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『協う』2009年2月号 特集1


特集
10年目を迎えた組合員理事トップセミナー

  生協と一般企業との違いは何だろうか? 組織や事業や経営について、 さまざまな相違を指摘することができるだろうが、 最大の違いは、 生協では利用者と経営者と出資者とが一体化している (「三位一体」 である) ということだろう。 生協は組合員のものであり、 その組合員が経営を監督し、 かつ、 自ら事業の利用者ともなる組織なのである。 そこで要となるのが、 実際に組合員を代表して業務の監督や執行にあたる人々、 組合員理事である。 組合員理事の能力をいかに高めるかを課題として、 本研究所が主催してきた 「組合員理事トップセミナー」 もついに10回目を迎えた。 その課題は達成されただろうか?

 

生協における組合員理事の役割と機能を考える
二場 邦彦(立命館大学名誉教授・当研究所研究員

はじめに
  60年ぶりの生協法改正(08年4月1日施行)により、生協を運営する重要な機関として理事会の設置が義務づけられた。 理事会は生協運営におけるガバナンス(統治)、すなわち法の定めや社会の常識を踏まえ、組合員や社会の期待に応えて経営を進める要 (カナメ) の位置にある機関として、生協の事業規模と社会的役割にふさわしい機能の強化と充実が期待されている。
  加えてこの課題は、グローバル化の下での我が国の経済社会システムの変化や少子高齢化という人口構造の変化に対応した生協経営を確立する上でも、さらには今後一層の深刻化が予想される 「100年に1度」 と言われる経済危機が生協経営・組合員の生活・地域社会などに与える厳しい影響に対応する上でも、緊急性を持っている。
  こうした現在の状況を意識しながら主題について考えていきたい。
  注. 本稿に関連するものとして、研究所発行のDiscussion Paper Series 13号および 『第10回生協組合員理事トップセミナー報告書』 (近刊予定) 所収の 「問題提起」 を参照されたい。

1. 組合員が理事であることの意味

 生協では組合員理事が理事会の多数を占めているが、それは組合員が出資者であるからであって、その点では株式会社が株主 (出資者)の利益を重視する社外取締役を増やそうとするのと同じ論理に立っていると理解されることがある。 しかし、そうではない。 株主は利益を求めて出資しており、株主と株式会社の関係は貨幣でのつながりである。 これに対し、生協はメンバーシップの組織、即ち組合員共通の目的を追求するために集まった仲間(協働者)の組織であり、協働者であるから出資しているのである。
  生協の成長に伴って、仲間の中に役割分担が生じ、生協業務に専従する職員組織が形成され、その代表である常勤理事が選出される。 また、有識者の広い知見や専門的な知恵を借りるため有識理事制が付加され、現在の三者構成になるが、理事会組織の根源は組合員理事にあり、その根拠は協働者であることによっている。
  後で見るように、今日では、生協のメンバーシップ制は利用者メンバーシップの性格を強めつつあるが、組合員理事が理事会に多数を占める基盤は協働者性に有ることを見失ってはならない。

2. 理事会の役割

 生協の理事会は「生協の財産管理を含む業務執行全般に関する重要な事項を決定するとともに、代表理事による業務執行の状況を監視・監督する機関」である(齊藤、宮部 『生協の理事読本』 44頁)。組合員理事は重要事項の決定に参画し、業務執行状況を監視・監督するのが役割であって、業務を執行するのは代表理事・専務理事の指揮下にある職員組織の仕事である。
  決定責任と執行責任の区分 
  これまで、協力して同じ目的に一緒に取組むという協同組合の性格から、取組みの結果を評価する際に、方針や計画段階での問題と執行過程での問題とを明確に区別せずに、全体の責任として受け止める傾向があった。 しかし、経営の水準を高めるには、問題の所在を明らかにして改善する必要がある。 理事会は自らが決定した内容に責任を持つと同時に、業務執行全般を監視・監督し、それを通じて執行組織を評価してその責任を明確にするという責務を持つのである。
  重要事項とは何か 
  理事会が決定する「重要な事項」とは何であろうか。1つは、経営に与える影響の大きな事項であって、「理事会規則」などで理事会の決議事項として決められているものである。
  2つは、理事会で議案の細部まで検討し決めることは時間の制約から難しく、またそれは執行現場の創意性や意欲を活かす上でも好ましくない。 したがって、理事会の決定は目標、基本的な方向や計画の枠組みなど基本的な範囲に留まらざるをえない。 この基本的な範囲について議論を尽くすことが重要なのである。 この場合、基本的な範囲が具体的にどのレベルまでかは単協の実情によって異なるので、経験を通じてその範囲を掴まなければならない。 また、基本部分の決定内容が恣意的なものではなく実現の可能性を見極めたものであるためには、事前の執行現場との議論の往復が必要なことは言うまでもない。
  3つは、生協の基本構造に関することである。 一般に、経営は環境に合わせて、すなわち組合員のニーズや法制度、競争状況、利用可能な技術やシステム、そして単協の持つ力量などの変化に合わせて、自己を変化させながら発展していく。 第二次世界大戦後の日本の生協の歩みを見ても、目標として掲げる志 (ココロザシ) は同じであっても、その実現の方式 (事業や活動の内容、方法など) は変化してきた。 こうした時間軸に立つて、今後の経営環境の変化を見通した時、これからの生協の事業・組合員活動・運動はどうあるべきか、また組織の組み立てはどうかなどを明らかにし、中長期の目標像として持つ必要がある。 そして、日々の生協運営を通じてこの目標像に近づくことは、理事会の重要な責務である。

