『協う』2009年10月号 私の研究紹介
第16回 豊福裕二さん
三重大学人文学部法律経済学科准教授
サブプライムローン問題と現代の貧困を考える
-住宅、土地、都市づくりの視点から-
聞き手:三重遷一(京都大学大学院 博士後期課程 経済学研究科経済動態分析専攻)
研究者になろうと思ったきっかけをお聞かせください。
学生時代に社会科学系の学術サークルに入ったことが大きいですね。サークルでは『資本論』を読んだり、かなりハードでしたが、そこで社会に対する見方が相当変わってきたということもあるし、サークルの先輩に研究者になっている人が多く、具体的なイメージがありました。
私が大学に入ったのはバブル絶頂期の89年で、バブル経済に関する議論がとても多く、サークルでもずっと議論していたので、土地と金融の問題には関心を持っていました。それを研究者としてやっていけないだろうかという思いがあり、私の問題関心としては、そこが出発点だろうと思います。
90年代半ばに日本では、不動産や住宅金融の証券化の議論がすごく増えていきました。それで、私としても「金融関係で一番進んでいるのは、やっぱりアメリカだろう」ということで、当初は、住宅金融・不動産の証券化をテーマにしようとして、修士論文は住宅金融の証券化でまとめることになりました。ただ、データの制約もあってその後は住宅産業論や住宅政策論にシフトしていき、博士論文は「住宅ビルダーが住宅政策やアメリカの経済動向のなかでどう変化してきたのか」という方向でまとめ、証券化の話はしばらく脇に置いておいたのです。
それがいま、こういう形で大きな問題として出てきたので、改めて修士論文の問題意識に立ち戻って、サブプライムローンの問題を追いかけています。国内には、住宅政策の流れや住宅問題の動向を踏まえたうえでサブプライムローンを論じることができる人がほとんどいないし、サブプライムローンの融資実態などに関心を持つ人が少ないので、そこに独自性を発揮して、精力的にやっています。
サブプライムローン問題はアメリカ経済や市民にどのように影響を与えましたか。
アメリカの住宅事情は、劇的な影響をアメリカ経済に与えました。アメリカでは、戦後一貫して住宅価格が右肩上がりで上昇したので、日本の「土地神話」のような「住宅神話」がありました。それが決定的に崩壊したのはすごく大きなことです。
それがなぜ崩壊したかというのは、サブプライムローンの拡大過程で住宅ローンの性格が変わったことが挙げられます。かつて変動金利の住宅ローンはあまり普及していなくて、ほとんどが30年ぐらいの固定金利でした。しかも住宅の担保価値に対する貸付比率は、だいたい物件の80%まででした。ところが、サブプライムローンの拡大過程で、2~3年で返済額が急激につり上がる変動金利商品が増え、貸付も100%の比率でも貸すようになりました。なぜ変動金利型のローンが普及したかというと、「3年後に住宅の資産価値を担保にして借り換えれば、また住宅ローンをつなぐことができるから」という面があります。それが、住宅価格が下がったせいで、借り換えができなくなり、住宅ローンをつなぐことができなくなった。
昔は返済不能に陥っても、すぐに差し押さえとはなりませんでした。したがって、景気が悪くなってマーケットが落ち込んでも、売らずに持っておくという形になるので、それが流通市場に出て住宅価格が暴落するということは少なかったわけです。しかし、今回は、返済不能で借り換えができずにすぐ差し押さえになってしまうケースが増えて、次々に差し押さえ物件が出てきてしまいました。しかも、証券化されると、銀行自身が勝手に債権の返済条件を見直せない。あくまで銀行は投資家に配当するための窓口でしかないし、最初の貸付条件を変えると証券の価格が変わってしまう。だから、窓口としては、返済条件を見直すよりも、むしろ早く担保を回収して、損失をできるだけ減らすという行動をとるわけです。つまり、証券化の仕組み自体が、差し押さえを誘発する仕組みになっていて、差し押さえが増え続けて止まらないという状態になっている。住宅ローン市場のあり方自身が、80年代末の状況とは全く変わってしまって、それが「住宅神話」の決定的な破綻につながったわけです。
