『協う』2010年2月号 特集2

 

ノーマライゼーションの内在力
  ―コープしがの障害者雇用から―


片上 敏喜(京都府立大学大学院農学研究科博士後期課程)

 

 障害者にとって働きやすい職場とは、健常者を含めた誰もが働きやすい職場とイコールであるということは周知の通りである。ノーマライゼーションという北欧諸国から始まった社会福祉における理念、運動、施策が示しているように、障害者と健常者が区別されることなく、社会生活を共にすることは本来望ましい姿であると同時に、区別されない雇用を実現した職場環境には、コミュニケーションを豊かにする力がおのずと存在することができる。本稿では、障害者雇用を軸として、障害者にとって働きやすい職場の環境がもたらしている意味について、コープしがの障害者雇用から学び、読み解いていきたい。

 

障害者雇用の現状

 国は、障害者雇用についての取組みの促進として、障害者が自立した生活を送ることを支援する「障害者自立支援法」を平成18年4月に施行し、スタートさせた。障害者自立支援法は、就労移行支援事業、就労継続支援事業を創設するとともに、福祉と雇用の関係機関がネットワークを構築し、連携強化を図り、企業等への就職をより効果的に支援する仕組みや企業を離職した障害者が就労に再チャレンジできる仕組みを構築し、福祉サイドからも就労支援を推進していくことを目的とした施策である。
  翌年の平成19年には、障害者基本計画・重点施策実施5ヵ年計画として、障害の有無にかかわらず、国民誰もが相互に人格と個性を尊重し、支え合う共生社会とするための課題、分野別施策の基本的方向性を規定した「障害者基本計画」の着実な推進を図るために、平成20年度から5年間に重点的に取り組む課題について、120の施策項目、57の数値目標を定め、取り組んでいる。
  また、平成20年12月26日に公布された「障害者雇用促進法」の改正では、障害者雇用に対する給付金制度の適用対象を101人以上の中小企業に拡大し、中小企業における障害者雇用の推進、短時間労働に対する障害者への対応、意欲・能力に応じた障害者雇用機会の拡大を促進している。
  平成21年7月に厚生労働省高齢・障害者雇用対策部から発表された「障害者の雇用促進について」によると、民間企業(56人以上規模の企業)における障害者雇用状況は、平成20年でおよそ32万6000人にのぼり、法律が施行されてから約4万2千人の雇用が促進され、全体の雇用の1.59%の割合を占めている。
  しかしながら、「障害者の雇用の促進等に関する法律」に基づき、設定されている民間企業、国、地方公共団体に定められた障害者雇用の割合(法定雇用率)は、一般の民間企業(常用労働者数56人以上の規模):1.8%、国・地方公共団体、特殊法人(常用労働者数48人以上の規模の特殊法人及び独立行政法人):2.1%であり、数値目標に対して厳しい現状が伺える。
  そうした中、1000人以上の規模の生活協同組合における障害者雇用状況(厚生労働省高齢・障害者雇用対策部の「障害者の雇用促進について」平成20年6月1日現在より参照)は、平均で2.06%であり、数値目標をクリアしている。
  今回、探訪した生活協同組合コープしが(以下、コープしが)においては、2.04%の雇用率であり、数字の上ではやや平均を下回っている。しかしながら、コープしがの雇用率は、障害者を雇う専門の子会社を設置せず、生協本体で障害者を雇った上で算出された雇用率であり、そうした障害者雇用への取り組みから作用される特筆すべき点が、数値以外に多くみられる。そうした数値以外に内在する障害者雇用がもつ作用について述べていきたい。

 

コープしがの障害者雇用の現状

 コープしがは、職員数正規273人、嘱託15人、定時497人(2009年3月末現在:コープしがホームページより引用)の雇用体制で運営しており、障害者の雇用人数は、正規2人、嘱託5人、定時1人である(2010年1月末現在)。
  正規、嘱託における雇用に関する条件に違いはなく、福利厚生においても正規と同様である。嘱託の賃金制度はフレキシブルなスタンスで、勤務時間は1週間で30時間以上、1日6時間から7時間半の実働である。障害者の勤続年数は、20年近く長期にわたって勤務している方々が多く、離職率が非常に低いのが特徴だ。

 

