『協う』2009年6月号 特集1

ネットスーパーにおける消費者とのつながり

加賀美 太記 (京都大学大学院 経済学研究科 博士後期課程・ 「協う」 編集委員)

 

はじめに

  インターネットを通じて注文をした食品が配達される。生協によく似たビジネスモデルの「ネットスーパー」が、昨今、食品小売業の中で注目を集めている。これまで食品宅配の分野では、生協の共同購入と個配事業が圧倒的なシェアを誇っていた。生協は、安全・安心をセールス・ポイントにして、組合員との相互作用も含んだ厚い信頼関係を築いてきた。
  しかし、競争相手である食品小売業のナショナル・チェーン化が進み、生協でも個配事業の拡大や事業連合化などが進んでいる。消費者である組合員のライフスタイルもまた急速に変化してきている。競争相手、自分自身、そして自らを取り巻く環境、これらの変化を受けて、いま、共同購入や個配事業の新しいあり方が模索され始めている。
  本特集では、生協の新しい競争相手とも言うべきネットスーパーについて、イズミヤとオークワの二社を事例として取り上げ、そのシステムや特徴を、特に消費者との関係に焦点を当てて検討する。このことを通じて、現在の生協の共同購入や個配事業が持つ優位性や課題、そして今後生協にどのようなあり方が求められているのかについても検討する。

 

ネットスーパーとは何か

  ネットスーパーとは、もともと小売業におけるインターネットの活用が活発だったアメリカで生まれた事業である。日本において本格的な展開が始まったのは、ちょうどIT革命が叫ばれ、ネットの活用に注目が集まっていた2000年前後からである。
  ここでは、まず、ネットスーパーとは何かを簡単に定義した後、日本においてネットスーパー事業がどのように拡大してきたのかを見ていこう。


(1)ネットスーパーの定義

  近年、マスメディアをはじめとした多くの領域で注目を集めるネットスーパーだが、最近定着した事業ということもあり、一般化した定義はまだ存在してしないと言えるだろう。
  たとえば、食材の宅配事業としてネットスーパーを捉えれば、生協の共同購入や個配事業、さらに「阪急キッチンエール」などの事業も含まれることになる。また、「オイシックス」や「らでぃっしゅぼーや」といった有機野菜のネット直売事業に代表される、食材のインターネットを通じた販売事業(ネット直売)も同様だろう。
  しかし、いわゆるネットスーパーは、これらの事業とは異なった特徴を持っており、そこが他の食材宅配事業とネットスーパーとを区別するポイントとなろう。

①当日配達
  現在のネットスーパーの特徴の一つ目にして、おそらくもっとも重要な特徴は、「注文したその日に配達される」という当日配達にあると考えられる。後述の事例でも確認できるが、インターネットを用いた注文の方法や、食材の宅配方法といった点では、ネットスーパーと他事業との間に大きな違いはない。両者を区別するポイントは、注文を受けてから配達までにかかる時間にある。
  たとえば、生協の個配事業では、週単位で注文して、週一回決まった曜日に配達される。阪急キッチンエールは、日曜を除いた月~土曜の6日間を宅配可能な期間としたうえで、毎週6回まで宅配してもらえる。ただし、到着日は注文した日の翌日である。
  それに対して、ネットスーパーでは、注文する時間帯にもよるが、基本的には注文をしたその日のうちに商品が配達される。初期のネットスーパーこそ注文した翌日の配達であったが、
近年のネットスーパーは当日配達が当たり前になっている。この注文・配達間の時間差が少ない当日配達が、ネットスーパーの特徴の一つ目である。

