『協う』2009年8月号 特集2
経済危機と生協のマネジメント
二場 邦彦 (立命館大学名誉教授・当研究所研究員)
はじめに
総会シンポジュウム第2分科会での報告と討論、および翌日のシンポジュウム内容を踏まえて、現在の経済危機下での生協経営の課題を、学習能力をもつイノベーティブな組織づくりという視点から検討する。このような視点を設定した理由は、経済危機という経営環境変化に対応する戦略上の課題と同時に、経営環境の変化を組織の各活動現場が鋭敏に感じ取り、それに対応する活動を工夫・展開し、それらが組織全体の共通の理解となり、そこから新しい戦略やシステムが生まれる「組織の能力」が重要だと考えるからである。
ただ、「組織の能力」を向上させるには時間をかけた取り組みが必要であり、また優れた他の組織の形だけをまねても成果に結びつきにくい。このことは、分科会で報告されたコープみやざきの現在が、トップの一貫した姿勢の下での25年あまりにわたる実践の積み上げの上にあることからも明らかである。そうした意味では、経済危機という急場の間に合う即効薬とは言えないが、その方向に組織を動かすことが焦眉の課題であると考える。その理由を次に述べる。
経済危機の生協経営への影響
経済危機の根底に新自由主義による経済運営があり、その生み出した矛盾が金融危機をもたらし実体経済にも波及したことは、周知のところである。現在、金融分野での危険がなくなったわけではないが一応落ち着き、実体経済でも在庫調整がほぼ終わりに近づき、消費刺激政策の効果もあって、生産や輸出が上向きに転じている。しかし、ここからの回復力が極めて弱く、二番底を免れても、低水準で低迷する期間が数年にも及ぶL字型の回復になるとの見方が多い。
回復力の1つの焦点になっているのは国内消費の動向であり、今回の危機以前から格差拡大などの多くの収縮要因を抱えていたのが、危機対応の雇用調整で一挙に縮小に向った。今後も雇用と賃金の状況から回復は遅いと見られている。
こうした下で、くらしの諸条件はますます厳しくなり、収入の不安定がくらしの不安定と個人では処理できない問題を増加させている。くらしの先行きへの不安は節約につながり、必要で価値あるものだけが求められる動向にある。
国内消費市場が縮小する中でも、食の分野は内食化の影響もあって需要は比較的堅調であり、他業種からの参入が増え、競争が激しくなっている。その競争の特徴は、安全・安心をベースに置いた上での、低価格競争である。低価格の新型店モデルの導入、ネットスーパーの拡大、プライベートブランド(PB)の拡大などであるが、なかでもジャスコやセブン&アイなどの最大手企業を先頭にしたメーカー品の2~5割安と言う低価格PB商品の投入とその商品ラインの拡大が特徴的である。
生協もこの状況に対して、くらし応援宣言企画の拡大など多様な対応を試みているが、まだ課題が多い。一人当たり利用高の低下は続いており、これを組合員拡大では補完しきれていない。また、店舗では来店数が前年より減少しているケースが多く、生協へのロイヤリティの低い層が競合店に流出していると見られる。何よりも問題なのは、低価格化が生協事業の根幹である供給事業の収益悪化に直結し、現在の状況が続くと黒字の確保が困難になる組合が増えると見られることである。
すなわち、経済危機は組合員のくらしと生協経営の双方に困難をもたらしている。組合員のくらしの危機は生協への期待を高め、生協活動の強化を必要としているが、その生協経営は経済の低水準での停滞が続く下での激しい低価格競争によって圧迫され、どう経営を持続するかを真摯に考えなければならぬ状況にある。こうした危機状況を生協関係者が共有する必要がある。
必要な2つの基本視点
現在の状況下で生協経営を健全に発展させ、組合員の期待に応え、また社会的役割を強めようとすると、次の2つの視点を欠かすことは出来ない。
1つは、イノベーションという視点である。ここで言うイノベーションは、質的に高度なあるいはまったく新規なものに限らず、その組織にとっての新しい試みの全てを指している。
