『協う』2007年6月号 探訪・くらしとコミュニティ1
大山乳業農業協同組合
-最高の牛乳を求めて-
上野育子(京都大学大学院 地球環境学舎 博士後期課程、『協う』編集委員)
「白バラ牛乳」をご存知の方も多いのではないだろうか。「白バラ」は、牛乳のみならず乳飲料、ヨーグルト、アイスクリーム、シュークリームやサブレなどの菓子類まで手掛けている鳥取県の大山乳業農業協同組合のシンボルマークである。生協のプライベート・ブランドなども含めると、大山乳業農業協同組合(以下、大山乳業)の取扱商品数は、450種類にも上るという。このような大山乳業であるが、生協と大きく関わりを持ち始めたのは京都生協と産直に取り組んだ1970年頃に遡る。現在では北海道を除く都府県の生協や大学生協とも関わりがあり、生協にとっても、組合員にとってもお馴染みの農協ではないだろうか。しかし、昨今の穀物価格の高騰や、牛乳の消費量減少、BSEなど酪農・畜産を巡る現状は厳しい。今回は、高い生乳品質を守り、消費者に牛乳を提供し続けてきた大山乳業の取り組みとそれを取り巻く現状をしっかりと見つめ、大山乳業、ひいては日本の酪農界からのメッセージを発信したい。
大山乳業農業協同組合
大山乳業の前身は、終戦後間もない1946年に32人の酪農家によって設立された任意組合の伯耆酪農組合である。その後、伯耆酪農組合は、周辺の酪農組合であった米子市牛乳生産販売農協、倉吉市中央酪農協、美保酪農協、鳥取東部酪農協と合併を繰り返して組織と施設を拡充し、1966年に現在の大山乳業協同組合と名称を改めた。2003年には鳥取県内の全酪農家が大山乳業の組合員となり、現在では、正組合員は約260名、準組合員は約930名となっている。2007年度の生乳出荷農家戸数は216戸、全飼養頭数は約11,000頭となっており、全生産乳量は約64,000トンである。
国内生産乳量が約800万トンであるから、大規模とは言い難い。しかし、大山乳業が他の中小乳業メーカーと異なる点は、設立以来、生乳の生産から加工、販売まで一貫して行っていることである。全工程を事業に取り込むことによって、供給と需要の差で生じる余乳を余すことなく利用できるのである。牛乳の生産量・消費量は季節の変動やピークを迎える時期にズレがある。生産量は5月に最高、2月に最低になる。一方で、消費量は8月に最高、1月に最低になる。牛乳は保存の効くものではないため、貯蔵することができず、消費が減ると余乳が生じる。そこで、その余乳を加工して製品化することができるのが大山乳業の大きな特徴なのである。また、通常、加工に回される生乳の価格は、牛乳に利用される場合よりも低くなるのだが、大山乳業では製造した乳製品(脱粉、バターなど)を自工場のヨーグルト・アイスクリーム・菓子などの二次加工部門で利用して付加価値アップをはかり、利益を生産者に還元する努力をしている。また、消費者の声が直接届きやすいことも、生産から販売まで一貫して行うことによる利点である。
組合員の農家から大山乳業に供給された生乳を基にして、大山乳業の全製品が作られている。この生乳は全て県内産で、新鮮なものしか使用していない。ヨーグルトやバターなどの乳製品であっても、集乳後48時間以内には製品化され、生協、組合員のもとに届けられているのである。このような大山乳業のシンボルマークである「白バラ」の花ことばは…「純粋」、「正直」、「私はあなたにふさわしい」である。消費者を大切にしていること、質のよい生乳を生産していること、地域を守ろうとしていることなど、大山乳業の取り組みにまさにぴったりである。では、その「白バラ」をじっくり観ていこう。私たち消費者が考えるべきことがみえてくるはずだ。まずは、生協との関係をつくったコープ牛乳から迫ってみる。
産直・コープ牛乳の誕生
大山乳業と生協との関係が深くなったのは、今から約38年前の1970年に、京都生協(当時は洛北生協)との牛乳の産直に端を発する。当時の牛乳は粉乳やビタミン剤などを加えた加工乳が主流であった。もちろん、大山乳業との取り組みを始める前の京都生協も例外ではなく、大手乳業メーカーの牛乳を取り扱っていた。組合員の間では、「本当の牛乳を飲みたい」、「生産者の顔が見える牛乳が欲しい」という思いが高まっていた。そのような中、鳥取県消費生活協同組合連合会が大山乳業の牛乳を取り扱っていることを知った京都生協は、「組合員の声を実現しよう」と大山乳業に話を持ちかけたのである。一方で、大山乳業は、「美味しい牛乳をもっと多くの人に届けたい…」と供給先を探していたのだ。両者は一年近くに渡って視察や交流を続け、お互いの願いが満たされる形で「産直」の取り組みが開始されることになったのである。生乳100%のコープ牛乳の誕生だ。