②店舗との連動による幅広い品揃え
  現在のネットスーパーの特徴の二つ目として、既存店舗との連動があげられる。
  ネットスーパーには、倉庫出荷型と店頭出荷型という区別がある。DC(DistributionCenter:在庫保管型物流センター)などから直接消費者のところへ出荷するのが倉庫型であり、店頭に並んでいる商品の中からピッキング(注文に応じて商品を拾うこと)を行い、店舗のバックヤードでパッキング(梱包)を行って出荷するのが店頭型である。
  当初アメリカで生まれたネットスーパーは倉庫出荷型が多かったが、独自の物流網の構築や物流センターの建設など、巨額の初期投資を十分にペイできず破綻することになった。反対に、店頭出荷型は既存店舗向けの物流網や物流センターを活用することで、初期投資を低く抑えることができた。
  加えて、初期投資が少ないため投資回収に必要となる規模、すなわち配達範囲を倉庫型に比べて狭く設定することができた。結果、出荷現場と消費者との距離が短縮され、当日配達が可能になったのである。現在のネットスーパーの多くは店頭出荷型であるが、店頭型が主流になった要因はここにある。
  さらに、店頭出荷型にはもうひとつ重要な要素がある。それは、実店舗に並んでいる商品を基礎にするため、ネットスーパー用に別途の在庫を持つ必要がなく、かつ実店舗同様の品揃えができるということである。
  確かに店頭に並ぶ商品すべてがネットスーパーでも注文できるという状態にはない。しかし、生鮮食品をことのほか重視する日本の消費者にとって、生鮮食品を含む幅広い品揃えは、非常に魅力的なものとなる。
  「実際の店頭に並んでいる商品から注文ができ、その日のうちに店舗から商品が届く」。これが、現在のネットスーパーの特徴であり、他の食材宅配事業と区別される点である。
  なお、店舗型なのか倉庫型なのかはビジネスモデルとして成立するかどうか、つまりは事業の収益性の問題であろう。むしろ、店舗を活用することで、実際の店舗と同じ品揃え、なかでも生鮮食品の取り扱いが可能になっている点こそが、消費者への訴えかけと関わって重要な要素になっている。
  以上を踏まえ、本稿では、ネットスーパーを「生鮮食品を含む食品スーパー同様の品揃えで、注文日の当日に配達を行なう事業」として定義することにしよう。


(2)日本におけるネットスーパーの展開過程

  では、ネットスーパーはどのように日本で広がってきたのだろうか。次に、この点を整理しよう。
日本におけるネットスーパー展開の嚆矢は、ベンチャー企業である「ココデス」のネットスーパー事業である。1999年11月に開業したココデスは、物流センターから出荷する倉庫型ネットスーパーの形態を採り、生鮮食品を除いたスーパー同様のカテゴリー、約3000アイテムを品揃えしていた。
このココデスに続く形で、大手小売業が続々と参入してくる。2000年にはコンビニエンスストアのサンクスを運営する「サンクスアンドアソシエイツ」、総合スーパーの「西友」とマイカルの子会社である「ポロロッカ」が相次いでネットスーパー事業に参入した。
  2000年4月に参入したサンクスのネットスーパー事業は、日本の大手小売業が手がける初めての本格的な、ネットスーパー事業であった。その内容は、DCから出荷する倉庫型であり、当日配達も可能であり、品揃えも生鮮を含む約4000アイテムを揃えていた。
  西友は同年5月からネットスーパー事業を開始した。西友は自社で物流網を構築したサンクスとは異なり、ネットスーパーで先発していたココデスとの提携による参入方式を選択した。西友のネットスーパーは、既存の西友店舗を活かした店頭出荷型であり、当日配達も行なっている。品揃えは、店頭商品から約5000品目を揃えていた。
  さらに、7月に参入したマイカル子会社のポロロッカは、DC出荷型を採用し、約1000品目を揃えていた。
  翌2001年3月には、イトーヨーカ堂もネットスーパー事業に参入した。西友同様の店頭出荷型を採用したが、当時の品揃えは約1000品目程度に留まっていた。なお、同時期にイズミヤもネットスーパーを開始している。
  このように、大手を中心にして、順調にネットスーパー事業の展開が進んでいるように見える一方で、2001年8月にはアメリカのネットスーパー大手であるウェブバンが経営破綻した。同年の11月にはサンクスがネットスーパー事業から撤退するという事態を迎える。ともに高額な初期投資が負担となった末の結末であった。加えて、ITバブルの崩壊も重なり、ネットスーパーへの注目は一旦萎むことになった。
  その後も、断続的にネットスーパー事業への参入が続いていたが、2007年に入ってから一気に拡大傾向へと転じた。まず、イトーヨーカ堂が全国規模での本格展開に取り組み、関東を中心にネットスーパー事業を進めた西友も全国規模への拡大を図っている。2008年には、ダイエーとイオンが相次いで取扱を拡大した。2009年現在、昨年来の景気低迷による消費者の生活防衛意識の高まりを受けて、店舗売上が低迷する中で、各社はいっそうネットスーパー事業へ傾注しつつある。
  このような07年からの拡大傾向の背景には、いくつかの事情が左右している。先に述べた08年のアメリカ金融危機に端を発する景気低迷がもたらした「巣ごもり消費」への対応というのもそのひとつではあるが、より巨視的には食品小売業が既存店舗の競争力強化を図る必要に迫られたからである。
  もともと、日本には店舗立地に適した有望商圏が多く、店舗網の構築が小売業にとって最重要の課題であった。しかし、規制緩和などによって小売業間の競争が激化する中で店舗売上が低下傾向に転じている1)。つまり、店舗網の拡大だけではなく、店舗自身の競争力強化の必要性が高まっていたのである。

