『協う』2009年10月号 書評2

伊藤亜希子、室崎生子著
『子供が育つ生活空間をつくる』

平田陽子(京都光華女子短期大学教授)


  今日ほど、子どもを育てることに希望が持てない時代、育児不安を抱える親が多い時代はないのではないだろうか。本書では、「腕のない自画像を描く、語彙の貧弱化」といった発達段階における幼児の問題傾向、「不登校、いじめ、学級崩壊、学力低下、児童虐待」といった社会状況、「家庭・学校・地域でのびのび育つことが難しい」という空間上の問題など、子育て上の様々な問題が指摘されている。本書は3部構成で、各章ごとに様々なアプローチによって、子育て環境のあるべき全体像を浮かび上がらせようとしている。
  例えば、第1部1章の「保育所に通う子どもたちの家庭生活」では、子どもたちの生活時間に焦点を当て、大人たちの忙しいライフスタイルによって、家族そろっての食事やゆったりとした親子のふれあいの時間が取れなくなっていることを浮き彫りにしている。
  また、家庭における夫婦の協力体制の問題にも目を向け、子育てが母親に負担が重くのしかかっている現状と、それが厳しい労働条件によるものであることを指摘している。3章に述べられているファミリーサポートセンター事業の分析と合わせて読むと、地域の住民同士による子育て支援システムが、子育てに悩む親(主に母親)に必要とされていることがよくわかる。
かつては、母親や父親が忙しい時には、祖父母や地域の人々が食事や就寝の世話や、また遊び相手になるなどして、さりげない形で援助をしたものである。現代は核家族が増え、また地域の共同体的な人と人のつながりが細くなってしまっているために、援助の手が不足しているのである。
  次いで第2部では「共同の子育て環境を創造する試み」と題され、日本だけでなく、デンマークやスウェーデンなど海外の子育て支援施策が紹介される。単なる制度紹介でなく、それぞれの国における子どもや子育て、保育者に対する考え方が紹介されているところが興味深い。例えばデンマークには、「子どもは、親からも社会からも大事にされなければならない」という思想があり、それを実現するために、保育者自身が自分を高めていくための環境を整えるシステムが整備されている点を紹介している。これは日本の子育て支援策の展望を考える上で示唆に富んでいる。日本でも国連・子どもの権利条約を批准してはいるが、具体的な施策に立ち返ると遅れていると言わざるを得ない状況だからである。
  第3部は、「地域の空間を子どもたちの居場所に」と題して、プレーパークやコミュニティサロンといった子どもたちの居場所について先進事例が紹介されている。また、子どもの視点から見た防犯マップの作り方や危険な個所のポイントについても紹介され(第5章)、大人の視点で考えてしまいがちな危険ポイントのずれについても指摘されている。今後の地域パトロールをする際に役立つ情報であろう。
  本書では、このように現在の子どもたちを取り巻く問題を食い止め改善していくために、子どもが発達する場としての生活圏の豊かさと、人々のつながりを生むコミュニティの再生が必要であると述べている。つまり、子どもの置かれている状況や課題を解決していくためには、子どもだけをターゲットに考えていたのでは問題は解けず、子どもとその周りにいる大人たちにとっても、居心地の良い近隣の生活空間と共同体的人間関係が豊かに形成されていることが重要であると指摘している。
  そして、もう一つ重要なことは、時間的なゆとりである。労働時間の短縮、あるいは育児休暇を取得しやすくするなど、子どもと親がゆっくり過ごせる時間を保障することである。大人が暮らしにくい世の中では、子どもはもっと暮らしにくく、どうかすると弱者である子どもや高齢者に、更なるしわ寄せが生じることを肝に銘じなければならないだろう。
  さて先頃の総選挙で政権交代となったが、子育て支援施策が今後どのように展開されていくか、注目をしていく必要があるだろう。付焼き刃の施策ではなく、本書に書かれているような、子どもが、引いては大人も安心して暮らせる施策があって初めて、日本の少子化問題も解決の方向に向かって行くといえるであろう。(ひらた ようこ)