『協う』2008年10月号 生協・協同組合研究の動向
現代生協の課題と流通革新
-流通経済研究会・研究総会から-
加賀美 太記(京都大学 大学院経済学研究科 博士後期課程 「協う」編集委員)
今年6月に「現代生協の課題と流通革新」というテーマで流通経済研究会の研究総会が東京にて開催された。今回取り上げられた生協をめぐっては、生協法の改正や食品偽装問題などが取りざたされている。昨年7月に59年振りに抜本改正された生協法の背景には、共済事業への規制という側面と同時に、組合員規模の拡大や事業連合化によって社会における生協の役割が重くなっていることもあげられる。一方で、昨年6月には牛肉コロッケの原料偽装事件が発生し、続いて鳴門ワカメの産地偽装事件や、今年初頭に発覚した中国製餃子中毒事件など、「食の安全」をアイデンティティとする生協において多くの問題が発生している。他にも食品偽装問題が続発する中で、生協の事例がことさらに取り上げられるのは、「安全」をアイデンティティとして持ち、高い信頼感を得ているはずの生協において偽装問題が生じたという点に、現代における食品流通における問題性が凝縮していると考えられるからである。研究会において生協が取り上げられたのは、生協を通じて現代の食品流通の問題点を明らかにすることが意図されていたように思う。
研究会では、都合三名による報告と、報告後のフロアを交えたディスカッションが行われた。最初の、若林(靖永)報告は生協全体の課題を整理し、今回取り上げられる食品流通と商品政策がどのような位置づけにあるのかを示す役割をもっている。それを受け、佐保(潔)・木立(真直)報告が、その二点の現状と課題を報告する形になっている。以下では、順を追って報告内容を要約し、最後にディスカッションをまとめるという形を取って、現代生協の問題点が何かについて検討していこう。
現代生協の包括的な課題
まず、若林靖永報告「改正生協法下での現代生協の課題」は、現代生協の置かれている社会状況を概観した上で、その課題を三点にわたって論じている。一つ目は、ガバナンスの再構築である。現在進んでいる生協の大規模化・事業連合化によって、誰が生協をコントロールしているのかが不透明になり、官僚化や責任の所在の不透明化という問題につながる危険性があると主張されている。二つ目の課題は、イノベーション(卓越性)の再構築である。生協は他の流通業と異なり組合員と密な関係を構築し、組合員の声を商品・事業に活かすことで、全体として卓越性を発揮してきた。しかし、大規模化や組合員の意識変化などを受け、密な関係にもとづく卓越性が失われつつあると指摘されている。三つ目が、「生協ブランド」の構築である。いわゆる「生協らしさ」は、生協の社会的意義を追求する中で生まれてきたものであり、生協を他の流通業と差別化するものであった。しかし、一方で「らしさ」の基準があいまいであり、相容れない政策がとられることにもつながった。それを克服するためにも、自覚的な「生協ブランド」の構築が必要だと主張している。
このように、若林報告では現代生協の課題を包括的に論じているが、その際の視点として重要なのが「生協らしさ」である。ガバナンスにしろ、イノベーションにしろ、若林報告はいわば「生協らしさ」が失われつつある中において、「生協らしさ」の本質は何であるかを生協が自覚し、それを意識的に育てていく必要性を論じている。
「生協らしさ」と商品政策・食品流通
ここで日本の生協の「らしさ」を支えていた具体的イメージは何かを考えてみると、先にも論じたように、その一つは「食の安全」であった。しかし、COOPブランド商品に続発した偽装問題などにより、「生協=安全」というイメージは大きく揺らいでいるのが現状である。「生協らしさ」を取り戻すためには、これらの事件の一つ一つを追いかけ、その原因を検討するだけでは不十分であり、その背景に横たわる「生協らしさ」を実現する手法としての商品政策や食品流通がどの様に変化したのか、今何が問題なっているのかを検討する必要があろう。佐保報告・木立報告はともにこの問題を取り上げている。
佐保報告「事業連合の流通革新と商品政策の到達点」では、事業連合化にともなう商品政策と食品流通の変化が、コープネットを事例として報告された。商品政策では、各生協が独自の商品政策を立てる状況から、「正直・公正であること」「安易に安全安心を打ち出さない」などといった商品政策に事業連合全体が統一化され、結果的にほとんどのPBが日生協PBへと移行することになったと報告されている。流通構造では、サプライ・チェーン・マネジメント(SCM)の構築に向けて、仕入や物流の統合、さらにはシステムや各種本部機能の一本化による合理化が図られ、大きな効果をあげていると報告されている。その上で、これらのメリットを活かしていくためには、ホールディング・カンパニー制のような「資本の論理」ではなく、会員生協が事業連合の主体であるという「協同の論理」にもとづく関係を作る必要があると主張されている。
次に、木立報告「生協フードサプライチェーンの革新」では、産直を生協のアイデンティティと競争優位の源泉として捉え、今日の競争環境下における生協産直の位置づけについて実証的に検討している。報告の中では、産直は提携・連携を特徴とするネットワーク型流通の一形態であり、70年代以降の日本型生協の先駆性を体現した存在であったが、小売業主導の食品流通構造が普遍化してきた中で、その差別性・優位性が揺らいでいると分析されている。しかしながら、産直サプライチェーン(SC)の変化を踏まえ、改めてネットワークとして評価した場合、①オープンな取引関係への変化によって柔軟性と緊張感が保たれ、効率性と革新の両方の実現が可能になること、②ネットワークの参加者は安全・鮮度・低価格といった使用価値要素だけでなく、環境対策や組合員主権の実現プロセスといった要素も評価するようになることをあげ、生協産直の展望を示している。
競争優位の獲得に向けた取り組みの焦点
以上三つの報告を見渡すと、現代生協の主要な課題は次の様に言えるだろう。すなわち、競争環境の変化に対応するために進めた大規模化・事業連合化などによって合理性を獲得することはできたが、その結果としてかつて持っていた優位性、言い換えれば「生協らしさ」を現代生協は失いつつある。問題は、これらの変化を前提とした上で、いかにして再び「生協らしさ」を獲得するかという点である。若林報告は問題の焦点を明らかにすることに取り組んでおり、佐保・木立の両報告は、生協間での理念共有、あるいは取引先との関係構築によって、この問題を突破しようとする生協の取り組みを論じるものであった。いずれの報告も具体的事例を取り上げながら論じており、上記の問題点に対して示唆に富むものであったといえるだろう。
なおこの点に関わってはフロアから、特に産直について多くの指摘がなされた。最後になるが、ディスカッションを通じて議論されたポイントを二点程あげておく。一つは、生協の特徴として言われている産直SCのようなSCMは、食品流通に限らず全産業的な傾向であり、その中で生協の特殊性をどの様に考えるかという点である。また二つ目の点として、関係作りのマネジメントの問題がある。産直におけるネットワークのような関係では、どのような関係を構築するのかという方向性、すなわち理念の共有が必要である。しかしながら、餃子事件などを受けて生協が行っている対策はチェック中心のマネジメントであり、関係構築の方法についてよりいっそう検討される必要があると指摘された。この点は取引先との関係だけでなく、組合員と生協との関係を考える際にも道標となるだろう。
今後これらの諸点が、実践的な問題として取り組まれるだけでなく、研究上の課題としても検討されることが期待される。