 

ネットスーパーの事例

  ここまででネットスーパーの概要について整理してきた。次に、具体的な事例としてイズミヤとオークワのネットスーパー事業を取り上げ、その特徴、とくに消費者との関係について検討していこう。


(1)イズミヤ昆陽店(兵庫県伊丹市)―生鮮重視のネットスーパー

①イズミヤのネットスーパーの歴史
  イズミヤのネットスーパー事業「楽楽マーケット」は、2001年3月に大阪市内の3店舗による店頭出荷型としてスタートした。継続的に対象店舗を拡大しつつ、2005年夏に京都市内の店舗でもネットスーパー事業を開始した。
  2001年という比較的早期にネットスーパーに参入したイズミヤだが、他の小売業同様に2007年に改めてネットスーパーに注目し、同年12月には、ネットスーパーのシステムを更新して、バージョン2へと移行し、取扱アイテム数の増加(1900アイテムから5500アイテムへ)と店舗毎の個別対応の強化を図った。09年6月現在では、2府1県の計10店舗でネットスーパー事業を行っている。
  イズミヤがネットスーパーに注目した理由は、一般世帯における光回線やADSLといったブロードバンド回線が普及したこと(07年3月時点で50%超に至った)と、主婦層のライフスタイルの変化があげられている。

②新しいネットスーパーというコンセプトへ

  会員数も増加し、客単価も店舗に比べて2倍~3倍程度に上昇するなど、順調な成長を見せていたネットスーパー事業であったが、成長と同時に課題も現れていた。
  顧客動向を見ると、客単価が上昇する一方で利用頻度は店舗に比べて低くなっていた。購入品目も、ペットボトルの水やお茶、ビールや発泡酒などの酒類といった飲料、あるいは米のような重くてかさばるものが中心であった。
  この背景には、1)宅配してもらえるため、自分で行く買物では重くてかさばり面倒な、買い置きできるものをまとめて買おうという心理と、2)購入金額を上げて配達料金を無料にしたいという心理が働いていると考えられた。
  とくに、多くのネットスーパーでは、配達料金が無料になるのには一定の金額以上の購買が必要である。このため、無料になる金額が消費者にとってのネットスーパーを利用するボーダー金額になる傾向がある。
  イズミヤでも、当初は5000円以上から配達量を無料として設定していた。しかし、来店・購買頻度が高く、生鮮食品の比重が高い食品スーパーで、毎回5000円以上の買物をすることは、よほどの大家族でもない限りそうはない。結果として、この段階でのネットスーパーは、消費者にとって、主にまとめ買いの労力を省く手段にしかなっていなかったのである。
  競争相手が少ないうちは、それでも問題はないかもしれないが、日本は小売業者の数が多く、競争が非常に激しい市場である。ネットスーパーの利用がまとめ買いのみを目的としたものであれば、長期的には生協・ディスカウントストア・ドラッグストア・ホームセンターといった他業種を含めた小売業間でのサービス・価格競争になることが予想された。
  つまり、イズミヤが直面したのは、ネットを利用した購買行動が拡大するなかで、ネットスーパーというスーパーが主体となる事業の「売り」は何か、すなわち差別化の問題であった。
  これに対する回答が、「生鮮重視の普段使いのネットスーパー」「地域の貯蔵庫から冷蔵庫へ」という新しいコンセプトである。このコンセプトを具体化したのが、兵庫県伊丹市のイズミヤ昆陽店である。ここでは、従来のまとめ買いのネットスーパーではなく、普段の店舗利用と同様にネットスーパーを利用してもらうことを目的として、新しい取り組みを進めている。