コープ牛乳は、京都生協にとって初めての産直の商品であり、また、多くの人が望んでいた生産者が分かる生乳100%の牛乳である。普及活動に始まり、その利用は瞬く間に増えていった。その消費を支えたのが、大山乳業であり、その組合員である生産者であった。大山と京都は距離にして約270km。その距離を縮めたのは紛れもなく、大山乳業の思いと京都生協の思いであった。今でも毎日、京都生協には新鮮で美味しい牛乳が大山から届けられている。
大山乳業の特徴-質は生乳にあり-
大山乳業の特徴は、生産から販売まで一貫して行っていることであり、これは農家を守る上でも、消費者と直につながる上でも重要な要素であるが、大山乳業が他の乳業メーカーと異なる点はまだある。生協の組合員でなくても、高速道路やコンビニなどで白いバラが刻印されたビン牛乳やパックの乳飲料を目にした人も多いはずである。「美味しい。」この一言に尽きるのではないだろうか。これが大山乳業のもう一つの特徴である。都府県のほぼ全ての生協が大山乳業とは何らかの形で取引きを行っているのは、大山乳業の取り組み姿勢と製品の質が保障されているからではないだろうか。では、この美味しさが生まれてくる仕組みを観てみよう。私たちは大山乳業の思いや質に見合った対価を支払っているだろうか。
独自の乳価
「良質な生乳に優る牛乳は出来得ません」…大山乳業のパンフレットやホームページに記されている。生乳は、搾乳後、殺菌などの処理が施されていない乳である。その生乳の質を左右するのは、もちろん生乳を出す乳牛である。乳牛が健康でなければ良い生乳が得られない。つまり美味しい牛乳もヨーグルトもアイスクリームも出来ないのである。乳牛の健康管理や食事管理をするのが酪農家である。人間でも良い母乳を出すために母親がバランスの良い食事をしっかり取る必要があること考えれば、乳牛の健康・食事管理の重要性やそれに伴う酪農家の苦労についてよく分かるのではないだろうか。
さて、その生乳の取引価格(乳価)は、主に乳脂肪率、無脂乳固形分率で決まる。この二つの割合が高いほどより高値で取引される。大山乳業では、それらに加え、細菌数、体細胞数も加味して総合的に乳価を決定している。細菌数、体細胞数(主に乳房炎によって破壊された細胞数。細胞が破壊されれば血液中の塩分などが乳に混入し苦味などが生じる。)が少ないほど健康な牛、つまり良い生乳であることを示している。多くの産地がある中、乳価の決定基準に、細菌数、体細胞数まで含めているところは少ない。
大山乳業ではほとんどの生産者が生乳の基準値をクリアし、質が均一で安定した生乳を確保できているが、それが大山乳業独自の乳価によって支えられているのは間違いない。乳価決定の際には、基準値の他、生乳の成分に応じて表彰を行ったり、ペナルティを課したりしている。大山乳業では、基準の成分値以上(細菌数・体細胞数は基準値以下)であれば、乳質改善優秀農家として表彰され、生産者の収入となる乳価も高くなる。一方で、基準値に満たなければ、ペナルティとして乳価が低くなる。つまり、生産者の収入が減ってしまうのである。厳しいようだが、質の安定した生乳を確保できる上、生産者間で競争にもなり、全体的な質の向上にもつながっている。そのため、生産者はより良い生乳を出荷できるように努力を重ねるのである。全体的に質が上がれば、基準がより高く設定され、それを満たすために生産者は努力し、さらに質が向上するという好循環になっているのだ。もっとも、元々、大山乳業が基準とする乳脂肪率、無脂乳固形分率は全国基準より高く設定されているのだから、生産者の努力と質の高さが伺える。
最高の飼料を求めて
生乳の質によって農家の収入も変わる…。農家にとって、乳牛の健康を維持することは非常に重要である。中でも生乳の質を左右する一番の要因は飼料である。飼料には大きく分けて、乳脂肪率を高めるための粗飼料(生草、乾草)、サイレージ(飼料作物を発酵させたもの)など)、無脂乳固形分率を高めるための濃厚飼料(トウモロコシ、ふすま、大豆かすなど)がある。日本では、飼料の多くを海外に依存している。表1に日本の飼料消費量と純国内産飼料自給率の変化を示した。技術の進歩により、牧草も海外からペレットなどの圧縮された状態での輸入が可能になり、粗飼料の自給も低下しているのが分かる。
