『協う』2008年12月号 生協・協同組合研究の動向


同志社生協の歴史編纂が投げかけるもの
『同志社生協史料集『東と西と』第1期(1957~1966)』を編集して

井上 史
(京都の大学生協史編纂事務局、同志社生協年史担当スタッフ)


はじめに
  同志社生活協同組合 (以下、同志社生協と略、理事長・大鉢 忠) は、日本における大学生協第1号の栄誉をになっています。 1898 (明治31) 年、同志社教師だった安部磯雄が学生有志とはかり消費組合店舗を作ったのが日本で最初の大学生協といわれています。 2008年は安部の実践から110周年、また2007年は設立50周年という記念すべき年であり、"設立50周年発祥110周年"と銘打ったさまざまな記念事業に取り組んできました。 そうした取り組みの中、今春、『同志社生協史料集Ⅰ  『東と西と』 第1期 (1957~1966)』 (編集監修・同志社生協50年史編纂委員会、初版〈上製本A4判〉、二版〈普及版B5判〉) が完成しました。
  そもそも、なぜ筆者が同志社生協の歴史編纂に関わることになったのか、これには、くらしと協同の研究所の 「協同組合史研究会」 の成果物である歴史資料集 (全10冊) が起因しています。 資料集は、戦前・京都における消費組合の源流として、同志社大学に起こった社会的キリスト教運動や同志社労働者ミッション、京都家庭消費組合、洛友消費組合などの新資料を発掘したほか、洛北生協 (現京都生協) がスタートした経緯についても、戦前同志社での生協運動のモデルがあったことを分析した画期的なものとなりました。 このことが同志社生協役員の耳にとどき、筆者に助言を求められた、という訳です。

大学生協運動史のモデルは?
  調べてみると、大学生協の歩みを歴史的に検証しようという試みは意外に少ないことがわかりました。 単協史の代表的なものとして、『東大生協25年運動史』 (1973年)、『早稲田大学生協50年史』 (2001年)、『北大生協創立50年史』 (2004年) はいわば通史編纂タイプ。 『東大生協創設期史料集』 (2004年) のような史料集タイプや、戦前期の活動を対象とした論集 『慶応義塾消費組合史』 (1990年) などありますが、ナショナルセンターである全国大学生協連合会では、30年前に25周年史 『大学生協の歩み』 (1975年) がまとめられて以来、年史は作られていません。 日本生協連の 『現代日本生協運動史 (上・下)』 (2002年)が現在のところ唯一の歴史的総括といえそうですが、その記述は各年代に大学生協についての項目を簡略に設けているものの、トータルな大学生協運動史という視点はないように見受けられました。
  当の同志社生協でも、70年代半ばに20周年年表をまとめられて以来、まとまった通史もなく、ホームページ上の年表も簡単なものでした。
  同志社生協からの依頼を受けて、井上英之先生や久保建夫先生に相談し、大学生協史の歴史編纂、とりわけ同志社生協の歴史編纂はどうあるべきかを考えた結果、筆者は①共同研究会の開催、②資料の公開と資料室 (サロン) の開設、③同志社生協だけでなく京都地域全体の大学生協の参加を呼びかけること、の3点を提案しました。 大学生協関係者だけでなく、社会運動史、日本史、経済学などさまざまな立場からの共同研究者を募り、資料の分析や討議を重ねて、その経過そのものを歴史編纂の成果にしようという狙いでした。
  2006年5月、同志社生協理事会は大学生協京都事業連合 (19大学生協参加、理事長・小池恒男)、および京滋・奈良地域の大学生協理事長会議でよびかけて、「京都の大学生協史編纂委員会」 を発足させました。 現役・歴代の大学生協経験者以外に、協同組合運動・消費者運動、社会運動をテーマとする研究者、また社会事業史や家庭経済、女性史分野の研究者にも声をかけ、現在40名ほどが登録をしています。 同編纂委員会は、2007年4月には同志社大学人文科学研究所の 「京都地域における大学生協の総合的研究」 (略称・大学生協研究会。 研究代表・庄司俊作同志社大学教授) として認められました。 毎月第3木曜日に共同研究会を開催し、2008年末までに21回の研究会を数え、毎回活発な報告、討議が行われています。 研究会での報告・討議は 『会報』 に掲載して、各方面へ配布しています。

本邦初の大学生協機関誌の復刻版
  人文研の共同研究会に認められたことから、歴史編纂に必要な資料を人文研へ寄贈し、そこで資料目録作成と閲覧のための実務をお願いすることができました。 目録の完成は先のことになりますが、研究会登録者は閲覧・利用することができます。 おおよその所蔵資料に目を通し、総代会議案書や経営資料などを検討した結果、機関誌 『東と西と』 の創刊号から1966年の通巻89号までと、その前身誌 『平和と生活』 などを収録した復刻版を制作することになりました。
  同志社生協機関誌 『東と西と』 は、生協設立の1957年11月に創刊され、07年に創刊50周年を迎えました。 創刊以来学生組合員によって編集され、しかも名前を変えていない最長寿の大学生協機関誌として有名です。 創刊当時には、能勢克男や住谷悦治ら戦前の 『土曜日』 『世界文化』 メンバーが編集を手伝い、その機関誌タイトルも羽仁五郎の 『東と西と』 (1954年、岩波書店) の影響が濃いことが判明しました。
  また1960年代は、同志社、京大、京都府医・府立大、龍谷、立命館の各大学生協参加の "京都ブロック"の形成・発展時代でもあり、初期の事業連帯の様子がわかります。 学生運動、教職員の寄稿、学生会館問題、生協と大学の関係など、さまざまな立場からの主張を混在させているのは機関誌の不名誉ではなく、むしろ熱い議論の場を保障したことに大学生協の思想的深みを感じます。
  同じ頃、『東と西と 婦人版』 (1960~1963) が発行され、大学内外の運動と連携した様子も鮮やかに伝わります。 長い間未確認だった創刊号や表紙の原画が発見されるなど、嬉しいこともありました。 史料集には拙稿 「解題」 を収録し、また人文研紀要 『社会科学』 81号に 「1960年代の同志社生協」 について執筆しました (同志社大学HPの学術リポジトリで公開されているのでご参照ください)。
  ちなみに、1966年までを収録した理由は、この翌年の総代会で理事会が "民主化"され、誌面改革の結果、B5判からタブロイド判に変わったことに由っています。 来春には、その後の、『史料集Ⅱ 「東と西と」 第2期 (1967~1985)』 を刊行する予定です。
  大学生協機関誌を系統的に集大成し、刊行された事例は過去になく、復刻版の刊行によって、はじめて大学生協を歴史的に検証・研究するスタート地点に立つことができたといえましょう。 大学生協研究会でも、この史料集を使っての研究報告がはじまったばかりです。 さまざまなアプローチによって、検証によって大学生協研究への糸口を開くことになるだろうと期待されます。 そこで浮き彫りにされる歴史像は、未来の大学生協を考える上でも大きな意義があるでしょう。
  同志社生協は、21世紀における使命として、(1) 健康で充実した学生生活・研究活動の支援 (2) 魅力あるキャンパスライフの創造への寄与 (3) 学びと成長を支援し、同志社の建学精神と同志社諸学校の発展への貢献、という3つの役割を掲げています。 あわせて "設立50周年発祥110周年" を顧みることによって、明日へとつながる歴史的総括の端緒に着くことができたと考えます。 より多くの方々に史料集を使っていただき、大学生協110年の歴史についての議論をふかめ、京都の、日本の大学生協史編纂に反映させていただきたいと願っています。 ぜひとも図書館、研究室での購入をご検討ください。