。 専従職員として先を見通したり、 現状を分析したうえでの仮説をどう立てられるか。 また数字を見る感度の問題もあり、 具体的な実践力の問題もある。 その取り組みのなかで生協らしさ、 コープこうべらしさを打ち出していくことが求められている。
インストア・ベーカリーとインストア惣菜、 イートイン、 コミュニティースペースを設け、 「私の町の私のお店」 というキャッチフレーズで、 コミュニティ・コープを実験的に出店した。 改装前は高齢の組合員が目につく店だったが、 品揃えと店の機能や雰囲気を変えると、 若い組合員も、 学校帰りの高校生も、 茶髪のお兄ちゃんたちも寄ってくれる店になった。 茶髪のお兄ちゃんたちはボランティアセンターの組合員がなかに入って、 ボランティア活動をすることになった。 これは職員と組合員との関係、 あるいは組合員とその地域の住民との関係、 また生協の店のあり方を象徴するようなできごとであった。
こうした取り組みを通じて、 その地域のお店にしかないコープこうべの商品を、 組合員のくらしのなかから1つでも生み出すことができたら、 まさにその地域に存在する生協の店になり、 それこそ21世紀に通用する生協の店ができるのではないか。

若い世代の生活不安・子育て不安
次に京都生協常任理事小林智子さんは 「くらしと家計委員会」 の担当として、 30年続いている家計集計活動から、 若い世代の思いを報告された。
昨年から家計集計提出者に大きな変化があり、 30代の提出者が非常に増えている。 30代のくらしの思いを10年前と比較すると、 1987年ころはくらしを社会と結びつけて考えるのではなく、 くらしのノウハウに注目していた。 しかし、 消費税率が5%にアップした1997年にはくらしの不安、 将来の不安、 政治への不信を語っている。 今年はとくに子育ての悩みが目立つ。 若い世代の組合員が自分自身の価値観を見つけにくい状況で子育ての悩みと将来の不安を抱えている。 不安なのは自分だけじゃない、 仲間とつながって安心感を得たいという思いが感じられる。
今年の総代会では、 「生協って何だろう」、 「生協らしさはどうなんだろう」、 という議論がずいぶんあった。 さまざまな情報が溢れて、 不安定なくらしや社会状況で不安を抱えている組合員の心に、 一筋の光を照らしていかなければ、 と結んだ。

組合員の微弱音を聴き、 意識を変える
次に会場発言として、 ちばコープ共同購入事業支援本部商品部部長古山一彦さんから、 ドラマティックな事例の報告がされた。
組合員の発信する微弱音のようなほんの小さな事柄がくらしのなかで大きな位置を占めているということがわかってきた。 「トマト2キロ箱の取り組み」 の事例は 「千円ぐらいのトマトを扱って」 という、 たった1行の声から始まった。 少量化という声が多いのでこれを取り扱うのはすごく勇気がいった。 2キロ箱は980円だから利用は少ないだろうと思っていたが、 頭が真っ白になるくらいの注文があった。 組合員からは喜びの声がいっぱい返ってきた。 「こんなおいしいトマト、 久しぶりに食べました」 「子どもはドレッシングをかけないと食べなかったんですが、 塩で食べました」 「かぶりついて2個ぐらい平気でペロッと食べました」。 量が多いからだめだではなく、 こういう商品もこんなふうに役立てられているのだということがわかり、 思い込んでいたらだめだと思った。 通常規格の商品も利用は下がらず、 生産者のくらしにも貢献した。 生産者と組合員が一緒に喜びあえる、 そういう関係がトマトからつくられたのである。 商品部はどうしても思い込みをすることが多いので、 声を聴き続けて意識を変え続けないとだめだと、 つくづく最近感じている。

生協はどんなくらしを応援するのか
ニーズと生協事業のズレの問題をふまえて、 積極的なコメントが2人からなされた。
まず京都大学大学院助教授・当研究所研究委員会幹事若林靖永さんは、 いまある特定の組合員の生活時間、 家計、 価値観などと生協がそれにマッチした提供ができているか、 そういったことをトータルで
語れる人が組合員にも生協にもどちらにもいないことが問題である。 生協は組合員のくらしのなかのどんなサービスを提供するのか、 どこまでできるのかなど、 いまは棚卸しをしてもいい局面にあるだろう。
もう1点は、 生協としてどういうライフスタイルを応援するのか、 明言しているのだろうか。 その主張がなければ組合員との対話が始まらない。 不特定多数を相手にするマーケティングはいまは成り立たない。 マルチターゲットというか、 さまざまな課題を担っている複数の人たちに対して、 それぞれ対応しなくてはいけない。 それを1つのやり方で対応しようというのは当然無理がある。
もう1点、 これからは組合員もパートナーとして、 自分たちはこうありたいから生協も応えるべきだと発信し、 それに応えて生協の事業も努力や工夫をする。 それぞれの生活をサポートする方向で事業が発展していく組立を考えるべきだろう。

研究し、 自立する組合員になろう
同じく、 生活者の視点を大切にされている研究者である大阪教育大学教授・当研究所研究委員田中恒子さんは、 かつての 「田中恒子ゼミナール」 の経験から、 くらしにかかわる研究活動の楽しさ・おもしろさを語り、 「自立した組合員になろう」 と呼びかけられた。 「生協の経営論についていいたいことは山ほどあるが、 組合員として自分の生活に根ざした要求を、 裏付けをもって発言できる人になろう」 と。




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