「住宅神話」が崩壊し、いまはとりあえず支出を減らして、借金を返済しなければいけないというので、消費がすごく落ち込んでいる。建設関係・金融関係も落ち込み、それに加えて自動車などが全部売れなくなった。企業のリストラで失業が増えているので、所得もあまり増えない。そういう調整過程に入っているので、市民のくらしは激変しています。差し押さえになっていない人でも、住宅価格は下がっているし、そもそも資産価値を担保にしたローン自身が細っているので、住宅を売っても借金だけが残るので、従来のような消費ができなくなっています。
アメリカの状況を踏まえて、日本にどんなことが言えるでしょうか。
日本の住宅金融の証券化の導入は、基本的にアメリカをモデルにしてきたので、住宅政策を市場原理主義的に変えてきたのがこの間の流れだと思います。
アメリカで証券化を最も担っていたのが連邦抵当金庫(ファニーメイ)と連邦住宅金融抵当公社(フレディーマック)という、民間機関ではあるけれども事実上、政府の監督下にある機関です。この2つの機関はもともと、住宅ローンを買い取って、証券化することをやっていて、日本の住宅金融公庫もそれをモデルに変えようとしました。つまり、自分で融資をするのではなく、銀行などから住宅ローンを買い取って、それを証券化する仕組みに特化しようとしたのです。また、アメリカの証券化を担った機関も民間企業であるし、株式も公開されているので、いずれは日本の住宅金融支援機構も民営化してしまおうと考えていたわけです。しかし、今回のサブプライムローン問題で、この2つの機関も多額の焦げつきを出し、現在は連邦政府の監督下にあります。つまり、政府の信用で支えないと住宅ローン市場がどうにもならなくなってしまい、それを放っておいてはダメだというので国有化したわけです。
そこをどう考えるかですね。実は、サブプライムローンは、政府系の機関ではなく、むしろそれ以外のところで証券化がどんどん進んだことによって起こったのですが、証券化を通じて、住宅ローンを貸す段階での審査がどんどん甘くなったことが最大の原因です。貸し手がきちんと審査をして、リスクを貸し手の側がある程度取るという仕組みがなくなってしまった。それが非常に高リスクなローンを普及させた原因なので、やはり貸し手責任のようなものがないといけないのです。
いまの住宅金融支援機構の証券化も、貸し倒れのリスクは機構が全部背負う仕組みになっていて、事実上の政府保証です。銀行側は信用リスクを一切負わない仕組みになっている。いまのところは、証券化自体が規模として小さいので、アメリカのようにはなっていません。しかし、証券化が拡大して、リスクを転嫁する仕組みができていくと、貸し手側にモラルハザードが起こり、高いリスクの相手にも貸すようになります。
証券化というのは、そういうふうに発展する可能性があるんですね。だから、アメリカではいま、「証券化するにしても、証券化する側の責任を明確にしなければいけない。消費者保護の仕組みをつくらなければいけない」ということが議論されています。
それと、日本の住宅政策の発想として、持ち家政策があります。アメリカも含めて、「賃貸住宅はあまり増やさなくていい。むしろ住宅ローンを借りやすくして、家を持ちやすくしよう」という政策でやってきたわけで、それが背景としてサブプライムローンを支えた。日本の最近の景気対策も、家を買った際の住宅ローンの税額控除を増やすとか、貸付比率を増やすというものです。要するに、ローンを借りやすくして住宅を買わせようとしている。そういう発想がサブプライムローン問題の根底にあるのです。
その意味では、日本の政府はサブプライムローン問題の教訓から何も学んでいなくて、基本的には住宅を買わせようとしている。一方で、公営住宅や賃貸住宅はどんどん市場に任せ、国としてはあまりタッチしなくなる。そういう住宅政策自体に問題があると思います。
日本の貧困問題をどのようにとらえていますか。