③コスト削減への取り組み

  普段使いのために重要なのは価格である。より正確には配達料金である。そのため、昆陽店では配達無料となる金額を3000円からに設定した2)。
  しかし、スーパーマーケットという業態が持っていた強みは、ワンストップ・ショッピングを可能にする食品を中心にした品揃えの広さ、そしてセルフサービスにもとづく低価格にあった3)。ピッキング・パッキング・配達という本来は顧客が自ら行う作業を、小売業側が代行するネットスーパーという仕組みは、もともとの強みであるセルフサービスによる低価格と矛盾することになる。
  この問題に対して、昆陽店は徹底したコスト削減によって低価格の維持を図っている。それは、主に次の二つの点で構成されている。
  一つ目は、限定した地域における集中展開、一種のドミナント戦略である。昆陽店では配達エリアを他店舗に比べて狭く設定し、一地域で会員を集中的に拡大する小商圏高密度な展開という方針を取っている。結果、狭い範囲に多数の利用者が存在することになり、配送効率が劇的に向上した。昆陽店の一度に配送可能な件数は他店舗の5倍にのぼる。
  また、エリアの拡大についても、陣地戦のように、会員数を確保しながら徐々に拡大する戦略をとっている。このようなドミナント戦略による配達時間の節約が、コスト削減の一つの柱である。
  二つ目は、ITの活用による徹底した物流コストの削減である。昆陽店では、ピッキングは自社で行っているが、パッキングと配達に関しては、自社の100%子会社であるサン・ロジサービスに委託している。両社は、ITを活用したネットスーパー用の物流効率化パッケージを開発した。
  たとえば、ピッキングとパッキングにおけるハンドスキャナーを用いた効率化がある。従来は、注文書を片手にピッキングを行って、2名で確認しながらパッキングするという工程を取っていた。これをハンドスキャナーによる確認作業に切り替えることで、作業効率が4~5倍程度上昇すると同時に、パッキングも1名で行えるようになった。
  さらに、配送時にもITを活用している。宅配におけるムダの典型は不在・再配達である。とくに、生鮮を扱うネットスーパーにとって再配達という時間のロスは看過できない問題であった。とはいえ、短時間ですら不在にできないというのは消費者にとっても負担である。その解決策として、配達時のメール連絡を活用することにした。これは、配送車両にGPS機能のついた携帯電話を搭載し、配達圏内に配送車が来ると自動で注文者にメールを送信するシステムである。このシステムの活用によって、不在・再配達の件数が減少している。
  昆陽店では、これらの取り組みによってコストを削減し、配送料を引き下げて、利用頻度の上昇を図っている。

④消費者との関係作り
  さらに、昆陽店は、ネットスーパー事業においてもっとも重要となる会員の拡大に、担当者だけでなく店舗従業員を充てた点が特徴的である。
  昆陽店では、コスト削減策の一つ目であるドミナント戦略を支える地域内での一定の会員規模を獲得するため、従業員によるチラシ配布と訪問勧誘に取り組んだ。チラシの配布は、該当地域の1万4千戸に対して都合5回行われ、3回目からは、たんに投函するだけでなく、呼び鈴をならしての直接勧誘にも取り組んだ。
  この宣伝活動は4ヶ月に及ぶ長期間に及んだ上、通常の業務時間の合間に行われた。そのため、当初は従業員の反応も決してよくはなかった。昆陽店のネットスーパー事業に関わるeコマース営業部長の田中和伸氏は、とにかく店舗従業員の意識改革が大変だったと、当時を振り返っている。しかし、実際に顧客と出会って対話し、また事業として動き出すなかで、従業員の姿勢が変化してきたという。
  たとえば、チラシの投函への苦情や、直接の対話の内容といった情報が共有される中で、より積極的で効率的な勧誘へと独自に発展していった。また、アフターサービスや宅配員を経由して上がってくる顧客からの感想はもとより、売り場担当者自身がピッキングする商品の山は「これから売るもの」ではなく「売れたもの」=自分の仕事の結果としての実感を与え、従業員自身のモチベーションを引き上げている。
  このように、消費者との関係作りに店舗の従業員全体で取り組んだことが、従業員の意識とサービス品質を高め、会員拡大に繋がったと田中氏は指摘している4)。


