『協う』2008年12

月号 視角


日本の学費はなぜ高いのか


三輪 定宣(千葉大学名誉教授、奨学金の会会長)

深刻な学費地獄
  2008年現在、OECD (経済協力開発機構) 加盟国30ヶ国で授業料無償の国は、高校26ヶ国、大学14ヶ国、給付制 (給付制) 奨学金26ヶ国であるが、日本はそのどれにも属していない。 大学の授業料年額は、国立53.6万円、私立 (平均) 83.5万円であり、2006年度の 「学生生活費」 (学費と生活費) は、国立150.0万円、公立139.6万円、私立201.7万円にのぼる (日本学生支援機構 『平成18年度学生生活調査結果』)。 家計消費支出 (2人以上世帯) 353.9万円 (1ヶ月平均29.5万円、総務省・家計調査) に占める割合は、それぞれ42.4%、57.1%であるから、まさに家計は”火の車””学費地獄”の様相を呈する。 他方、政府の財政負担、全教育段階の教育機関に対する公財政支出の対GDP (国内総生産) 比は、日本3.4%、OECD平均5.0%であり、日本は統計掲載の28ヶ国中最低である (2005年数値、『図表でみる教育・2008年版』)。
  このような”世界一の高学費”が、青年の 「教育を受ける権利」 (憲法26条)、「教育の機会均等」 (教育基本法4条) を脅かしている。 低所得家庭にとって大学進学は至難であり、これらの権利は”絵に描いた餅”に等しく、進学できても多くの学生がアルバイトや極度の節約を余儀なくされ、その修学が空洞化している。

無償教育の国際的潮流への反逆

  日本の学費はなぜ異常、法外に高いのか。 その主たる要因は、国際人権A規約 (社会権規約。 1966年、国連総会採択。 日本は1974年に批准) 13条に規定する中等・高等教育の 「無償教育の漸進的導入」 (同条 (b) (c)) を留保し、「受益者負担」 主義に基づく高学費政策を推進していきたからである。 同規約の締結国は、本年11月現在、158ヶ国にのぼり、ヨーロッパ諸国をはじめ各国が、無償教育の実現に努めている。 これ対し、日本、ルワンダ、マダガスカルの3ヶ国は、同 (b) (c) を留保を続けている。 国連・社会権委員会は、2001年8月、経済大国・日本のこの独善的態度に対し、2006年6月30日の期限付きで、同項の留保撤回の検討を勧告しているが、政府は未回答である。 同項は155ヶ国が批准しており、憲法98条 「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」 との規定に従うことは政府の憲法上の義務である。
  政府の留保理由は、前回の回答では、進学者と非進学者の不公平、私学が多いこと、授業料減免措置などであるが、いずれも正当な根拠とはならない。 高学費であれば、低所得者を中心に非進学者が進学できないという不公平は続き、無償化すれば、進学者・非進学者の進学の不公平が根本的に解決する。 私学が多いのは、高校・大学の進学需要を私学に転嫁 (学生の割合約8割) し、国公立学校の増設を怠り、公費を安上がりにしてきたからであり、当面、私学助成を大幅増額すれば (当面、法律2分の1、実際は1割)、私学が多くても無償化は可能である。 授業料減免も予算枠が少なく (08年度、5.8%)、学生支援機構の学資貸与 (第一種・無利子、第二種・有利子) は、借金・ローンであり、長期の返還義務を伴い、高学費を充分に緩和・相殺できる制度ではない。
  政府は、公的学資貸与制度の民間教育ローン化をめざし、3%の上限を超える利子の引き上げ、返還金滞納の回収強化などをすすめている。 これに反対し、昨年12月、全国的組織として全労連、全学連、全教、日高教、全国私教連、特殊法人労組、日本学生支援労組により 「国民のための奨学金制度の拡充をめざし、無償教育をすすめる会」 ( 「奨学金の会」、代表・三輪) が結成された。 それは、奨学金の改悪阻止にとどまらず、国際人権規約の規定に沿い、あらゆる段階の教育の無償化をすすめることを課題としている。
  最近、貧困・格差のひろがりを背景に、学費軽減・無償化へ向け、”地殻変動”ともいうべき情勢の変化が生じている。 例えば、2008年度の東京大学の授業料免除 (年収400万円以下)、野党の学費政策 (日本共産党、2008年4月16日)、自民党・文科省の教育振興基本計画案 (5月29日、GDP比5.0%に引き上) などであり、その趨勢は加速するであろう。

(みわ さだのぶ)