『協う』2009年6月号 書評2
ニコラス・G・カー 著 村上 彩 訳 『クラウド化する世界』
徐 彬如 京都大学大学院 経済学研究科 博士後期課程
本書のキーワードは、「コンピューティングのユーティリティ化」である。
筆者は20代の頃、パソコンの値段が10万円を切ったら、自分も1台買おうと夢を見ていた。しかし、わずか数年の間にパソコンの価格は急落し、10万円どころか、5万円、いやいや遂には3万円を切るネットブックと呼ばれるPCが登場した。大興奮して、早速、某大手家電量販店で入手した。でも、すぐにそんな得した気分の余韻から目が覚めた。肝心のソフトが何一つも付属されていないことが判明したからである。そんな悔しい思いをしている最中に本書に出合った。
「ウェブをサーフィンする」という言葉がはやり出したのは、ほんの10数年前のことであった。今日、私たちは日々何気なく、スカイプ、ブログ、ユーチューブ、フェイスブックといったインターネットサービスを利用している。実は、これらのすべてが基本的にワールドワイドウェブ(WWW)、たった1つでこなしている。しかし、ほんの数年前までは、パソコンの使い方は違っていた。ソフトを購入し自分のパソコンにインストールして使うというやり方が、一般的であった。ブロードバンドの普及とともに、コンピュータの使い方は大きく変わった。ワールドワイドウェブがワールドワイドコンピュータへ変わり、ブラウザさえあれば、いままでこなしてきた作業のほとんど、大げさに言えば、それ以上のことすらできるようなったのである。
さらに、企業コンピュータシステムの大半が外部のデータセンターに移ったのと同様に、パソコンも常時、インターネットに接続されるようになった。これは、実質的に1つの巨大なワールドワイドコンピュータとして組織され、データとソフトウェアを実質的に無尽蔵に蓄積している外部のスーパーコンピュータを、誰もが好きなように使えるようなったことを意味する。インターネット電話をする、ブログを書くというように、すでに多くの人がそうとは知らずに、ワールドワイドコンピュータをプログラムしているのである。グーグルのCEOであるシュミットは、このようなワールドワイドコンピュータを「クラウド(雲)の中のコンピュータ」に例えた。つまり、今日のコンピューティングはもはや特定の形をとっていない、ということである。
著者は電気の発明と比較しながら、コンピュータの世界がいままでと全く違うものに変わりつつあることを、分かりやすく解説している。
発電のユーティリティ化と同じように、「コンピューティングのユーティリティ化」は人類の歴史に新たな局面をもたらす。いままで机の上にあったパソコンは、ユーティリティコンピューティングシステムの中では、単なる1つのネジへと変わった。
発電所が電力を供給するように、情報化時代においては、コンピュータプラントが企業や家庭に膨大な量のデジタル化情報やデータ処理能力を供給するようになる。かつての発電所がそうだったように、コンピュータプラントもまた、以前には考えられなかったほど効率的に運営されるようになる。
著者が言うように、あらゆる技術革新の本質は、経済的選択肢を変化させたことにある。発電のユーティリティ化が、経済、社会に絶大な変化をもたらした。同じように、社会インフラとしてのワールドワイドコンピューティングがもたらす影響が計り知れない。1世紀前に発電で起きたことが、現在、情報処理で起きている。「コンピューティングのユーティリティ化」が、我々の働き方や生き方を大きく変えようとしている。著者はシュミットのたとえを借用し、このような変化を「世界がクラウド(雲)化している」と表現した。
他のコンピュータ関連の著書とは異なり、本書は基本的に難しい専門用語をほとんど使っていない。ゆえに例えパソコンを触ったことのない人にも、十分に著者の意図が伝わるはずである。日進月歩で進化・発展するコンピュータ・ネットワークを理解するうえで、ぜひ一読に値するものである。