『協う』2008年12月号 書評1
書評
名和又介・横山治生 編
「食の講座 大学生協寄付講座ー20年後の『体』『心』『社会』をつくる」
西村一郎 (財)生協総合研究所 研究員
学生の食や健康は、最高学府で学ぶ者にふさわしいレベルになっているだろうか。 健康を維持し発展させるためには、食に対する適切な意識・知識・技術が必要であるが、アンバランスな現実が少なくない。 本書はそうした学生の食や健康へ、多面的に応えるために京都キャンパスプラザで開催された大学生協の寄付講座を中心にまとめた意欲作である。
構成は以下のように、前半は寄付講座から、後半は大学生協における食の取り組みと学生のレポートによる貴重な発信となっている。
第1部 大学生協寄付講座 「食をとりまく環境」 まとめ
1、京都の大学生、その食と健康 2、大学生の食生活相談会から 3、治道 (はるみち) トマト作りの現場から 4、あなたへ贈る 「白の一滴 心の一滴」 5、食の安全・安心・そして信頼 6、田んぼの未来を考える7、農業と農民の健康 8、地球にいいことしよう 9、体重と健康 10、京都の名水と食文化11、卵から見える今どきの 「食」
第2部 大学生協の 「食」 の取り組み
1、京都大学生協 カンフォーラの取り組み 2、立命館生協のスポーツ選手に対する栄養サポート 3、「酒かすいーつ」 プロジェクトの経過と成果 4、組合員さんと共に進めるお店づくり 5、京都府立大学の朝食会 6、奈良女生協のこだわり
7、「地産地消食堂」 づくりの実態と今後の課題 8、山からのサイクル 9、大学生協が行う食の取り組み 10、せいきょう牛乳から教わる産地直結の意義11、北海道で学ぶ 「食」 と 「生」 導入は学生の食や健康の実態である。 たとえば下宿生の一日の食費は850円で、これで朝・昼・夕やさらには深夜の食事を賄っているから、やりくりが大変である。 どこかでお腹一杯食べれば、たちまちお金が足りなくなって、朝などを中心にして食事抜きへとつながり、下宿生の男性は6割しか朝食を摂ってない。 その結果、疲れやすい・肩がこる・やる気がない、だるい・便秘しやすい・太りすぎなどの自覚症状があるので若者らしい勉学や運動にも少なからず悪影響を及ぼしていることだろう。
トマトや牛乳の生産者も登場し、どのようにこだわって生産にたずさわっているか語っている点も、学生が食に興味と関心を持つうえで効果的である。 こうした生産者のロマンを知ることができれば、その商品を利用するときに裏で支えている人の気持ちを思い出し、豊かな気分で食を楽しむことができるだろう。
さらには 「農業と農民の健康」 と題して、生産者の健康や命の問題にまで切り込んでいることは、本書のすぐれた特徴の1つである。 農業労働に由来する健康障害の農業病があれば、貧しい農家の生活習慣に由来する農家病もあれば、衛生面や地理的条件に不利な環境に由来する健康障害である農村病もある。 1995年から2005年までの間で、産業別就業人口10万人当たりの死亡事故のデータを見ると、全産業災害では4.7から3.0へと減少しているが、農作業事故は逆に9.9から11.8へと拡大している。 2005年の農業就業人口の330万人に当てはめると約390名となり、毎日1名以上の割合だからかなりの数である。 生産者の高齢化に加えて、機械の大型化やスピードアップなどが影響している。 ところで私の実母は、はじまったばかりの促成栽培のビニールハウスで汗を流し、39歳の若さで他界した。 蒸し暑い中で大量の農薬を使い、いくつもの病気が次々にむしばむハウス病であった。 50年ほど前のことだが、今でも帰省するとハウス病で倒れた人の話を聞く。 ハウス病はデータとして現れてこないが、健康や命すら犠牲にして日本の食を支えている現実の一面を、消費者として知っておくことも大切だろう。
本の後半では大学生協の事業や運動として食に対応している創意工夫した取り組みや、生産地を訪ねた学生の手記なども紹介されている。 他の地域でも別の形で学生の食を応援しているが、この本で触れた先駆的な京滋・奈良地域センターでの教訓を、ぜひ全国の大学生協やさらには地域生協でも学び、生協が求められている 「生活の安定と生活文化の向上」 のため、可能性をより追求して欲しいものだ。
(にしむら いちろう)