情勢の分析から分かるように、これまでの延長線上で、いま行っていることをただ量的に強めるだけでは状況に対応しきれない恐れが強く、イノベーションが必要である。その際に、1人の指導者による上からのイノベーションではなく、組織的なイノベーションの遂行が望ましい。すなわち、組織の各個人が自分の気付いた問題に出来る範囲で取り組み、その経験が全体に共有化されることを通じて、より高いレベルでの改革が進む方法である。このためには、今までこうだったと言う惰性や、こうあるべきだと言う思い込みを捨て、初心に帰って素直に組合員のくらしや自分の業務を見直す必要がある。また、そこで気付いた問題について、自分なりに工夫し・職場で相談し・試行できる環境が必要であり、さらにはその経験が組織全体に共有され、トップの意思決定の中に位置づけられる必要がある。こうした「組織の能力」が要請され、これを持つ組織を「学習する組織」と言う。
組織としてイノベーションを遂行する時、組織の各人の行動がばらばらにならず、同一方向に向うためには、後でも述べるように、組織のミッションが明確になっていなければならない。
2つは、低価格競争に価格だけで対応するのではなく、生協のもつ組合員とのつながりや信頼という独自の強さを活かす視点である。これは、低価格化の努力を否定するものではない。業務の合理性・効率性や量的効果などにおける生協の遅れた点は早急に克服し、組合員の求める価格水準を実現すべきであるが、同時に例えば1~2割の価格差なら、つながりや信頼という生協の特質で対応できる状況を目指すべきである。
これまでの、ビジネスとしての生協事業の遅れを克服する過程で、生協が本来持っていた独自の組織特性への意識が弱まり、例えば次のような生協のミッションと結びついた組織特性が後退している。①当事者としてのコミュニケーションを通じてのつながりが基盤にある。②オーエン以来の伝統として教育が重視され、学習を通じて協同の質と量を高めてきた。③くらしの諸分野に対応する多様な事業や相互扶助の活動の全体を視野に入れ総合的に運営されてきた、などである。
後退の状況と課題を見ると以下の通りである。①については、共同購入での班の形骸化または崩壊、個配やセルフ方式の店舗など、事業そのものがコミュニケーションの少ない形態に変化しており、こうした制約の中でどうつながりを強化するかが課題になっている。②については、具体的な課題に対応した学習機会や情報の提供は行われているが、組合員増加の中でそうした機会を利用しない者が多くなり、また生協のミッションや歴史的に形成されてきた価値観などの基本情報を学ぶ機会が少なくなっている。ここにどう切り込むかが課題である。③についても、組織の大規模化に伴い、事業と組合員活動との分離、事業各部門の自立性の強化と一部分の委託化や子会社化などが進み、多様な事業や活動の連携による相乗効果(総合性のメリット)の発揮が十分ではない。この点での工夫が課題である。
これらへの取り組みを通じて、生協の組織特性を強化し、競争における強い差別化要因にしなければならない。
ミッションが活きているか
ミッションは組織の追求する使命であり、使命を追及する際の態度や考え方を含んだものである。一般の企業でもその重要性が強調されるが、一般企業では利潤の実現という最終目的を達成するための中間目標としてミッションがあるので、組織の存続がそれと一体化しているわけではない。これに対し、生協はミッションを実現するために設立された組織であり、両者は一体である。
先にも触れたように、ミッションが組織に浸透し定着した時、それは組織構成員のエネルギーを1つの方向に収斂させる役割を果たす。すなわち、組織構成員の日常の判断・行動・発想の基準になる。その場合、ミッションは、生協で言えば食料品供給という事業形態を通じて追求されるが、その形態の内実にあるのは組織特性を活かした組合員のくらしの改善・組合員の満足・喜びなどである。従って、現在の供給方式という形を持続すれば良いとするのではなく、組合員のくらしや喜びという内実の視点から供給方式の改革が発想されなければならない。こうした業務の見直しが全職員によって日常的に行われているとき、ミッションが浸透し定着していると言えるであろう。
