『協う』2009年6月号 特集3

消費者がネットスーパーを利用する背景
近本 聡子 ((財) 生協総合研究所 研究員)

 

進化続ける情報処理システム
  昨年のSPSS(データ解析用の統計パッケージ)研究大会のあるプレゼンテーションでは、スーパーマ―ケット顧客Aさんの買い物履歴(lifelog)を、ユビキタス化された会員カードに蓄積し、そのAさんが来店した際に、瞬時に入り口で「あなたにぴったりの今日のお買い得」をモニター(多分入り口の頭上にある)に投影できるシステム、などの紹介があった。なるほど、Amazonなどでよくメールが来る「お勧め書籍や商品」のシステムがこんな形にもなるんだな、と思った。
  ネットスーパーについての消費者の購買行動を見ようとすると、システムと物流の進化も同時にみる必要があり、さらにインフルエンザ流行などの社会的な要因も影響している。個人的には、lifelogの追跡を消費者が拒否できるシステムが出来るのか、心配である。「私の好みを分析しないで!」と思うことが増加してきているからだ。統計的分析は良いのであるが、一般の消費者からみると、個人特定の分析なのか、統計のみなのか違いは分からない。

消費者のくらしの変化

1)買い物嫌い

  08年、関西のA生協の組合員調査を分析させていただいたが、食品の買い物は毎日したくない(できない場合を含む)という組合員さんが「どちらかというとしたくない」人を含め77%、30代が10ポイントも高い87%と大変高い数値が出ている。回答は年齢差が大きく、年齢が高い人ほど毎日買い物してもいいと考える率は上がっている。買い物が面倒な行為になっているのは何故だろうか。
  買い物環境という点からみると、近所に商店街や小さな店があり、気楽にお豆腐一丁から買いに行けるという時代ではない。特に郊外や地方都市では車社会となり自動車をいちいち出して買い物へ行く必要がある。
  また、消費者自身をみると、仕事・子育て・趣味で多忙かつ多様なライフスタイルを実現できる社会。美食家は別として、日常食料品の買い物はすき間時間にするか、まとめ買い時間を確保して効率的にする行為となっている人が増加しているのではないか。また、買い物にはメニューを考えることが付きまとう。ミールソリューションのなかで、最もめんどうなのは日本ではメニュー作りであると様々な調査が語っている。
  今後、高齢社会の進行で70代以上の人口比が上がりつつあり、店での買い物好きな高齢層の人々も、配達へのニーズは増加すると考えられる。
  ちなみに、A生協で(日常買い物率は1%未満だが)商品群別にネットショップで買っているのは「洗濯用洗剤」「基礎調味料」「果物」などで、これらについては筆者も利用したことのある分野なので腑におちる。富士総研の分析では、ネットスーパーの食品分野の商品構成比はスーパーとほぼ同様という1)。

2)ネット購買の急増とデバイド

  インターネット利用率ほど年齢差の開くデータはあまりみない。「男性は外で働き女性は家庭を守る」という価値観でもこれほどは開きがない。普及期なので、あと10年もしたら落ち着くと思われるが、ベッドタウンを抱える都市周辺県であるA生協の組合員でもネットで商品やサービスを購入している率は次のようになっている(表1)。

 このように現在のところ年齢によるデバイドがかなり大きい。また、ネット購入については「家族単位」ではなく個人の好みで購入するため、組合員の動向だけでは読めない。40代以上では男性のネット利用率の方が高いので、男性の利用も増加していく可能性が高い。単身者の激増と共に団塊世代リタイア後の男性消費者の動向はかなり重要だろう。
  現在のところ、「ネットスーパー事業を展開するサミット(都内中心)では、当初は高齢者需要向けにサービスを始めたが、始めてみたら登録者の7割近くが30-40代。男女比では9割が女性(子育て層)が主体で利用頻度は月1~3回が大半2)」ということであるので、完全に生協宅配の主流層とかぶっているところが興味深い。
  年収別にみても(表2)くっきりとデバイドがあり、1000万円未満層での階層差がクリアである。

3)調理済み・半調理済み食品の普及

  経済環境が悪化しているなか、中食(なかしょく)を含め、家庭内食が増加していることも重要なファクターであろう。
  家族の食生活のマネジメントを担当している女性達(ジェンダー役割を担当することについては不承不承の率も増加)が、調理技術の獲得機会の減少や、食そのものへの関心の低下により、食生活の効率化を希望していて、それを可能にする食材が普及していることも中食・内食を後押しする背景にあるだろう。
  生協組合員となっている女性達は、食生活マネジメントに意欲的な層であると推測されるが、その層でも「料理にじっくり時間をかけるほうだ」という人よりも「料理は手早く済ませたいほうだ」という人が2倍以上になって10年は経過している。「おいしければ手作りでなくてもよいと思う」率も然り。これらの姿勢は年齢が若い層ほど強く、30-40歳代は安全な食へのニーズは高いものの、食マネジメントの効率化にも大変関心が高く、これは買い物行動にも共通ではないかと考えられる。
  各種組合員調査で、生協での支持率が最も高い食品群は、ここ20年ほぼ「冷凍食品」であるが、食生活の効率化を「後ろめたい」と感じていた気風は、もはやかなりマイノリティで、調理済み加工食品の質の向上に伴い家庭内食でも手早くおいしい食事が可能となっている。この流れに、冷凍ギョーザ事件はかなり影響を与えた。A生協組合員へのイメージ調査では生協への「安心」「安全」イメージがそれぞれ20ポイントも下落しているのである。
  矢野経済研究所の2008年度の食品宅配事業の調査によると、生協個配事業よりもネットスーパー他のほうが伸び率が高く(表3)、イメージダウンしてしまった生協からのスイッチも考えられる(現在の購買主力層が重複しているため)。

 ネットスーパーの伸長は上記の研究所予測では2010年以降やや鈍化して5年後で500億円規模となっている。生協が早くイメージを回復し、特にデリバリー形態で支持の高い加工分野のニーズを汲み取ること、より組合員のライフスタイルに合わせ利用しやすいシステム作りをすることが組合員の食マネジメントをサポートすることになりそうだ。

1)(株)富士経済 食品デリバリー市場の実態と将来展望2009.2月
2)参考サイト:日経消費フォーラム:調査リポート「食品宅配の利用動向調査」より
http://www2.nikkei-rim.net/shouhidata/DB/topix/2008/080910_3/netsupermarket.pdf