『協う』2009年12月号 特集3

大学における 「協同組合論」 の現状
   ~生協は学生に講義されているのか?


杉本 貴志 (関西大学商学部 教授)

 
本特集にあるように、一部の生協、一部の学校では熱心な取り組みが続いているけれども、小・中学校の授業で生協に触れた児童・生徒がどのくらいの割合でいるのか、全体としてはまだまだそれほど大きな数字にはならないだろう。それでは、そうした子どもたちが大学に進学した場合、生協を学ぶ機会はあるのだろうか?
  イギリス、ドイツ、アイルランド、カナダなどと並んで、日本は協同組合研究が盛んな国である。そうした研究者が集まるのが日本協同組合学会であり、この学会ではかつて会員の協力を得て、全国の大学を対象に、協同組合を講じる授業科目が設置されているか否かを調査したことがある。残念ながら、その結果はなぜか一般に公表されていないように記憶しているが、この調査のきっかけとなったのが、農林中央金庫調査部研究センター(現在の農林中金総合研究所)が行った全国大学の協同組合論教育実施アンケート調査であり、その結果と分析は、「大学における協同組合論教育の現状(抄録)」(『協同組合研究』3巻2号、1984年)などとして公開されている。
  25年以上前の調査であるが、そこでは「協同組合論」「農業協同組合論」等の名称をもつ講義を開講中である大学(学部)が国立35、公立3、私立33であり、農学部生の4.2%、経済学部生の0.8%が協同組合論を受講していると推計されている。そして「現在の日本社会における協同組合の社会的地位の大きさに比較して、大学教育の協同組合への関心が低いこと」を嘆きつつ、「スタッフの構成比が教授層に偏り、後継者育成が不十分ではないか」、「21世紀の『協同組合』教育は、このままでは先ぼそりになるのではないか」と問題を提起している。
  この調査でも明らかにされたように、日本の大学における協同組合教育は農学部に偏っており、開講中であるとリストされた各大学の協同組合講座も、その半数以上は農学部に設置された協同組合論、農業協同組合論である。ということは、生協がどう講じられているかに問題を限定すれば、状況はさらに厳しくなるであろう。農学部以外の経済、商、経営、社会学部といった社会科学系学部における1983年度の開講状況を見てみれば、国公立大学では、わずかに長崎大学経済学部の協同組合論と下関市立大学経済学部の経済学特講(協同組合論)がリストされているのみである。
  その一方、私立大学では、札幌商科、北海学園、関東学園、獨協、日本、法政、明治、明治学院、立教、和光、長野、名城、立命館、龍谷、大阪経済、大阪経済法科、関西、近畿、阪南、久留米の各大学に「協同組合論」という名称の講義があったようだから、おそらくは大学で生協が主題として体系的に講じられたのは、これらの大学においてであっただろう。これを受講した学生が社会科学系学生の100人に1人にも及ばないというのは上述の通りだが、それでは四半世紀が経過したいま、状況はどうだろうか?
  調査で指摘・予測された「先ぼそり」は現実のものとなってしまったといっていいだろう。たとえば東京では、協同組合研究の一大拠点というべき明治大学と日本大学では、農系学部のみならず社会科学系学部においても、さすがにまだ協同組合論の講義が続けられているけれども、かつて賀川豊彦が協同組合を講じた明治学院大学や、法政大学、立教大学などのカリキュラム表からは「協同組合論」という文字が消えている。駒澤大学のようにあらたに協同組合論が開講されているのはきわめて例外的で、協同組合論担当者の退職等によって、講義そのものが消滅するケースが続出していると推測される。
  それでも、わずかに光明を見出すとすれば、まず東京とは対照的に西の大阪では、大阪経済大学、大阪経済法科大学、関西大学、近畿大学において、協同組合論の講義が続けられているし、京阪神まで範囲を広げれば、京都の佛教大学に協同組合関係の講義が増設されているほか、兵庫の関西学院大学に2008年度新設された人間福祉学部では「生活協同組合論」が今後上位年次生に向けて開講される予定である。生協そのものズバリを対象とした生協論の講義は、ライバルの関西大学に続いて国内で2つめということになろう。
  また東京でも、私立大学ではないが、これまで協同組合を主題とする講義が存在しなかった東京大学においても協同組合論が開講された。農学部に設置されている科目であるが、シラバスによれば農協だけでなく生協をも主題とした講義であり、いろいろな意味で影響力の大きい大学にこうした講義が設けられたことの意味は決して小さくはない。
  さらに、生協関連組織による寄付講座の試みも注目される。慶応義塾大学において日本生活協同組合連合会・全労済による寄付講座が開講されたのを皮切りに、立命館大学での日本生協連医療部会の寄付講座、千葉商科大学における千葉県生活協同組合連合会の寄付講座などが続いており、大学生が生協に対して理論的にも理解を深めるのに貢献している。
  多くの大学で常設の講義としての協同組合論を維持することさえ困難な状況にあることを思うと、生協ないし生協研究が今後大学における教育と研究のなかでステータスを高めるためには、おそらくはこの道しかないであろう。いまや日本の大学でも寄付講座はあたりまえの存在となった。各大学の各学部には、営利企業やその業界団体による寄付講座が目白押しである。そんななかで、地域生協や大学生協、その連合組織、あるいは関連研究組織はどうするのだろう? 
  協同組合原則「教育の重視」を掲げる事業・運動体としての矜持が問われている。