最近、ワーキングプアならぬハウジングプアが出てきています。ホームレスとは別に、最近は、「住宅弱者」という形の母子世帯や高齢単身者、高齢者、あるいはネットカフェ難民のような若年者など、新しいハウジングプア層が脚光を浴びている側面があって、「新しい貧困」とも言うべき問題が大きくなっています。
なぜそういう問題が出てきたかというと、この間の格差社会の問題があって、特に若年層には非正規雇用の問題がある。日本の住宅手当や住宅ローンに対する利子補給を見てみると、基本的に国の住宅手当は生活保護者にしか支給しなくて、国の住宅手当がない分は企業が提供してきました。しかし、それは基本的に正社員のみの支給で、非正規の人には支給されない。ところが、非正規雇用の人がどんどん増えてきた。非正規の人は、所得が低いから住宅ローンを組むことができず、賃貸に住むしかないのに、賃貸の家賃は非常に高い。そうした形で、住宅市場から排除されてしまう人がたくさん出てきています。こうした新しい住宅の貧困問題をもっと言わなければいけないと思います。
もう1つは、住宅を持つことの貧困という問題です。アメリカのサブプライムローン問題にしても、無理して持つことによって破綻するという問題ですから、本当は持ち家の貧困問題を考えなければいけないと思っています。日本の住宅問題の研究は、持ち家にはあまり焦点があたっていませんが、いま日本でも住宅ローンの破綻が増えています。ボーナスが削られ、ボーナス払いができなくなって破綻するというケースが増えて、持ち家を保持できなくなっているわけです。だから、最終的に持ち家がゴールとはいかなくて、持ち家自身が非常に大きな問題になってきているのです。
そういう状況では賃貸住宅の充実が大切です。諸外国では住宅手当が若年層にも支給されるなど住宅手当が厚く支払われています。ところが、日本では生活保護者しかもらえない。これは国際的にも際立っている点です。最近、厚生労働省などが一時的に、派遣切りに遭った人たちに対する住宅手当のようなものを政策的にもやっていますが、すごく弱い。
それは、日本の住宅政策そのものが、基本的に建設省(現・国土交通省)が担ってきて、建設サイドの発想でやってきたことの限界だろうと思います。アメリカには、建設サイドだけでなく、ホームレスの問題なども含めて住宅問題を担当する、住宅都市開発省という部署がありますが、日本には住宅問題を所管する部署がない。ホームレス対策にしても、まず住むところがなければ職も探せないしホームレスから脱却することができないのに、住宅の供給とセットになった政策にできていない。そういう問題があります。
協同・協同組合のありようについてお聞かせください。
アメリカでは、依然としてホームレスなど住宅の貧困は深刻ですが、一方で非営利組織などのサポート組織がたくさんあります。市場原理主義の国だけれども、それを埋めるような組織の裾野がすごく広い。そういった組織がサポートし、政府がその活動を支援するという形になっています。
日本では、そういう活動がまだ少ない。アメリカ的な市場原理主義を真似したのですが、実はアメリカにはそれを埋めるような仕組みが社会のなかにあって、日本にはそれがない。
その意味では、むしろ非営利組織なり協同組合などの役割がとても求められているという側面があります。サブプライムローン問題でも、非営利のシンクタンクが多くのデータを分析して、いろいろなレポートを出して、アメリカ政府に対して様々な政策提言をしていますが、日本にはない。だから、市場主義で突き進むと、その弊害がダイレクトに現われる。セーフティネットが全然ない。国がつくっていないし、それを受けとめるような中間的な組織が不十分な状況で、いまのような事態が起きているのだと思います。ホームレス問題も、住宅が手当てされれば済む問題ではない。行政だけの対応ではなかなか難しい面があります。そういうところでの非営利組織なり協同組合の役割が非常に大きいだろうと思います。
今後、住宅市場や都市はどのように変わるとお考えですか。
