『協う』2010年4月号 書評1


松田 久一 著
『「嫌消費」 世代の研究』

高橋 昌太郎
(京都大学大学院 経済学研究科 修士過程)

 

「クルマ買うなんてバカじゃないの?」本書の強烈なコピーは、車社会の日本を生きぬいてきた中高年には信じられない言葉ではなかろうか。著者によると、これは自動車に限った話ではなく、そもそも物を欲しがらない若者達が増えているのだという。「身体に悪いアルコールは飲みたくない」、「大型テレビはいらない。携帯のワンセグで十分」、「外食よりは家で鍋がいい」と、今まででは聞いたことのないような話を若者たちはしているのだという。この消費離れという現象、「嫌消費」を分析したのが本書である。
  若者の消費離れに対し、従来は非正規雇用等による低収入層(特に20代)の増加、つまり「お金がないから消費をしない」という事が原因とされてきた。しかし著者は、「嫌消費」は収入や雇用条件といった階層の問題ではなく、最大の要因は世代にある、と指摘する。著者がこれを分析するために用いたのが「世代論」である。同じ心理的背景を持った世代によって人々を分類し、分析している。著者の分析によると、若者の中でも、「バブル後世代」が、他世代に比べて、収入に見合った消費をしない心理を持っているという。
  バブル後世代とは、1979年から83年に生まれた20代後半の年齢層である。著書によると、彼らは、バブル崩壊や就職氷河期、いじめ問題を体験し、強い「劣等感」を持っており、それが「嫌消費」に結びついている。そして、その「劣等感」から周りの目を気にしすぎて購入動機が弱くなっている、と分析している。それに加えて、劣等感の強いバブル後世代が、終身雇用と年功序列賃金体系の崩壊、年金問題、長寿命化、医療費負担上昇を非常に不安視することで、支出を減らし預貯金を蓄えているのではないかと指摘している。
  もし、下の世代にも「嫌消費」が継承されれば、GDPの6割を占めると言われる個人消費、すなわち内需が増加しないということになる。しかし、売り手側は、これから消費の主役を担い、50年も生きる彼らを無視できまい。
  そこで著者は、バブル後世代の消費喚起のアプローチを試みている。バブル後世代は、自動車や家電、海外旅行への関心は低いが、ファッションや家具など従来は成熟市場と考えられてきた商品、つまり衣食住の分野では関心が高く、購入経験も多い。著者は、売り手側が彼らを説得するには彼ら固有の世代心理を掴むことが重要だという。値段を安くするだけでは振り向かない。いかにスマートで、合理的か、を説明する必要があるのだ。国としても、経済システムや産業を革新する必要がある。「嫌消費」の継承による市場縮小を回避するためには、将来への不安を取り除き、安心できる社会を作っていく経済政策を打つべきだと著者は言う。また、バブル後世代の劣等感を克服させるために上の世代が彼らを活用する社会的責任にも言及している。
  統計データによると、バブル後世代は「有機ELテレビ」や「ハイブリッド車の新車」においては他世代より高い購入意欲があるという。これは、彼らの行動こそ次世代のライフスタイルだということを示唆しているようにも思える。著者は最後にこう述べている。「バブル後世代の嫌消費は、グローバルな消費の歴史的変化、ある意味ポストモダン消費をリードしているのかもしれない。」
  本書は若者の消費嫌いの是非を問うているのではない。なぜ若者が消費しないのか、断層世代に属する著者が客観的に分析しているのだ。
  著者自身マーケティング業界の大家であり、本書ではその手腕が如何なく発揮されている。データの取り扱い方や分析も誠実で緻密であり、数値から客観的に経済事象を読み解くことで若い世代の特徴をきちんと捉えている。そこに「世代論」を用いることで、動学的な分析にまで踏み込んでいる。もちろん「世代論」だけでは語れない部分はあるだろうが、問題の核心をついており異論を挟む余地はないであろう。
  若者の行動が理解できない中高年のみならず、マーケティングを仕事にしているビジネスマンから消費のこれからを担う学生まで、必見の一冊だ。
    (たかはし しょうたろう)