3. 役割を果たせる組織的な仕組みの整備

 理事会運営の反省点 
  各理事は以上のような役割を理事会が果たすように努力しなければならぬのであるが、そのためにも、まずは多くの生協に共通すると思われる理事会運営の問題点を整理する。
  第1は、理事会に大小さまざまな問題が提起され、また時間をかけて細部まで検討する議題もあって、「重要な事項」 の審議に十分な時間を取れない状況があることである。 限られた時間内に多くの議題を処理しようとすると、どうしても決めなければ成らぬ当面する事項の処理が優先され、重要な議案の基本的な諸点の論議が不十分になったり、あるいは中長期にかかわる目標像などの審議が遅れたりしやすくなる。
  第2に、生協は組合員の 「くらし」 に関する事業のほかに、事業化されていない組合員のニーズを協同の力で解決しようとする組合員活動、および 「くらし」 の諸条件を改善するための社会のシステムの改革に向けた運動などを行っており、それらの総合として生協経営は存在している。 しかし、理事会の議題には事業経営に関するものが多く、組合員活動の現状や活動促進の方策が審議されることは少なく、また事業や活動を考えるベースになる 「くらし」 や地域社会の状況を分析し理事会として共有することも少ないと思われる。 さらには、理事会の決定を執行する職員組織の諸問題、例えば組織の活性化、組織文化 (組織体質) の改善、人的能力向上の方策などの審議も少ないであろう。 これらは、理事会がその役割を果たす上で、審議を欠かすことが出来ない事項であるにもかかわらずである。
  第3は、理事会への報告・提案の仕方の問題である。 論点が十分整理されていない現状報告は討議を分散させ、論点への集中した議論を妨げる。 また、重要な内容の提案が事前の意思疎通が不十分なままで成案として提起され、早急な決定が迫られることはないだろうか。 常勤理事と組合員理事との間の情報ギャップの大きさを考えると、担当部局で内容を検討している段階から、検討の状況や論点を理事会に紹介するなどの準備作業を行うことが望ましい。
  第4は、迅速な決定・執行という経営上の要請と理事会の開催頻度との間にズレがあり、それ
が上の反省点の幾つかに影響を与えていることである。
  理事会運営の改善に向けて 
  理事会での審議は、事業・組合員活動・運動およびそれらを支える組織に関する諸案件について、基本方針 (方向や計画の大綱) を決定し、またその前提になる 「くらし」 と地域の状況の分析に重点を置くべきである。 これらを十分に審議するには、理事会に先立って 「前さばき」 の議論を行ったり、また理事会の決定をさらに具体化して執行組織に渡すための 「後さばき」 の審議を行う機関として、常任理事会や小委員会 (理事会の下の) などの活用が課題になるであろう。 こうした機関の活用は、そこでの会議の増加をもたらすとはいえ、決定と執行の迅速化にも貢献すると思われる。
  また、執行組織の理事会に対する報告と提案については、先に指摘した事項が改善されるべきである。
  さらに、組合員理事の側からは必要と思う事項の報告を執行組織に要請する態度が必要であり、その要請に執行組織は誠実にこたえるべきである。