(2)オークワ―地域での信頼にもとづくNS―

①オークワのネットスーパー事業の概要と展開の過程
  続いて、和歌山県のオークワの事例を見ていこう。
  事業名称「ネットスーパーオークワ」は、現在、和歌山県内5店舗で展開している。5店舗の内訳は、橿原真菅店・和歌山中之島店・和泉小田店のオークワ(通常の食品スーパー)3店舗と、高品質帯を取り扱うメッサオークワの高松店、スーパーセンターである南紀店となっている。ネットスーパー事業については今後、積極的な拡大方針を持っており、2011年2月期までには30店舗に規模を拡大させる予定である。
  オークワがネットスーパー事業へ参入したのは2006年と比較的最近である。参入そのものは、経営トップの決断による。その背景には、ネット社会への対応を見こして、ネットスーパーへの顧客の要望が本格化するより前に事業化して対応する狙いがあった。
  このような判断のもと進められた実際のシステム開発では、従来から存在していた商品の配達システムを活用することにした。「たすかる便」という名の、この配達サービスは、購入金額が3000円以上であれば店頭で購入した商品を無料で配達するサービスである。「たすかる便」は、ディスカウント店舗を除くオークワ全店舗(45地区93店舗)で既に実施されており、このサービスをネット対応させることが、オークワのネットスーパー事業の出発点となった。
  ネットスーパーのシステムとしては店頭出荷型であり、ピッキングは各店舗の従業員が担当して、パッキングと配達は地元企業に業務委託する形をとっている5)。
  配達は1日4便体制である。また、利用実態は、想定していた高齢者層よりも、30代の子育て層と40代の介護層が多く、品目構成も生鮮比率が想定より高く、店頭とほぼ同水準にある。また、3000円以上の購入で配達料金が無料になることもあり、客単価では店頭を上回っている。

②地域の信頼感にもとづくネットスーパー

  現在のオークワにとって、ネットスーパーは店舗の補完的役割を担うものとして位置づけられている。この位置づけを反映して、オークワのネットスーパー利用者には次のような特徴が見られる。
それは、利用者の多くが、「オークワ」だから信頼できるという理由でもって、ネットスーパーを利用しているということである。つまり、オークワという店舗ブランドに対する信頼が非常に高い層がネットスーパーの主たる利用者になっている。
この背景には、県との連携なども含め、地域密着で展開してきた地域スーパーという独自性や、夕方以降の配達希望が多いため、夕方以降の配達を17~19時と19~21時の2便体制に拡充したという経緯もあり、利用者にとっては自分たちの要望を反映してくれる満足度が高いサービスになっていることなどが理由として考えられる。
  そのため、利用者自身による拡大の呼びかけが、会員拡大に当たって、マスメディアでの紹介と並んで重要になっている。オークワでは、折込チラシ、ホームページ、店頭ポップなどでネットスーパーの宣伝をおこなっている。しかし、それだけでは、実際に利用してもらうところまでもって行くのは非常に困難である。そのような状況にあって、家族や親類といった顧客同士の親密な関係をもとにした口コミが果たす役割が大きいと指摘されている。

 

ネットスーパーにおける消費者とのつながり

  ここまで、イズミヤとオークワというネットスーパーの二つの事例を見てきた。最後に、これらの事例から、現在のネットスーパーの強みと、そこから考えられる今後の生協の課題について考えてみよう。


消費者のライフスタイルの変化への積極的な適応

  イズミヤにしろ、オークワにしろ、ネットスーパーへの進出の背景には、消費者のライフスタイルの変化があった。核家族化と少子化による一世帯あたりの人数の減少、女性、とくに子育て層の社会進出や親の介護を担う層の増加といった生活環境だけでなく、ネット通販への抵抗感の減少や不景気による低価格志向の強まりなど、消費感覚もここ10数年で大きく変化してきた。これらの変化に対して、スーパーが積極的に適応を計っているのが現在のネットスーパーであると言えよう。
  それでは、その点にたいして、生協は十分に対応できているだろうか。
  イズミヤでは会員拡大の際に、「生協を利用しているからネットスーパーは使わない」と言う人に対してこそ、強く働きかけるようにしている。生協を利用しているということは、宅配に対する抵抗感がないからである。そうであれば、商品の品質とネットスーパーとしてのサービスが勝負所になる。注文方法や配送頻度、配達料金といった点ではネットスーパーは、生協の宅配事業に対して遜色ない状態まで来ているどころか、利便性で言えばネットスーパーに分があるともいえよう。
  実際の顧客との接点となる宅配ドライバーについても、事例の両社とも業務委託をしているが、その教育や情報のフィードバックには熱心に取り組んでいる。オークワの事例が示すように、店舗を含めた小売業そのものへの信頼こそがネットスーパー、ひいては宅配事業の生命線であることをともに自覚しているからである。


