『協う』2010年2月号 書評2
茨木尚子・大熊由紀子・尾上浩二・北野誠一・竹端寛 編著
『障害者総合福祉サービス法の展望』
平尾 良治 びわこ学院大学教授
「どんな障害をもつ人も、どこの地域に暮らす障害者も、自分たちの生き方は自分で選び、自分の人生を生きていく。そしてその生活を営むために必要な支援や配慮を、自らの判断で、あるいは信頼できる人と相談しながら、積極的に取り入れて豊かな人生を生きていく」これは重い障害をもつ当事者を中心とした自立生活運動の基本的な考え方であるが、だれもが安心して暮らすことのできる福祉のまちづくりをすすめている団体などの活動目標とも重なり合う。こうした普遍的な目標を掲げて、障害者運動をリードしてきた「DPI(障害者インターナショナル)日本会議」のメンバーや研究者が中心となり、昨年7月に出版したのが本書である。
総ページ数348pと大部であるが、障害者福祉の理念や1990年以降の社会福祉構造改革の流れ、障害者の当事者運動の歩み、2000年以降の障害者福祉サービスの現状、さらには実践をふまえた「障害者福祉サービス法」の提案もおこなっている。新しい政権が「自立支援法の廃止」を掲げている今日、時機をとらえた出版である。筆者が学んだことを中心にして本書の特徴をみておこう。
本書は、重度障害者の地域自立生活支援と社会参加に取り組んできた「DPI日本会議」の研究の成果であるだけに、Ⅰ部の障害者福祉の理念や権利についての分析も具体的で示唆的である。たとえば「ソーシャルインクルージョン」の説明においても西宮市の最重度障害者地域活動拠点「青葉園」での活動を取り上げている。障害のある人と支援者、地域住民が関わりのなかで、「住民一人ひとりが、自分自身の押さえ込まれた内なる声に耳を傾け、自分のつらさ・弱さや支援の必要性を認めるとともに、自分の強さや可能性や支援力」に気づく様子が紹介されている。こうした姿は、協同組合が取り組んでいる「福祉・助け合い」活動も大切にしてきた学びの姿であり、これからの社会福祉制度・活動の方向であることを確認できる。
Ⅱ部の障害者サービスの展開においては、90年以降の障害者制度の不十分さが分かりやすく分析されている。同時に「障害者の地域生活は、決して行政が何らかの仕組みをつくったからはじまったのではなく、障害当事者発ではじまってきた」ことが強調されている点は重要である。また日本初の自立生活センター・ヒューマンケア協会が「既成の団体とは一線を画した新しい形態の運動体であり、サービス事業体」として自立生活支援やピアカウンセリングを開始したことにも注目しなくてはならない。いずれの指摘も「事業的側面と運動的側面」を統一して発展してきた協同組合の活動スタイルに通じるものである。二つの側面を発揮することで新しい制度をつくりだし、地域を変えていくことができるのである。
Ⅲ部においては、2000年以降の支援費制度・障害者自立支援法の制度体系の問題が分析され、Ⅳ部では、これからの施策のあり方が「障害者総合サービス福祉法」として具体的に提案されている。ここでは2006年に国連で採択された「障害者権利条約」を軸に障害者福祉の制度を整理し、サービスの範囲、支給方法、財源などが包括的に展開されている。当事者運動の成果に立った実現可能な提案であるが、課題もなくはない。
編者も述べているように社会保障・社会福祉全体の中の障害者福祉制度の位置づけ、雇用労働条件に関わる社会政策との関連、および医療や教育・住宅など公共一般施策との関連づけが弱いことである。障害者福祉制度は、その前提となるこれらの制度が変化することによってその制度のあり方が変わるのである。さらに各論者の視点がシステム構築にあり、障害のある人とその家族の生活問題の実態を省略している点である。障害者生活問題は地域住民に共通する課題であり、共通性を明らかにすることで誰もが地域で安心して暮らすことができるまちづくりの活動として取り組むことができる。そうすることで、地域福祉の運動と連動させることができるのである。本書は障害者福祉についていくらか知識がないと読みこなすには骨が折れるが、ていねいに読めば障害者福祉の最先端の課題を学ぶことができる良書である。(ひらお りょうじ)