『協う』2009年6月号 生協・協同組合研究の動向
社会経済システムの転換と協同組合の位置づけ
津田 直則 桃山学院大学 経済学部教授
はじめに
本稿は、コープイン京都におけるロバアト・オウエン協会・くらしと協同の研究所共催講演会(4月18日)における筆者の話「協同・連帯・共存・共生にもとづく新しい社会経済システム」の内容を「社会経済システムの転換」という視点から整理し直したものである。
社会経済システムの転換と協同組合の位置づけ
世界はいくつもの危機にさらされている。今や文明の基礎にある思想や社会経済システムそのものを転換する時代に入った。克服すべき3つの危機がある。自然環境の危機については、自然との共生への思想転換、低炭素型社会へのシステム転換、地域社会自立へのシステム転換などに取り組まねばならない。経済システムの危機については、資本が労働を支配する競争と排除の社会から、人間と労働を大切にする共存社会へのシステム転換が必要である。人間社会の信頼性崩壊の危機については、もの・かね・エゴ中心の社会から人間性、精神性を基礎に信頼・連帯を重視する社会への転換が必要である。この思想・システム転換の最前線にいるのが協同組合思想とそれを基礎にした社会経済システム論である。
大企業はどうする?
モンドラゴン協同組合のような超大型の労働者協同組合も存在するが、大企業の改革にはESOP(従業員株式所有計画)を使うのが望ましいだろう。今年のアメリカの自動車産業は経営再生法の適用をめぐって労使が必死の駆け引きを行ってきた。新聞には人件費カットと引き換えに労働側が50%を上回る自社株を取引する記事も出てきた(クライスラー労働者55%、GM労働者41%)。労使によっては合意されたが、クライスラー、GMともに再生法による取り組みが決まったためにこの合意事項は実現しなかった。しかし1994年にユナイテッド航空の労働者が過半数(55%)の株式を取得して労働者代表を取締役会に送り込んだケースの再来は今後も象徴的な大企業で起こる可能性がある。アメリカでは、従業員が自社株の50%以上を所有する従業員所有企業(ESOP企業を含む)は1200社ほどあるが、そのうちの100社を見ると、従業員数は最大の142000人から最小の1000人まで並んでいる1)。
しかしESOPによる従業員所有企業は、アメリカよりもむしろ、企業は社員のものであるという日本的経営によりなじみやすい思想である。日本の経済産業省も意図は別にして日本版ESOPを検討し始めた。ESOPを使えば乗っ取りを防げるし、ESOP会社は社員のものであるという日本的経営の考え方を制度的にも実現できることになる。もし資本主義が崩壊するとすればその後に来る大企業システムは、ESOPを利用して従業員所有が拡大し、所有を通じて労働が資本を支配する経済システムが重要な選択肢となる。ただ、ESOP企業は株式会社である。このESOP企業を真の人間的な組織に転換するには協同組合型に近づけなければならない。ESOP企業を例えばモンドラゴン型協同組合に転換する道筋は可能である2)。日本企業とモンドラゴン協同組合はかなり似ている3)。日本の大企業がESOP法制化に協力し日本的経営の再生を図れば、日本はモンドラゴン型連帯社会に近づくだろう4)。
中小企業はどうする?
モンドラゴン協同組合システムも中小企業協同組合システムに適用可能であるが、イタリアの協同組合連合体のシステムも類似のシステムを持っており研究に値する。とりわけ、イタリアのエミーリア・ロマーニャ州の協同組合連合体は効率の高い協同組合社会を形成している。エミーリア・ロマーニャ州(約400万人)のGDPの30~40%は協同組合のシェアだといわれる。これらの協同組合連合体をシステムとして研究する価値が高まっている。もちろんこの中には近年その役割が重視されている社会的協同組合もある。今後、協同組合間の連帯の仕方、組合員の参加の仕組み、効率を高める仕組み、協同組合価値と効率のバランスのとり方、二次的協同組合(インフラ的役割を果たす協同組合)の仕組み、システムにおける弱者支援の位置づけ、などについて研究の必要があるだろう。
地域社会はどうする?
地域社会の発展にも協同組合の役割は不可欠である。日本における従来型の協同組合はさまざまな問題を抱えているが、課題を克服していけば協同組合社会の建設への流れを形成することは可能である。その第一歩は労働者協同組合の法制化である。現在、法制化に賛成する議員連盟には自民党から共産党まで含め177人(5月7日現在)の国会議員が名を連ねており、全国の府、県、市、区など573議会で労働者協同組合の意見書が採択されている。法制化は時間の問題である。実現すれば、NPOの法律制定後のように、全国に労働者協同組合が広がるに違いない。弱小の労働者協同組合を支援するには、海外で考案されたような、創業支援、経営指導、金融支援などについての支援システムについて検討を始める必要がある。またNPOや労働者協同組合を社会的企業として育てる仕組みづくりも考える必要がある。これらの組織を、自治体の下請けではなく地域社会の発展を支える役割を担えるように支援する仕組みを考えなければならない。協同組合社会を形成するために、仕組みを制度として積み重ねシステム形成までつなげていく必要がある。
地域の再生に協同組合が大きな役割を果たしている有益な例がオーストラリアに見つかった5)。ブリスベンの北100キロにあるマレーニ(Maleny)という小さな町である。町の人口2000人ほどで周辺人口を入れても1万人に満たない町が、オーストラリアの協同組合の首都と呼ばれるようになった。20~30の協同組合やアソシエーションその他の組織が、協同組合社会としてくもの巣のようなネットワークを形成しており、弱者支援にクレジット・ユニオン(協同組合銀行)や地域通貨を使っている。約30年の間にこの町は、死んだような過疎の町から芸術家が集まる信頼の町へと変化した。女性が中心でコミュニティを形成してきたという特徴もある。環境を重視し、世界最初のパーマカルチャー思想に基づく協同組合エコビリッジが設立され国連からも表彰されている。これらの特徴と共に、オーストラリア最初の生協発祥の地、オーストラリアで最初の地域通貨LETSが導入された町として、マレーニはフロンティア精神と創造力に富む町である。多数の協同組合が連帯し、信頼を形成したモデルとして、また協同組合が地域社会を再生したモデルとして今後多くの人たちの関心を呼ぶだろう。
おわりに
モンドラゴン協同組合、イタリア協同組合連合体、協同組合の町マレーニなど成功した協同組合社会の共通点は、多くの協同組合が相互に協力し合い連帯していることである。起業・経営指導・金融支援などにかかわる二次的協同組合がシステムに組み込まれている点も共通点である。日本では各種協同組合が縦割りであることからシステムとしての連帯社会の形成が機能しにくくなっている。中央と地域からこのような流れを変えるべき時がきている。
注
1) http://www.nceo.org/library/eo100.html参照。
2) 例えばDavidEllerman,TheDemocraticWorker-OwnedFirm,1990参照
3) KeithBradleyandAlanGelb,Workercapitalism:thenewindustrialrelations,1983参照。
4) モンドラゴン協同組合については、津田直則「協同組合における連帯と自主管理-モンドラゴン協同組合の創造と革新-」『桃山学院大学経済経営論集』49巻4号、50巻1・2合併号、2008年参照。
5) 津田直則「社会変革の協同組合~協同組合の町マレーニ~」『協同の発見』No.197,2008参照。なお、協同組合経営研究所『にじ』2009秋号で続編を執筆予定。