消費者視点の事業改善

  このようなライフスタイルの変化への適応の契機は、消費者の視点に立った事業改善である。
  たとえば、イズミヤの田中氏は、実際に家族にネットスーパーを利用してもらい、そこからネットスーパーが抱える問題点を発見した。
  利用した家族の「生鮮だけじゃ宅配が無料になる5000円分も買えないのが普通」という声が、逆に生鮮を重視する、他社と差別化したネットスーパーという発想に繋がったという。オークワでも、利用者の声にもとづくサービス変更(たとえば、配達時間帯の細分化や、取扱商品の追加など)に取り組んでいる。
  ネットスーパーの主たる利用層は、生協と重なる主婦層、とくに30~40代の女性である。ネットスーパー事業は、いまだ「明確な成功例はない」事業ではあるが、各社利用者の声に耳を傾けながら、継続的な改善を図っており、今後大きく成長していく可能性を秘めている。
生協らしさの追求
  消費者のライフスタイルの変化への積極的な適応、消費者からの厚い信頼、消費者視点による事業。これらの諸点は、従来、生協がその存在基盤、強さの源泉としていた部分である。
  ネットスーパーが消費者の変化への積極的な適応であり、消費者発想にもとづく消費者との信頼感を大切にした事業であるとすれば、当の生協はどうだろうか。事業環境や組合員の変化にどのように応えているのだろうか。
  個配事業の拡大は、ひとつの回答と結果だろう。実際、90年代に入ってから、生協の個配事業の拡大は実に顕著であった。図表2は、生協の個配事業に関するデータである。事業規模はここ10年、前年比で10%以上の伸びを示してきた。06年度には、売上構成において、生協出発の事業であった共同購入を個配が逆転する事態にまでなっている。
  このように、消費者のライフスタイルの変化に合わせて生協自身も様々な取り組みを進めている。しかし、食品宅配事業の領域に大手小売業が進出し、積極的に消費者との関係構築を図っている中で、生協には単純な適応ではなく、そのアイデンティティにもとづいた独自性が要求されている。
「ふだんのくらしにもっとも役立つ事業」という日生協の『日本の生協の2010年ビジョン』に現れているように、何よりも消費者に寄り添うのが生協である。また、その消費者の意識を正確に捉えることができるのも、生協を信頼して、自ら声を上げる組合員と、その声に耳を傾ける生協職員との間に深い関係が存在するからである。
  しかし、時代も変われば、生協も、そして組合員も変わる。ネットスーパーの問題では、既存の小売業が消費者との関係を変化させつつあるのに対して、生協が生協らしさを活かして「現在の」消費者とどのような関係をつくっていくのかという点が問われているのである。


本稿の執筆に当たっては、イズミヤeコマース営業部長の田中和伸氏、同社秘書・広報室の吉川由美氏、オークワ秘書・広報室の郡司雅夫氏に、インタビューなどの取材でご協力をいただいた。おりしも、取材時期に新型インフルエンザが関西地方で流行しており、その対応に各社追われる中で貴重な時間を割いていただいた。重ねて感謝を記したい。

 

1)『日本経済新聞』2008年3月23日付朝刊。

2)今後は、3000円以上の配達料金を105円、3000円未満を210円と低価格に設定するとともに、月間配達料525円で3000円以上を配達料無料(未満は105円)という月額制も導入して、相乗効果による利用頻度の向上を図るという。

3)中野安(2007)『アメリカ巨大食品小売業の発展』御茶ノ水書房、110~113ページ。

4)田中氏がこのように地域密着を心がけたのは、三重県にある食品スーパー「スーパーサンシ」の訪問がきっかけだったという。イオンの影響力が強い地域に関わらず、サンシは25年も前から宅配に力を入れることで、成長を続けてきた。その宅配の特徴は、徹底して地域に入り込むことで配送効率を高めると同時に、声かけや御用聞きを通じて住民からの信頼を得るというものであった。発想そのものは小売業の基本に忠実なものだが、地域密着という点は簡単には達成できない。だが、それがなければ宅配事業は成立しないという指摘が、昆陽店の地域に入り込む宣伝へと繋がったのである。

5)ただし、運送専門業者ではない。