なかなか難しいですね。少子高齢化について、まちづくりでよく言われているのはコンパクト・シティです。人口が増えるなかで郊外化が進むのが戦後日本の都市形成の大きな特徴でしたが、今後はそうはいかないのではないか。都市機能をどんどん分散していくという形ではダメではないか。ヨーロッパでもアメリカでも、都市機能を都心部に集中して、公共交通機関や徒歩で買い物ができるような、そういうまちづくりのあり方が見直されてきています。
ただ、日本の場合、コンパクト・シティというと、「中心部の人口を増やせばいい」という話になって、マンションをどんどん誘致する。はたして、そういうあり方がいいのかという思いがあります。
郊外の住宅地での生活も含めた仕組みづくりが必要だと思います。たとえば、いまは郊外に食料品など最寄り品と買回り品などを全部まとめた大きなショッピングセンターをつくって、そこで完結するようにしています。郊外の住宅地にも最寄り品や食料品を売る店はそれなりにないと困るけれども、買回り品のようなものまで全て郊外につくる必要があるのだろうか。ヨーロッパでは、最寄り品は郊外につくってもいいけれども、買回り品的なものは真ん中につくらなければいけないという規制をかけているところもあって、買回り品を買いたければ中心部に来て、日常的なものは郊外で済ませる、という仕組みができたりしています。
日本では、大型店規制といえば基本的に面積を規制するしかない。中身まで踏み込んで規制できない。しかし、本当はそれぐらい考えなければいけない問題だと思います。
最近、三重県の四日市などを少し調べたのですが、四日市には大型店がどんどんできています。四日市の場合、地域住民がどこで買い物をしているかを毎年調べていて、それを1990年頃と2005年で比較してみると、90年頃では郊外の人は食料品などをわりあい地元で買っています。ところが、2005年になると、地元のお店がなくなって、みんな大型店で買うようになるんですね。高齢者も、身近な食料品店がなくなって、車で大型店へ買いに行かなければいけないという問題が出てきています。
また、津市の駅の西側に団地があって、もともと戸建ての新興住宅地ですが、住民はかなり高齢化してきています。昔は団地内に食料品店があったけれども、それがなくなったので、車を持っていない人は、買い物をするにもとても不便になっている。そういう事態が、実はまちなかでも起きているわけです。
そういうまちづくりのあり方を変えていけるような仕組みをつくりたいなと思いますね。単純に「街中にマンションをつくればいい」という話ではないし、個人的には、日本のような地震大国にあまり高層マンションをつくるべきではないと思っています。首都圏をはじめとして、高層マンションがたくさん建てられていますが、将来の高齢化や非常時のリスクがほとんど考えられていないと思います。住民がどんどん入れ代わっていくとき、どう建物を維持していくのかなど、大きな問題があると思っています。
最後に、最近、関心を持っているのは?
やはりサブプライムローン問題ですね。日本では意外にその実態がきちんと理解されていないという問題意識があります。サブプライムローンの融資実態についても、日本では「貧困層向けの住宅ローン」と捉えられているようですが、アメリカではそうではなく、基本的に中間層全体の問題として認識されています。
日本では、その辺の実態がなかなか理解されずに、「貧困層が無理に家を買おうとして、それが破綻した」という理解が中心だと思いますが、いくら証券化されていても、それだけではここまで大きな問題にはならないだろうという思いがあるので、実証的にはそれを一生懸命やっています。
プロフィール
とよふく ゆうじ 三重大学 人文学部准教授
主要なテーマ:アメリカの住宅産業と住宅政策、土地問題
主要な学会:政治経済学・経済史学会、日本地域経済学会
論文・著書:井上・磯谷編『アメリカ経済の新展開』同文舘出版(第7章担当) 足立・大泉・橋本・山田編著『住宅問題と市場・政策』日本経済評論社(第6章担当) 大泉・山田編『空間の社会経済学』日本経済評論社(第4章担当)「米国の住宅ブームとサブプライムローン問題―カリフォルニア州を中心に―」(日本地域経済学会『地域経済学研究』第19号)他