『協う』2009年2月号 生協・協同組合研究の動向


地域・女性・生協
近藤 聡子((財)生協総合研究所 研究員)

1. 地域への視点
  地域の女性についての研究動向を紹介するにあたって、もともと学術タームではないが、「地域」 という概念が多様な定義になってきていることに触れたい。 08年末、組合員にとって 「地域」 とは何だろうかという探索的な課題で、都内A生協ではトーク会を都内各地で開いている。 筆者も1ヶ所だけ参加させていただいたが、その場では様々な 「地域」 が出てきて取り止めが無かった。 しかし全会場の付箋2000枚余を集約してみると、生協組合員のリーダー層の認識は 「近所にすむ仲間 (生協組合員どうし)」 という捉え方が最多であった。 都市的な様相ではあるが、あるエリア全体老若男女、というよりは共通課題をもっている人の繋がりが意識されている。 地域住民が登場する場合は 「高齢者と子どもの繋がりの場を」 という声が多かった。
  研究レベルでは、特に福祉分野では、地域概念は 「中学校区」 から 「小学校区」 へと移行しつつあり、一人の人にとって、より身近なくらしの範囲での地域リソースのあり方を考えるという方向へ深化しているようだ (これは08年秋の日本社会福祉学会のシンポジウムの話題から)。 生協活動をしている人の視点はむしろ 「地域や居住エリアから市町村や府県・国へ」 という中央に集中させようとする社会運動であるが、実際に福祉的な地域リソースが必要な人にとって、地域とは想像よりはるかに狭いエリアでのニーズの充足である。 自動車を持たない子育て層では 「バギーを押して行ける範囲」 である。

2. 運動としての歴史は都道府県と全国単位である生協
  福祉分野では小さな単位になっていく 「地域」 と、課題設定型で事業や活動をしている生協のもつ地域観。 おそらく生協活動の最小単位はまだ、エリアやブロックと呼ばれる複数市町村のところが主力ではないだろうか。 制度としては市町村に予算や権限が委譲されつつあり、介護保険以降、地域の自治システムは激変している。
  さて、この逆なベクトルで、生協活動と 「地域」 が馴染むのであろうか。 古典的な研究ともなった80年代後半から90年代にかけての佐藤慶幸氏の著作群では生活クラブ生協の活動が地域リソースを豊穣にする方向に向かったことを詳細に明らかにした (『女性と協同組合の社会学』 文眞堂'96など)。 しかし、生協組合員の数の膨張はニーズの先端が 「安全・安心な食品、しかも安くておいしいものを便利に入手すること」 ということ (システムや制度作り) に特化していくため、生協活動は全体的には地域からは乖離してしまう。
  '02年の朝倉美江氏の 『生活福祉と生活協同組合』 (同時代社) では、コープこうべの 「くらしの助け合い活動」 を事例に、地域リソースを再構築する生協組合員の活動が分析された。 この着眼に見られるように、福祉分野での活動が最も地域を意識したものである。 この分野の活動の主力となったのは介護保険制度確立以前に強い問題意識をもっていた団塊世代の組合員 (もちろん女性) である。 子育て世代はニーズがあることを助け合いの会に要請していたが、当事者性の強い同世代による自助集団を地域で作ることのほうがニーズにフィットしたようだ。 朝倉氏は若い世代がくらしの助け合いの会の子育てサポートを受け、生協の助け合いの会への参加に繋がると予想したが、そうはなっていない地域が圧倒的多数である。 もちろんその後も、生協組合員の助け合いの会は地道に地域を支えているのではあるが。