ミッションを組織に定着させるには、文章として明示し常に繰り返し強調しなければならないが、スローガン化し表面的な理解に止まることが多い。これを打破する上で有効なのは、トップがッションの視点から周囲の現実を分析し評価した内容を語り続けること(例えば、コープみやざきの「雑感集」)、およびミッションを日常の業務の中に活かしたケースを提示するなど、ミッションを現実の中で応用した姿を示すことである。
また、ミッションを日常の業務に活かそうとする時、例えば「店のありたい姿」「地域担当者のありたい姿」など、その組織の現状を踏まえて業務に即し具体的に示すことは、ミッションを「見える化」する効果があり有効である(例えば、コープみやざきの「めざすことと基本的考え方」「基本的考え方を支えるキーワード」)。
さらに、ミッションや年度方針に合った評価に値する職員等の行動を表彰することで、組織がどういう行為を期待しているかを告知し、職員に行動目標を与えることが出来る。
気付きを形にできる組織
ミッションにそって、「提供する商品が組合員に最も役立ち・使いやすく・良いものであるか」「商品の選択に必要な情報が的確で掴みやすい形で伝えられているか」など、それぞれの業務を見直すことによって、多くの気付きが得られる。
各職場でのこうした気付きが、そのまま埋もれて消えてしまわず、活きてイノベーションに結びつくには、工夫を奨励する職場の雰囲気、気付きを話し相談できる職場集団の形成、改革に支持的な上司の態度などが必要であるが、それらが成立する条件を幾つか述べると次の通りである。
第1に、これらの基盤になるのはミッションを達成するために相互に協力し改革を続けるという組織文化であり、ミッションの浸透・定着が前提になっている。
第2に、上から厳格に指示し統制するのでも放任するのでもなく、職員の自発性の喚起を重視し、基本方針の大枠の下での自律的な行動を促す管理スタイルが必要である。この場合の管理者の役割は、職場方針の指示と部下の行動把握の上に立って、相談・支援・調整などのサポートを行い全体をまとめることであり、そのためのコミュニケーション手法としてコーチングの手法がよく用いられる。こうした管理スタイルにより、信頼関係を築きながら部下を自立型人材に育てるのである。
こうした管理方式は本部と現場との関係にも当てはまり、本部が大きな権限を持ち現場を拘束するのではなく、自立型の現場を育てる統制手法が望まれる。ただし、上司と部下、本部と現場、いずれの場合にも、部下や現場の自発性や自律能力の水準が低い時には、上司や本部による指示が相対的に強まらざるを得ないのは当然である。また、信頼による委任を支えるものとして、部下や現場の状況を的確に把握する必要があり、業務報告や実績データは責任単位ごとに明確にすべきである。
管理に対するこうした考え方の根底にあるのは、人の生きよう・発達しようという意欲への信頼である。人はその意欲から、情報を集め選択判断して行動を決め、その結果に一喜一憂し、試行錯誤を重ねつつ発達するという人間観である。学習や情報提供はこのプロセスを助けるものである。
第3に、部門間の横のつながりが必要である。生協の各業務は組合員のくらしに向けて組み立てられており、互いに関連しあっている。従って、1つの部門内で完結しないイノベーションも多く、部門間の横断的な情報の流れや人の交流、それも役職者だけではない広い階層での交流が必要である。こうした横断的な流れの中で、互いに刺激しあい異質の発想に学びあうことで、質の高いイノベーションが促進される。