コープしがの障害者雇用の特徴

 コープしがにおける継続した障害者雇用の実現を支えているのが、長年勤続している健常者の定時職員である。20年以上勤続しているベテランの定時職員、特に女性の定時職員による職場での雰囲気づくりが障害者雇用の屋台骨になっている、と経営管理部総務人事フロアマネージャーの寺田真氏はいう。         
  障害者の平均年齢が38歳と若いこともあり、ベテランの女性定時職員は息子・娘のように同僚の障害者に対して気兼ねなく接することができる環境が育まれている。加えて、養護学校(特別支援学校)からの新卒採用が多いのも特徴的だ。
  新卒として雇用されたAさんからコープしがへの就職についてのお話を伺った。Aさんがコープしがに就職をしたいと思った動機は、家族でコープ商品を購入しており、商品購入の機会を通じて身近に生協を感じ、ぜひとも働きたいという思いを募らせて就職したという。現在、Aさんは、事業所での勤続が15年を超えている。事業所での業務においても特に不便さを感じることはなく、コープしがに入協してよかったという思いを語ってくれた。事業所での商品の配送準備等をはじめとした様々な仕事にやりがいを感じているという。そうしたAさんの仕事ぶりは、職場ではなくてはならないポジションを担っている。
  しかし、こうしたお互いの縁が合い、雇用に結びつく一方で、雇用に至らなかったケースもある。 それは、ある養護学校から生徒の職場体験を受け入れた時のこと。職場体験を終えて、ぜひともコープしがで働きたいという本人の希望を受けて、生協としても検討を重ねたが、採用に至らなかったというケースだ。その背景には、次のような生協事業における仕事の変化があった。

 

生協における障害者雇用の展開

 事業所においては、いわゆるルーチン作業といわれる仕事がなくなりつつあり、マンパワーに頼る仕事そのものが減る一方で、単純作業ではない高度な判断が必要とされる仕事が多くなっている現状がある。そうした作業効率の面から、障害者の雇用が厳しくなっている。それでも、誰かが行わなくてはならない仕事というのはまだまだ残っているが、10年、20年先まで雇用を継続していこうということを考えた時、障害者の仕事を確保しつづけることができるのかという厳しい見通しにある。特にコープしがは、無店舗運営を中心とした事業展開を行っているため、障害者に働いてもらえる雇用を確保していくことは、今後ますます厳しく成らざるを得ないということであろう。
 

障害者雇用がもつ作用

 しかし、それでもコープしがは、障害者雇用に内在する作用についての重要性を感じているという。それは、障害者が職場にいることによって、職員の仕事が丁寧になるということだ。障害者とコミュニケーションを取り、仕事の内容を伝えて実行してもらうには、健常者間のそれとは異なる対応が必要となる。障害者の状況を踏まえたコミュニケーションのとり方や物事の組み立て方を構築していかなくてはならない。そうしたことを追求する中で、障害者の視点に立った考え方になり、その考え方は障害者のみならず、職場で働く様々な人々に向けられ、自ずと丁寧なコミュニケーション能力が磨かれるという作用が育まれるというのである。また、障害者の仕事についても、作業効率のみを追求するのではなく、仕事を任せるスタンスで取り組まれ、障害者は自らのペースで仕事に取り組んでいる。仕事を任せるスタンスとは、決められた時間の中で、決められた仕事の量をこなすという方法を取っており、障害者は自分のペースで仕事ができる環境がコープしがでは確保されているのである。
  こうしたある程度大きな枠の中で、障害者に仕事を任せ、自主性を重視している職場環境が構築されていることは、障害者のペースで働くことができるだけではなく、働き甲斐にもつながり、その結果は障害者雇用の勤続年数の高さにも表れているといえるであろう。
  コープしがでは、障害をもつ方々を雇い入れることによって、障害者に仕事内容を伝えるという行為において、障害者の立場を配慮したコミュニケーションをとる力が磨かれていることが見えてくる。
  そのプロセスは、例えば3つの仕事を伝えなくてはならない時に、一度に伝えては覚えきれないため、1日1つずつ伝えていくといったことを行っている。こうしたことは、作業効率からみれば手間や時間がかかるといえるが、相手の立場に立ち、仕事内容を確実に伝え、実行してもらうコミュニケーションの基本を鍛えることにつながる。
  障害者との仕事を通じて、障害者、健常者ともにできる範囲で、様々なコミュニケーションを行い、工夫するささやかなサービスの積み増しをお互いに享受することで、職場における自分以外の他者への配慮の気構えを鍛えることができる。
  それは、障害者雇用に内在する力の一つといえることができるであろう。そして、その力は、職場の仕事の躍動感を高めたり、あるいは、職員の仕事に対するモチベーションの高揚にもつながる可能性が高い。もちろん、お互いのささやかな気遣いに気づかずに、儀礼的に、あるいは、散漫な言葉を発する時もあるだろう。また、それさえしない人々もいるかもしれない。
  けれども、そうしたことの中でも、コープしがでは、障害者雇用を通じ、互いに同じ空間で働くことによって、働く際に欠かせない相手の立場に立ったコミュニケーション能力を継続的に研磨しているように思う。障害者雇用は、職場の中で、そうしたコミュニケーションの基礎を研磨することの重要性を日々教えてくれると同時に、そうした環境を保持することの社会的重要性を考えさせてくれる。
  障害者雇用は決して数値だけでは測れない作用が現場に内在していることを教えているように思えるのである。

 本稿の作成にあたって、コープしが経営管理部総務人事フロアマネージャーの寺田真氏、無店舗事業部草津センターセンター長稲田博文氏をはじめ、草津センターで働く正規・嘱託職員の方々にインタビューを含め、ご協力いただきましたことをこの場を借りてお礼を申し上げます。