『協う』2008年10月号 探訪・くらしとコミュニティ
食文化の6次産業化
-農事組合法人「古座川ゆず平井の里」からの学び-
片上 敏喜(京都府立大学大学院 農学研究科 博士後期課程、NPO『なら食』研究会副代表)
私たちは自らの体験から知り得たものについては、自信をもって発信できることを経験的に知っている。例えば、商品のお奨めの際に、原料がどこで作られ(1次産業)、どのように加工され(2次産業)、だれが販売するか(3次産業)ということについて熟知している場合とそうでない場合とでは、購買者に与える商品の印象が異なることを知っている。
今回、探訪した農事組合法人「古座川ゆず平井の里」は、自ら原料を作り、加工し、販売することをベースとした事業活動を行っている。そのような事業活動から見えてくる特徴について考えてみたい。
古座川ゆず平井の里について
農事組合法人「古座川ゆず平井の里」(以下、平井の里)は、和歌山県東牟妻郡古座川町平井地区にあり、総戸数80戸、人口およそ160人、耕地面積12.9ha、周囲を山々に囲まれた山間集落の中に位置している。主力原料をゆずとして、ゆずジャム、マーマレード、ジュース、シャーベット、アイスクリーム、ポン酢といったものから、柚子こんにゃく、柚子入り芋づるの佃煮、柚子みそ、柚子たれといったゆずを使った加工品を豊富に生産しており、原料の調達から、販売までを一手に担っている。
平井の里の歴史を紐解くと、1976年に古座川ゆず生産組合を結成し、1983年に古座川町平井地区にゆず搾汁加工工場の建設を行い、ゆず果汁の生産を開始した。一方、ゆず搾汁加工工場の稼働に伴い、皮やしぼりかすが大量に出るようになり、その再活用のため平井集落のゆず栽培農家の女性が加工に取り組むようになる。1985年に20人のメンバーでゆずの加工を行う「古座川ゆず平井婦人部」を結成し、その後、「古座川ゆず生産組合」、「生活改善友の会」、「過疎問題を考える会」の4団体が母体となって「古座川ゆず平井の里」が2004年に設立された。
農業の6次産業化と食文化の6次産業化
平井の里の商品の主原料となるゆずは、すべて周辺の地域で生産され、加工し、販売されている。このような事業活動は、農業の6次産業化という概念で捉えることができる。農業の6次産業化とは、農林水産業(1次産業)を基盤に、農産加工等の製造業(2次産業)と農産加工物の販売やレストラン等(3次産業)を農村を舞台に総合的(1×2×3=6次産業)に展開することである。
一般に農業の6次産業化では、経済面での特性が強調される。平井の里においてもその特性は活かされており、年間販売額の推移をみても平井の里が設立された平成16年から平成19年まで、プラス21.2%の伸張率をみせていることからもわかる(平成19年度の年間販売額は1億300万円)。一方で、平井の里では、農業の6次産業化の概念に止まらない事業活動を展開している。それは、商品を生産してゆく事業体が、地域の食文化を育んできた地域の人々と「交流」を行いながら生産、加工、販売を行っていることである。
先述した通り、平井の里の事業は、古座川ゆず生産組合がゆずを搾汁した後の皮やしぼりかすの再活用のためにスタートしたという経緯をもつ。当初は事業としてではなく、各家庭の中でマーマレードなどのゆず加工品が作られ、自家消費されるのみであった。しかし、そうした加工品をひとつの商品として提案していこうという動きがでてくる。動きの母体となったのは、農村部の生活環境の整備を行うことを目的として活動していた生活改善友の会であり、もともと域内の人々と様々な活動を行っていた。こうした母体を中心に、古座川ゆず平井婦人部も結成され、その後、様々な組織編成のプロセスの中で、域内の多くの人々と顔をつき合わせた交流を行いながら、ゆず加工品への共有感を高めていくことになる。
さらに、平井の里の設立にあたっては、加工所の建設も含めて地区の人々と幾度となく会合を重ね、合意形成をとった上で行われた。これら一連の流れは、域内で生産されるゆずやゆず加工品の価値観共有、さらに確立へとつながっていったのである。