第4に、生協職員の中で多数を占めるパート職員が正規職員と同じように自律的に働ける条件を整える必要がある。パート職員は雇用が時限的であり、給与体系や昇進システムの違いがあることから、正規職員の指示に従う受身の立場にあるとされたり、あるいは自己規定したりして、自発性を十分発揮できていない。しかし、パート職員は単に数が多いというだけでなく、多くの部門で生協業務の重要な部分を担っており、その自発生を引き出すことなしには、生協は「学習する組織」になりえないのである。
経営トップおよび部門責任者の役割
「学習する組織」を構築する上でのトップの役割については、これまでの説明の中で触れるところがあった。すなわち、組織体質を作り変えるには努力の積み上げが必要であり、その間、経営トップがぶれずにその路線を追求し、ミッションを具体的な言葉で語り続けること、組織の水準に合わせて各現場が動きやすい仕組みを工夫し設定することなどである。
これに対し、部門責任者が果たす役割はどうであろうか。以下に若干の点を指摘する。
部門責任者の仕事を大きく分けると、ランダムに発生する異常への対応を含めて日々の仕事をきちんと処理し明日につなぐという業務の流れを保つ部分と、それらを支えるインフラ、例えばシステム、部下という人材、関係先との関係、社会的信用などの経営資源をメンテナンスし保持する部分とがある。一般には、前者の日常業務だけで多忙で、そこに埋没し、後者のインフラの質を高める課題が後回しになり先送りされていることが多い。しかし、インフラの質は全体の成果に大きな影響を与えるので、そのレベルアップは重要な課題である。この課題に最も関わりやすい位置にいるのが部門責任者であり、彼等の関与なしにはこの部分のイノベーションは進まないであろう。従って、部門責任者はこの課題に対し、目標を明確にし、計画的に取り組む責任を持つ。
次に、部門責任者は経営トップと部下との中間に位置する職制として、基本方針と諸問題の処理の中にあるトップのフィロソフィ(ミッションと重なろうが)を伝達し、同時にそれに対する部下の理解状況や意見、特にトップの意思決定に組み込まれるべきと判断された意見をトップに伝える役割がある。こうした役割を果たすことによって、部門責任者はトップと部下とをつなぐ連結ピンになりうるのである。
トップへの部下の意見の伝達とも関連するが、どう考えても受け入れられて当然と判断される部門からの提案や意見が、明確な説明なしに受け入れられない場合、それは部門職員の志気を低下させ、そうした事態が重なるとトップ不信につながり、それはまたトップを動かしえない部門責任者への失望となり、リーダーシップを失うことになる。部門の判断が主観的で一方的でないならば、こうした場合、部門責任者には強談判してトップを動かす気力とねばりが要請される。難しいことではあるが、これも部門責任者の重要な役割である。
むすび
本稿では、単協事業組織の組織づくりに焦点を当てたため、生協の組織を考える際の幾つかの重要な論点に触れていないので、以下に簡単に述べておく。
1つは、組合員組織との関係である。組合員組織が「学習する組織」づくりにどういう影響を与えるかは、その業務組織との関係のあり方を含めて興味深いテーマである。
2つは、事業連合との関係である。事業連合が合意分野での部分連合であって、それが重要な分野ではあっても、意思決定の半ば以上が単協に残っている場合には、「学習する組織」づくりの妨げにはならないが、意思決定分野の過半に及ぶ場合、あるいは完全な合同に至る場合には、歴史・組織文化・マネジメント水準の違う巨大集合体を自発性をベースとする同質組織に変えるのは長期に及ぶ困難な作業になり、組織を統制するための上からの指示が優勢になりやすいと考える。そうした意味で、「学習する組織」づくりは困難になるであろう。
3つは、地域などでの生協以外の諸組織との連携によって、社会的にくらしの安心・安全・安定を高める取り組みとの関係である。この点では、「学習する組織」ではむしろこうした取り組みに向う内的必然性が高いと思われる。
いずれも興味深いテーマであり、さらに検討を深めたい。
紙幅の関係から、本稿では具体的な事例をほとんど挙げていない。9月中に刊行予定の第17回総会記念シンポジュウム報告集によって補っていただければ幸いである。