『協う』2008年8月号 生協・協同組合研究の動向
社会的経済の基盤づくりという課題
米倉克良(市民セクター政策機構)
本稿は、市民セクター政策機構が企画・編集し、2007年9月に生活クラブ連合会によって発行された国際協同組合研究年次報告書『進化する協同組合が未来を開くー社会連帯経済と地域再生政策』(以下『年次報告』)から、本年、3月に企画実施された、イアン・マクファーソン博士招聘までの、主要な研究動向を、社会的経済を軸としてまとめたものであるが、私の個人見解であることを断っておきたい。
三人で協同組合がつくれる現実と法
年次報告は、2006年に行われた「協同組合の旅・北欧編」のまとめを軸としたものとして企画された。しかし、おりしも生協法の改定という動きの中で、このまとめの作業は、2006年7月からはじまった市民セクター政策機構が事務局をつとめる、生活クラブ連合会の「協同組合法制化検討プロジェクト」による研究や討議と同時進行となった。このためか、年次報告は、イアン・マクファーソンが基調報告を行い、「レイドロウ報告」20年を記念した2000年の「NGO・協同組合シンポジウム」からはじまった、これまでのすべての「協同組合の旅」をまとめるという形となった。
年次報告の一つのポイントは、フィンランド協同組合法(2001年改正)の完訳ということである。それは、視察と資料によって、「日本と全く異なって」「三人でも協同組合が作れる」という現実やそれを支える法をまのあたりにしたということから出発している。
今フィンランドが協同組合「大国」と言われるまでになったすべての要因は、まだロシア帝国支配下にあった20世紀初頭には既に出揃っていたといわれている。それは、①協同組合の思想的・組織的振興組織としての「ペレルヴォ協会(現在のベレルヴォ連合会)」②協同組合の資金的援助機能・制度としての「協同組合銀行」③協同組合の法的保証制度しての「協同組合法」という、いわば協同組合の組織化を促進し、支える三位一体の体系の成立であった。この3つの要素の全てを常にアップ・トウ・デートな協同組合推進の仕組みとして育ててきたのである。2001年の改正の主たる眼目は、設立に必要な最低人数を、個人・法人を問わず3人としたのをはじめ、設立環境の促進、資金調達の可能性の拡大、運営方法の整備・簡便化、財政資金管理の制度化等、旧来にもまして協同組合設立促進のための環境整備である。この新協同組合法は、協同組合が市場経済のなかでの事業体として成立する環境整備を仕上げた法律なのである。なお、生活クラブ連合会の「協同組合法制化検討プロジェクト最終答申 私たちがつくる協同組合の未来」(以下「最終答申」)の副題は、「三人から協同組合がつくれる社会」となった。
ペストフの共同生産者と社会関係資本
来日した、イアン・マクファーソンは、しきりに協同組合における「参加」について、強調した(月刊『社会運動』08.7)。北欧の「三人でもつくれる協同組合」とは、その重要な条件の一つであるが、これとは別の変化をも導き出す。
それは父母の保育協同組合で示したように、「1980年代および90年代にスウェーデンで急速に発達した新しいモデルの保育でも試されたように、市民自身のサービスを共同生産する市民のためのモデル」(ペストフ)として、公共サービスを変化させた。ペストフが提供してくれた論文「社会サービスの共同生産者としての第3セクターと市民」(『年次報告』P103)で、彼はこの変化を見事に描き出すとともに、さらに「第3セクター(TSO)と非政府組織(NGO)は、国家から助成をうけ、組織メンバーや他の社会集団に供する福祉事業の監督者になりながら、個人的福祉サービスの共同生産者としての役割を市民に与える。つまり民主主義を再生させ、第3セクターや非政府組織を個人的福祉サービスの共同監督者として、市民が個人的福祉サービスの共同生産者となる、新しいモデルを展開していく必要」を提案するのである。
この共同生産は、何をもたらすのであろうか。このことを、ヨハナン・ストリーヤン教授は、論文「社会的企業経営の実践―スウェーデンにおける理論と実践」(『年次報告』p120)で次のように述べているが、まさにそのとおりである。「それは、子供の保育に対する親の法的権利(地方自治体により満たされる場合もある)は、保育現場への公的助成へと転換される。親たちのグループはこの(他には変換不能な)諸権利を蓄積するアソシエーションを形成し、適切なガバナンス構造を構築し、組合員の子どものための幼稚園を設立し、専門のスタッフを雇用する。この取り決めの中核は、一方では保育を供給するための法定義務を基金に変換できるような福祉権利に転換させることであり、他方では権利保持者たちを社会的・組織的事業体へまとめることである」。このことはまさに、「公的セクターの機能形態を大きく変化させ、社会的イニシアティブへの新しい資金調達経路を開いた」のである。ストリーヤンは、これらの考察の上に、社会的企業体と社会関係資本の関係を論ずる。社会関係資本から経済資本の転換(寄付)、社会関係資本から社会関係資本(再生産)、経済資本から社会関係資本(投資・再転換)、経済資本の再生産(投機的事業)と区分けし関連づけられて展開されるのは、先駆的な試みであろう。
地域の基盤づくりと最終答申
マクファーソン博士は、社会的企業研究会の人々との議論の中で、地域の基盤づくり(CapacityBuilding)についても、いくつか触れている。
第一は、大学と地域の社会的経済との関係である。既に十数年前から、カナダの大学では、産学協同と並んで地域大学間協同(CURA=CommunityUniversityResearchAlliance)という考え方があり、大学の研究者と地域は、深く関係していること。
第二は、金融面で、カナダには非常に強い基盤がある。例えばデジャルダンというケベック最大の銀行や、バンクーバーのヴァンシティは協同組合金融機関であり、マイクロファイナンスで高い評価受けていることで有名である。これらの金融機関は金融面だけでなくマネジメントの支援をすることによって、ひとづくりにも深くコミットしている。
20世紀初頭に整備されていたというフィンランドの協同組合振興の三つの仕組みは、このように世界標準として、共通性を持ちながら進化しているといえる。
「最終答申」は、この間の集大成としての位置を持つ。
提案するテーマは以下のとおりである。この紹介をもって小稿をしめくくりたい。
1)いっそうの民主的運営と情報公開性の徹底による生活クラブ運動の地域貢献性の高度化
2)日本における社会的経済実現の先頭に立ち、21世紀の協同組合モデルを実践する
①生活クラブ運動におけるいっそうの組合員主権、参加・分権・自治の徹底
②ステークホルダー型の実践からマルチステークホルダー型の検討へ
③社会的企業(社会目的を使命とする協同組合・NPO・株式会社)の起業を推進する
④ワーカーズ・コレクティブとの「協同組合間協同」の強化
⑤協同組合促進政策をワーカーズ・コレクティブと共に進める
⑥小規模自主共済組織との連帯の可能性の検討
⑦共済運動と協同組合運動を一体化してすすめる-制度の5年後の見直しに向けて
⑧社会的経済を促進するための基金造成のあり方と可能性の検討
⑨農林漁業生産現場への生産参画ネットワークの形成と田舎と都市の連帯運動の検討
⑩他の協同組合や労働組合や労働金庫との「(仮称)社会的連帯経済金庫」や「(仮称)社会的企業起業支援機構」などの中間支援組織の仕組みを立ち上げの検討
⑪運動グループの連携のあり方の検討
⑫国際協同組合研究ネットワークの形成と国際貢献
参照:「協同組合法制化検討プロジェクト」中間答申は、『社会運動』323号(2007/2/15)
最終答申は、同338号(2008/5/15)に掲載している。