『協う』2009年6月号 視角


一般医薬品の通信販売規制について

國領 二郎

 昨秋からのインターネット販売を含む一般医薬品の通信販売規制騒動については、目にされた方も多いことかと思う。いったん決められた省令が、風邪薬を欲しい人などもすべからく店舗に出向いて買い求めるように、という内容になっていることに対して、「過疎地にいて店がない」「子育て中で薬店が開いている時間帯になかなか出られない」「視覚障害のために薬店で買えずネットで説明書の音声読み上げに頼っている」など、さまざまな理由で、店頭購入が難しい人からの声があがった。あまりの反対の多さに、大臣が再検討を指示したが、結局議論がまとまらずに規制が始まってしまった。ネット販売だけでなく、電話による伝統薬販売なども2年後には完全禁止される内容(新規顧客への販売はすでに禁止された)で、数百年続いた薬が使えなくなるなどとして悲鳴があがっている。
  この話の発端は薬事法の改正で、コンビニなどでも薬を買えるようにするにあたって、安全対策をきちんと行おうという、本来は正しい動機から始まっている。安全対策の柱となるのが、本人の判断によって服薬する一般薬については、その薬の持つ危険性を服薬者本人に十分に伝達して、質問などにも答え、副作用の被害を減らそうという考え方である。このような考え方は「リスクコミュニケーション」と言って、今日の商品安全の考え方の基本とも言え、規制賛成派も反対派も一致して賛同している。
  筋の良い話が、急におかしくなってしまったのが、薬事法にはない「対面原則」なるものが、厚生労働省が決める省令で突然登場するからである。「リスクコミュニケーションは対面でなければできないので、対面以外の販売方法は禁止する」とするものだ。厚生労働省の説明によれば、対面販売ならば、買う人の顔色などを見ながら適切な服薬を指導することができると言う。
  対面原則と言いたい気持ちは分からないでもない。確かに、薬剤師が時間をとって対面でていねいに説明してくれるほうが、薬の副作用についてよりよく伝えられる場面も考えられる。
  ところが、この対面原則というのには残念ながら大穴が空いている。対面を義務付けているのは販売者と「購入者」であって、服薬する本人ではないのだ。上記のように世の中には自分で店に出向くことが困難な人がいるので、代理人による購入を認めないわけにはいかないのだが、だからと言って、代理人でもいいから対面と言われてしまうと、薬事法が重視する専門家と服薬者本人のリスクコミュニケーションはどこに消えてしまう。そのようなことを百も承知の上で、代理購入なら代理人が薬局の人と対面するからOKだが、本人が電話で直接薬剤師の指導を受けながら服薬を決める通信販売は対面でないからダメなどという、おかしな規制を作ってしまった。
  その上に、「店舗であれば、専門家は薬剤師ではなく、(簡単な訓練を受ければ取れる)『登録販売者資格』を持った人間が販売するのでも良い」とまで言われると、本来の薬剤師による説明を直接服薬者に届けることを基本としている通信販売事業者にとっては不当な差別として訴訟するしかなくなる。
  こうなると「対面」基準によって、一般薬の販売方式の可否の線引きをするのには元々無理があったとしかいいようがない。常識的に言っても買い置きしながら、家庭や職場で共有しながらつかう一般薬について、対面が徹底できることを想定するのは無理で、別途の情報伝達をしなければリスクコミュニケーションが実現しないことは明らかだろう。業者だけの問題ならまだいいが、本件は、高齢化、過疎化、少子化などの中で移動困難に苦しむ多くの人から、薬を調達する重要な手段を奪う大変な犠牲のもとに成り立っている規制だ。服薬の安全を真に担保するのはどんなルールか、ということを一度、白紙に戻して考えなおすべきだ。
  ネット販売については、違法・脱法(購入代行など)サイトが多くあることも事実で野放しにしてはいけない。そのような脱法事業者に販売機会を与えないためにもきちんとした通信販売ルールを定めた上で、法を守りながら販売したい優良業者を積極的に育てることが、安全性を高く保ちながら移動困難問題に対応する道だろう。

  こくりょう じろう(慶應義塾大学総合政策学部教授)