3. 子育て初期の親 (特に母親) の新しい地域  創造と研究領域の拡大
  現在、「地域に根ざした」 生活協同組合をミッションとする生協は多いが、実際のところ、組合員の大多数が居住地域から乖離した生活をしている中、生活の緊急なニーズのある人々は、大規模生活協同組合ではなく、NPOや市民活動のサポートを充てにしている。 実情にあった地域リソースを開拓しているからであろうし、研究としても 「地域とNPO」 というテーマが常態化しているといえよう。 NPOの法制度化によって、地域リソースが格段に増え、高齢者福祉は進化している。 その中で生協による福祉活動はベクトルが異なるため、難儀している感がある。
  最近の地域と女性の動きについて、研究が広がりつつあるのは福祉分野の中でも子育て支援 (支援に限らず自助ネットワークも目立つ) である。 保育学会や福祉学会でも子育て家庭支援に関する分科会が増えている。 また、その世代がくらしと仕事の両立に大変な困難を伴うため、ワークライフ・バランスの研究、両立支援の研究が連動している。 子育てや子育てサポートについて、問題の布置をざっと見るのに適したシリーズが08年末より刊行されている。 ㈱ぎょうせいから 「子育て支援シリーズ」 として研究者を中心に編まれたもので、未刊本もあるが参考になるだろう。 テーマは第一巻から 「子育て支援の潮流と課題」 「ワークライフ・バランス」 「地域の子育て環境づくり」 「安全・安心の環境づくり」 「子どもと家族のヘルスケア」 である。
  子育て支援研究については、日本では発達心理学や保育学など、子どもの健全な発達に軸足を置いた領域が2000年以前は主流であった。 しかし、子育て当事者のニーズが把握されて以後、大日向雅美氏が述べているように 「子育て支援は親支援から」 という育てる当事者視点の研究が増加し、親の状況を改善しないで幸せな子育て (親子関係) が成立することはないという立場が拡大しつつある。 学問は価値観の相対化を伴うことは当然であるが、「親は子どものためには犠牲を払うのが当たり前」 というストレスフルな親への社会的圧力、特に女性の良妻賢母思想・三歳児神話など強固な価値観からの脱却を促す方向にあると言えよう。 そして団塊世代の男女にはこれがどうも受け入れられず、親の無責任や甘やかしを助長するだけだという世代対立も生んでいる。 ( 『「子育て支援が親をだめにする」 なんて言わせない』 大日向雅美・岩波書店'05年)

4. 新しい地域の領域では 「生協活動」 は未認知
  地域での活動、子育て支援にしろ、街づくりにしろ、残念ながら当事者主体のネットワークで生協が意識される、あるいは価値があると認められるのは、食育や食材に関する場合が多く、ネットワークの一員として名前のあがる機会はまだ数えられるほどしかない。 しかし、子育て支援の分野でみると、実は生協のサークル支援金を利用している地域の子育てサークルはかなりあること、場所・資源を提供する 「企業」 として活用されたり連携を望まれたりする機会が増加していること、若年層組合員のニーズ把握が進んでいる生協では、福井県民生協やちばコープに見られるように、行政との連携を進め、地域の子育てリソースの創造に取り組んでいることなど、今後の研究領域としては楽しみがある。
  子育て初期の当事者 (より少し先輩) の実践的な活動とネットワーキングを紹介したものとして杉山千佳氏の 『子育て支援でシャカイが変わる』 (日本評論社'05) と近著 『はじめよう!子育て支援・次世代育成支援』 (日本評論社'09)などは女性の地域活動という点では最新バージョンかもしれない。 カナダでは30年前に同様なグラスルーツの動きがあり、現在では大学の課程で 「家族生活支援者」 のコースもあって、一旦市場労働からリタイアした女性 (男性ももちろん可能) が、地域子育て支援のコーディネーター層を担える仕組みが出来てきているが、日本でも恐らく研究が進み、ステップアップの仕組みが整えば、より地域に密着した専門性をもつ人材が増えるであろう。
  生協活動としては地域リソースの開発に向ける費用も人材もないという声があるが、1つの方策として行政 (我々の市民税である) や地域に向けた基金と連携することが、より求められるのではないか。 組合員理事層が漠然と少子化だから、他がやっているから、ということではなく、仲間としての若年層のニーズに対し、いかに感度高くリサーチできるかで、社会運動の色彩の強かった生協活動と地域密着のベクトルを両立させ得ると筆者は考えている。