『協う』2009年12月号 書評1

賀川豊彦著 『乳と蜜の流るゝ郷』


西 樹 京都生活協同組合無店舗商品部eフレンズ担当

 今年はこの『乳と蜜の流るる郷』を執筆した賀川豊彦氏が社会運動に関わり、他人のために献身して100周年の年ということで注目が集まっているようだ。
  そのように、冒頭からひとごとのように生協運動に励んだ大先輩について話すようなほとんど知識の無いわたしが今回賀川氏の本を読んで読後感を寄せるというお話をいただいた。
  あまり深く考えずに引き受けたが、それは著者に対する好奇心と、生協で働く者として著者の人物像を知っておかなければという思いからだった。
  この作品の舞台は福島県。
  主人公の田中東助は、貧しい家に育つ。妹は女工で働きに出たり、満州に身売りされたりリュウマチで働けない母も居て、その上干ばつや飢饉に見舞われイナゴやナスしか食べられず暮らして行けなくなった家族や村を助けるために信州に養子に行っている兄彦吉に会いに行くところから始まる。そしてその道中に出会った老人から主人公の村のどこにでもある木の実がちゃんと食べられる物であることや、その木の実が動物のえさにもなることを教わる。
まず主人公の感心する所は、人に教わったことを素直に聞き入れ、それをアレンジして自分の中にすぐ取り入れようと考えるところだ。

 そして、やっとたどり着いた信州の兄がいる魚屋(料亭でもある)で主人公は後に妻になる春駒という芸者に出会い、そのまっすぐさを見初められる。でもその人には目もくれず信用販売利用購買組合や選挙運動に出会った主人公は、農村の再生について学んで行く中でこの組合の鮮魚部で雇われて働くことになる。
  話の展開はどんどん進み、主人公は医療組合に出会い、自分の村ではお金がなくて借金をして医者に診てもらう村民やお金が無くて医者にかかれない自分の母のことを思う。
  そして産業組合や医療組合があれば貧しい人が救われると考え、東京に出てからは消費組合で注文を聞いて商品を配達しながら、彼は消費組合の実情を勉強して行く。
この消費組合の話の中で、醤油瓶など重たい物を家まで運び組合員にとても親切に接する主人公が、とても喜ばれる姿はわたしが配達していた時を思い出した。
お金を得るたけではなく、人に喜ばれる、感謝されて働くことは本当の働きがい、生きがいを感じる人生だと思う。
  そして東京で、芸者だった春駒に再会し、お互いにいずれ故郷の村で組合を作ることや医療を一生懸命学んで村で産婆をすると誓い合った二人が結婚を決意する。
  帰郷してから、村全体の疲弊を目の当たりにした主人公は村の若い人々を集めて、産業組合の話、畜産農業の話、信用組合などの話をし、協同組合運動を起こそうとする。
  しかし、自分の地位や利権を第一とする人間もたくさん登場する。
なかなか村の人に理解が得られず苦労するが、自分の欲のためには一切行動しない主人公は根っからの生真面目さや人を区別せず自分を困らせた人間でも許してしまう、呆れるぐらいの懐の広さで周りからの信頼を得て協同組合運動を進め、生活を改善していく。
  わたしがこの作品を通して感じたことは、今の世の中は資本主義が発達して機械などがとても人の役に立ち生活を豊かにした反面、便利さを追求しすぎて失ったものも多いということである。
でも私たちは歴史を振り返りながら、この社会はこれからも日々変化と進化をして行くと大きく捉えることが大切だと思う。
その変化の先には人と人との協同がつなぐ、人間の個性が大切にされる社会であり、資本主義を乗り越えた次の社会があると思うと楽しみである。
そして、その過程に今自分も生きていて、協同組合で働きながら次の未来社会をつくれる一員であるということはもっと楽しみなことだと思う。
  そのように視野を広く考えさせてくれる作品だった。

(にし いつき)