こうした地域の人々との交流のある農業の6次産業化は、「食文化の6次産業化」と述べられる。平井の里は、食文化という地域で受け継がれてきた食を通じた「交流」をもって、価値観を共有し、高めながら、ゆずの生産、加工、販売を行ってきたのである。
食文化の6次産業化を基にした営業
私たちは、人に商品をお奨めする時には、率直に、情熱的に商品を語ることが重要であることを知っている。そのためには、語るに足る中身がなければ語ることはできない。食文化の6次産業化は、そうした中身が醸成される作用をもつ。商品の主原料となるゆずが、平井地区を中心としてどのように栽培され、どのように加工され、誰がどのように販売しているかということを人々は交流によって、自らの中に落とし込むことができる。
そうした中で、当初、商品の販促は、平井地区に帰省した人にお土産として買ってもらうというじつにシンプルなものであった。平井の里の総務・営業部総括責任者の倉岡氏によれば、現在、平井の里の顧客人数はおよそ8000人、その内の約半数の4000人の方々は、平井地区の地縁関係から商品を奨めてもらった顧客であるという。平井の里には「何でもいうてよ」という各商品についての感想を送ることができる葉書が欠かさず同封されており、その内容から平井地区の人々とのつながりを読み取ることができるという。また電話、ファックス、インターネットの応対時に、顧客が発する「語り」からも平井地区の人々とのつながりを感じとることができると話す。
このような現象が垣間見えるのは、平井の里の事業展開が、食文化の6次産業化に基づいて行われているからではないだろうか。平井の里の関係者は、「交流」を通じて商品を体験的に知っている。そして私たちは、自らの体験をもって認知したものについては、自信をもって発信できるということを経験的に知っている。もっと端的にいえば、自分が「わかっていること・もの」でないと、人に伝えることはできないということである。そして、そのようにして伝えられる商品は、愛着と熱意をもって購買者に届けることができるということを私たちは知っているはずである。
現在、多くの事業体は社会からの信頼を担保するために、誰の目にも見え、確認でき、追試できるものに重点を置いて商品の開発を進めている。一方、ここまで述べてきたことは、いわゆる目に見えない部分が多く、確固とした認証制度もない不確かなものばかりのようにみえる。しかし、平井の里は、そのような不確かさを担保する「人的な交流」があり、その上で事業を展開しているのである。
おわりに
最後に、ゆずの収穫量に関するデータを提示して結びとしたい。
若干以前のデータになるが、平成17年度に農林水産省から出された「特産果樹生産出荷実績調査」では、ゆずの主な生産地として38の都道府県の収穫量を順位別にした表が掲載されている。上位3位は、高知県6711.2t(603.8ha)徳島県2946.0t(305.0ha)、愛媛県1566.8t(186.8ha)で、下位3位は、香川4.0t(3.0ha)愛知2.0t(0.5ha)、佐賀県2.0t(1.5ha)であるが、和歌山県は表外にあたり記載すらされておらず、産地としての生産力は弱く、人々にゆずの生産地としてのイメージをもたれにくい現状がある。
しかし、その一方で先述した通り、平井の里の年間販売額の推移はプラスの伸張率をみせている。もちろん、ここで挙げた数字のみで全てを論じるにはいささか早計かもしれない。だが、産地としての生産力が弱いにもかかわらず、平井の里の販売額がプラスに伸張しているということは、商品を購入する顧客が、産地としてのブランドの価値以外の「特徴」を価値とし、それが購買に影響を与えていると考えられるのではないだろうか。
産地としての生産力は弱く、一般的なブランドのような大々的な認知はなくとも、「地域ならではのもの」をブランドとして、人々に買うという行動に踏み切ってもらえる特徴が、平井の里にはあるといえるのではないだろうか。