『協う』2008年12月号 書評2


書評
草原克豪 著
「日本の大学制度-歴史と展望」

細川  孝 龍谷大学経営学部教授


  本書は、「大学政策を広く社会的背景の中で歴史的にとらえ、しかも一般の読者向けに記述」 (2頁) したものである。「大学政策の全体像を巨視的に眺めるための入門書といった性格をもっている」 (3頁) とも述べている。
  奥付によると、著者は1997年以来、拓殖大学北海道短期大学学長・拓殖大学副学長の任にあるが、それ以前は文部省で、大学行政に関わっている。 個人の立場からとは言え、大学行政の現場にいた著者が 「歴史と展望」 をどのように語るかということは興味深い。
  さて、本書は、三部から構成されていると見てよいであろう。 まず、問題提起をなす序章である。 そして、戦前からの大学史を論じた第一章から第七章までである。 さらに、今日的な課題について論じた第八章から第十章までである。
  序章では、日本の大学制度を形づくってきたものが、多様な利害関係による政治力学であるという視角が明らかにされている。 この視角から、戦前における大学が国家のための官学中心の大学であり、私学は傍系に位置づけられてきたこと (第一章)、私学を中心とする専門学校からの大学への昇格要求を受けて、大学令と高等学校令が制定された (1918年) ことが述べられている (第二章)。
  戦後については、まず、戦後改革によって高等教育が大学に一元化されたこと、そしてそれを推進したのは、日本側教育家委員会とGHQの民間情報教育局 (CIE) であったと指摘する (第三章)。 そして、このようにして発足した大学制度が制度的な欠陥を抱えており、政府は大学制度の見直しと管理運営制度の手直しを図ろうとしたと述べている (第四章)。
  さらに、大学の管理運営制度の問題が残されたまま、私立大学を受け皿にし、大学の大衆化が進行し、大学紛争が激しくなっていったことが述べられる。 政府は、私立学校振興助成法を制定し (1975年)、私学行政の転換を図った。 また、専修学校制度を発足させる (1976年) とともに、大学制度の弾力化、入試制度の手直し (共通一次試験の実施・廃止と大学入試センター試験の実施) を図った (第五章)。
  1980年代以降になると、規制緩和と自己責任を基調とする大学改革が推進されることとなった。 大学審議会は1991年の答申で、大学設置基準の大綱化と自己点検・評価の導入を提言するなど、1987年の設置から2001年の中央教育審議会大学分科会への移行までに、28もの答申・報告をまとめている。 自己点検・評価は1999年に義務化され、2004年からは第三者評価 (認証評価) が義務付けられることとなった (第六章)。
  認証評価と同時にスタートしたのが国立大学の法人化であり、それは行政改革の一環として実現したものであることが述べられる。 そして、法人化は大学改革の通過点に過ぎないという見方を示している (第七章)。
  以上の歴史的考察を踏まえて、国立大学と私立大学の格差、高等教育財政の課題 (第八章)、市場競争にもとづく大学間競争、政府の大学政策転換の課題 (第九章)、教養教育の重要性、大学院教育の充実 (第十章) などの論点が考察されている。 どれもこれからの日本の高等教育を考える上で、重要なものである。
  本書の内容を不十分にしか紹介できていないことをお詫びした上で、問題を絞って、コメントを述べたい。 評者の関心は 「人権としての高等教育」 ということであり、この点からすると、高等教育財政の問題点と課題 (予算の少なさ、私学助成の不十分さ、給付制奨学金への転換の必要性など) が率直に指摘されている点にまず注目したい。
  一方、「市場化時代」 の大学という認識には、違和感を覚えざるを得ない。 「市場化」 がもたらす矛盾が深刻化している今日、「市場化」 を乗り越えていく高等教育のあり方が課題となっていると考えるからである。 この点は、本書では言及されることはないが、ユネスコ 「高等教育世界宣言」 (1998年) などの国際社会の認識の到達点とも共通しているだろう。
  「人権としての高等教育」 という視点からの 「歴史と展望」 をどう語るかという課題が、わたしたちの課題として残されていると思うのである。
(ほそかわ たかし)