『協う』2008年8月号 書評1


岡村信秀 著
「生協と地域コミュニティ ~協同のネットワーク~」


上掛 利博 京都府立大学教授・当研究所研究委員

 この本は、購買生協の今後の展望について"道筋を明らかにしたい"という思いから、広島県生活協同組合連合会専務理事の岡村信秀氏が5年にわたり広島大学大学院で研究された博士論文をベースにしている。岡村氏は、現在の日本が直面する少子・高齢化や格差問題がもたらす「不安」を緩和し「安心」を育む"道筋"は「人と人との結びつき」だと考え、その役割を担えるのが生協という組織ではないかという確信をもっている。
  生協の現状について岡村氏は、1980年代後半から90年代初頭にかけて事業規模を拡大するなかで、①トップダウン的経営が進行し組合員の中に「やらされ感」が発生したこと、②仕事の分業化と職員と組合員とのコミュニケーションの弱体化により組合員の声が届きにくくなったこと、③こうした経過のなかで一人あたりの利用高も低迷しはじめ経営環境は悪化の一途をたどっている、と述べている。他方で、社会保障が解体され自治体の福祉サービスも大幅に後退するなかで、個人が拠り所としてきた親密な空間(家族、仲間)や公共的な空間(地域社会やアソシエーション)が変容させられて、"窮屈さ"や"居場所の略奪"といった困難が「新たな生きにくさ」として出現していると指摘する。
生協は「自らの組織の再生」と「新たな生きにくさ」への対応という2つの課題を突きつけられているという認識は本書の理論的な枠組みとなっている。その処方箋は、これまでの延長線上ではなく、新たな方向性として「NPO法人やワーカーズなどの新たな協同や協同組合との連携にある」というのが著者の描く"道筋"である。
  岡村氏は、現在の生協の最大の課題は「組合員の主体的参加と協同の再生」×「職員のコミュニケーション労働と専門性の向上」による生協経営の発展にあるとして、組合員に居心地の良い生協をめざした「とちぎコープ」、組合員に良かれと思うことは思い切ってやった「おおさかパルコープ」、マニュアルを極力少なくして一人ひとりの職員の判断力に依拠した「コープみやざき」に注目する。さらには、住民が協同組合に積極的に参加することで自治能力と管理能力を高め雇用の創出にも成功したイギリスの「コミュニティ協同組合」や組合員利益だけを目的にするのではなく障害者や高齢者などのニーズに応えることを通じてコミュニティの全般的な利益の実現を目指すイタリアの「社会的協同組合」からも学んで、それらが互恵的な「共益組織」とされてきた伝統的協同組合とは違って「地域の普遍的利益の追求」を目指すところが画期的だと強調している。
  すなわち、商品の購買・販売から福祉サービス・地域づくりへと活動領域を広げ、特定の個人を対象とする「共益・共助」から不特定多数者の「公益・公助」へと普遍性を持って複合的な利害関係者を組織し、小規模で直接民主主義をとり、行政や諸団体とのネットワークが強いという特徴を持つ「新しい協同組合」のエネルギーが、購買生協で薄まってきている協同を再生させることに着目したのである。そして、逆に購買生協に蓄積された人的・経営的資源は、新たな協同・協同組合の発展を継続化させるから、両者が関連しあうところに「生協運動の持続的発展の可能性」があるとしている。
  岡村氏は、①「できるヒトが、できるコトを、できるトキにやる」という柔軟な発想で地域づくりを担う協同組織「いきいきいわみ」(島根県石見町)、②日常生活のちょっとした困りごとを地域で助け合う生協しまねの「おたがいさまいずも」、③生活クラブ生協から生まれ「新しい生き方・働き方」をめざすワーカーズコレクティブ「轍」、④共立社生協と庄内医療生協など6つの組織が出資した庄内まちづくり協同組合「虹」という4つの事例を調査している。なかでも、地域づくりのための "人づくり"という点から助け合い活動ワーカー講座を受講した会員の"変化"に着目した「いきいきいわみ」の分析、"狭い福祉"にとらわれずに組合員の"すべての困りごと"へ対応する「普遍性」と行政や社会福祉法人との連携による「公益性」を備えた「おたがいさまいずも」の分析はとても興味深かった。なお、「虹」については、私も経営内容に立ち入って紹介したことがあるので参照願えればと思う(『協う』第95号、2006年6月)。