4. 組合員理事に求められるもの

 上に見た理事会の改善の仕組みを活かすのは人であり、組合員理事の力量が不十分だと仕組みも活きない。 また、経営は日々の営みを通じての創造であって、定例理事会での諸決定とそれに基づく日々の執行を通じて 「明日の生協」 が形作られていく。 そうした時間の流れの中で、理事会が生協を導く役割を的確に果たすには、理事会或いは理事個人として中長期的な生協像に結びつく 「現状への問題意識」 を持つ必要がある。
  そうした意味で、現在の情勢下で組合員理事に持ってほしい問題意識について述べる。
  利益の重要性とその低さの自覚 
  生協は利益を目的とする組織ではないが、組織を持続するには収益構造の確立が必要である。 利益は組合員に対する還元の原資になるだけでなく、経済の急変動に備える準備金としても、また既存事業の改革や拡大のための投資、或いは新事業の研究や先行投資などのために計画的に内部に蓄積する資金としても必要である。
  そうした必要からみると、多くの生協の現在の利益水準は十分ではなく、「黒字だから良い」 という域に安住することは出来ない。 特に、進行中の経済危機の下での競争動向を考えると、収益に対する厳しい感覚が要請される。
  協働者性と利用者性との組み合わせ 
  生協の組合員は共通の目的に取組む協働者として出発したのであるが、その後の推移の中で変化している。
  第1の変化は、職員組織が形成され、事業に関しては組合員は利用者になる条件が出来たことである。 欧米の生協は組合員の利用者化の方向に進んだ。 しかし日本の生協は、創設時の組合員と職員との協働の経験から、無店舗共同購入を軸に、班会や班代表による地域会などの運営組織を作り、これが生協と組合員をつなぐ太い情報経路になり、組合員活動や諸運動もこのどこかにつながり、こうした班を基礎にした運営組織が背骨の役割を果たし、その下で組合員の協働性が保たれてきた。
  こうした組織が空洞化し崩れたのが第2の変化である。 その結果として、購買事業での組合員の利用者化が進み、多くの生協で組合員は利用者として試食に参加し声を聞かれるようになる。 組合員活動は持続するが事業との関係が薄れ、両者の分離が強まる。 こうした傾向は、事業の効率化・近代化が迫られるなかで、生協経営にビジネスの視点が強まったことにより一層促進された。 組合員に対する生協理念の発信や教育が後退し、実務的な教育や販売促進的な情報発信が増えるが、他方で組合員のボランティア意欲は強く、多様な活動が展開される。 そして、こうした状況をどう捉えるかで、常勤理事と組合員理事とのズレが意識されるケースも現れる。
  この状況をどう打開するか。 組合員参加が強調されるが、組合員をどう位置づけ、協働者性と利用者性とのどちらに重点を置きどう組み合わせるか。 その選択の幅は広いが、選択による生協の分岐の幅も広いと考えられ、これに対する自分の考えを持つ必要がある。
  総合力の発揮と組合員細分化 
  生協には多様な事業や活動および経営資源があるが、それらが相互に関連しあって総合力を高める構造にはなりえていない。 事業では店舗と無店舗との関係が薄く、また購買と福祉など事業間の結びつきも弱い。 さらには、事業と組合員活動とのつながりも薄い。 こうしたタテ割りの構造にヨコ串を通し、相互に関連付けることで相乗効果を発揮し生協への求心力を高めることが出来るはずである。
  そのためには、職員の意識改革や制度の改善も必要だが、それとともに組合員活動を通じて実質的にヨコのつながりが作られることを期待したい。
  また、多様な組合員を特徴の違うそれぞれの塊に区分し (市場細分化)、そのそれぞれに対して生協の総合性を活かした対応を組立てる視点も重要である。
  生協外の組織との協力 
  生協は事業や活動を通じて互助による組合員の 「くらし」 の問題の解決を図つているのだが、問題を抜本的に解決するには制度やシステムなど社会的な諸条件を変えなければならぬことが多い。 すなわち、社会に向けた運動とそこでの諸組織との協力が必要である。
  協力が必要なのは運動においてだけではない。 事業や組合員活動での外部諸組織との交流は、生協内では得られない経験・情報・刺激などを得る良い機会になる。 これがさらに事業や活動上の連携にまで進むと、連携を通じて生協の事業や活動の質を高め効率を向上させることも出来、また地域への貢献を高めることが可能になる。
  外部諸組織との積極的なネットワークの形成、そして事業や活動でのコラボレーションが期待されるのである。
  生協における社会的責任 (CSR)  
  企業の社会的責任に対する要請が高まっており、失業と困窮がクローズアップしている現在、その要請はさらに切実である。 CSRはコンプライアンスを超えた社会貢献を求めるもので、生協という共益を追求する組織が社会の利益 (公益) にどう貢献できるかが問われている。
  生協の事業や活動の中で作られたものが社会に評価され社会的規範になる、或いは生協が加わった運動を通じて社会の仕組みが改革されるなどの点では、生協の日常の活動自体が社会貢献に結びついている。 しかし、CSRはそれ以上の目的意識的な社会貢献の取組みを求めており、すでに幾つかの取組みの考え方が現れている。
  1つは、かつてのメセナの盛行に見られるように、利益を社会に還元しようとするものである。
  2つは、企業イメージの向上や企業への好意の獲得、さらには将来の市場開拓などの意味をこめて、特定分野で系統的に社会貢献活動を行うものである。 以上の2つはいずれも、事業が生み出した収益の範囲で活動するという点で、継続に不安定性がある。
  3つは、事業活動の中に工夫の仕方で社会貢献に結びつく要素を発掘し、それを具体化するものである。 例えば、廃棄物の活用、作業方法の工夫による障害者の雇用、事業に必要な基準を開発し社会化するなどである。 これに必要なのは、日常の事業や活動の中に社会貢献と結びつくファクターを見つけようとする態度とそれを現実化する組織の能力であり、利益による制約はさほど大きくない。 まずは、社会貢献に敏感な組織体質であるかが問われることになる。

むすび

 これらは、理事の活動環境や条件を整備すると同時に、計画的な人材育成策が必要なことを示している。 単なる座学や知識の提供ではなく、組合員の能力開発に焦点を当てた系統的な取組みの必要である。 例えば、要求される能力の内容とレベルに対応して、理事になる前の協働者としての活動段階、理事の段階、常任理事以上の段階などに区分し、それぞれの段階にふさわしい内容のセクション (経験を深める交流、知識を深める学習、応用能力の練磨など) を準備する必要があると思われる。
  組合員理事トップセミナーもこうした体系に位置づけられることで、より大きな効果を発揮すると期待される。