今までの日本の酪農・畜産では、政府の政策や円高の影響もあり、国内で作るよりもはるかに安い外国産の飼料を輸入し、飼育に傾注していた。しかし、最近は①穀物価格や輸送燃料費の高騰による輸入飼料価格の高騰、②牛乳の消費量の減少による乳価の低下、③生産調整、といった要因によって農家の経営は逼迫し続けている。大山乳業の組合員もその影響を受け、全国平均よりは少ないが離農する人が跡を絶たない。生産者にとって特に影響が大きいのは、乳価の下落である。大山乳業の2004年の基準乳価は98円/kgであったが、2007年には93円/kgにまで下落し、飼料価格の高騰も相まって生産者の所得は2004年の25円/kgから、2007年には10円/kgに暴落している。乳価下落の最たる原因は、牛乳消費量の低下である。1985年以降における日本の生乳等の生産量の変化を図1に示した。生乳生産量自体2000年以降減少に転じているが、牛乳生産量は1990年~1995年の間に低下に転じている。一方で、1995年以降は乳製品向けの生乳の処理量が増えている。つまり、高値で取引される牛乳用の生産が減り、安値で取引される乳製品向けが増えている。また、牛乳の消費が減退すれば牛乳を安く売り捌かなければならず(生産調整も行われたが)、それに伴い乳価も下げられる。全国の乳価は、毎年4月に開催される大手乳業メーカーなどによる協議によって決まるのだが、それを参考にして大山乳業も乳価を決定する。
大山乳業においても全国の乳価下落の影響を受けて、年々農家の収入は減少し続けているのである。
しかし、先ほど見たように日本の酪農・畜産における飼料はそのほとんどを輸入に頼っている。穀物価格や輸送燃料費の高騰により飼料価格は上昇、一方で乳価は下落し、農家の収入はギリギリのところにまで追い詰められている。このような現状を少しでも打破するために、大山乳業の生産者は、輸入飼料に頼らない自立した経営を目指し始めている。大山乳業では昔から地域環境保全や振興、自給粗飼料の増産に熱心に取り組んでいたが、多くの生産者は粗飼料に占める自給粗飼料の割合をさらに増やす取り組みを始めている。その中で、二つの事例を紹介しよう。
フリーストール※で約140頭の乳牛を飼っている福田牧場の経営主の福田昌治さんは、飼料生産受託組織であるコントラクター組合の組合員でもある。自給粗飼料を増やすといっても、農家の中には牛の世話だけで手一杯の人もいる。そこで、少し余裕のある農家や地域の人たちが休耕田や遊休地などを有効活用して飼料を生産するのがコントラクター組合の活動概要である。大型の機械を一台購入すれば、組合員全員が利用できるため、個人の負担も軽く済む。鳥取県内には5つのコントラクター組合があるが、福田さんの所属している組合(大山ビュー、2003年設立)では好立地条件(鳥取県中部の平野部)から約110haで、主にトウモロコシ(サイレージ用)を栽培している。トウモロコシのサイレージは乳牛にとって最適な餌で、生乳の質も乳量も格段に良くなるそうだ。
一方で、大山の中腹に牧場を構える豊嶋健さんは、昔ながらの34頭の規模で経営を行っている。山間部であり、気候が平野部より冷涼であるためトウモロコシの栽培には適していない。このような立地条件により、主に牧草を栽培してサイレージにし、粗飼料の自給を増やしている。現在では借地を含め12haで栽培を行っているが、この規模で34頭分の粗飼料の多くを賄えるという。
二つの事例を紹介したが、それぞれ土地や飼育頭数に見合った粗飼料の栽培を行っている。さらにもう一つ、飼料の栽培において特筆すべき事がある。それは、福田さんも豊嶋さんも、乳牛の糞尿を堆肥化し粗飼料を栽培している農地にほぼ全てを還元している事である。作物にとっては良い肥料になる上、畜産でよく問題視される堆肥の野積みもない。農地に還元できない分はオガクズと混合させ、牛舎の通路に敷いたり、近隣の農家に利用してもらうことで、完全に消化している。これは大山乳業の全ての農家に言えることで、地域や鳥取県内で物質循環が成立しているのである。粗飼料の栽培の促進は、農家の自立を促す上、地域のつながりにも貢献しているのである。もちろん、良い飼料を作り乳牛に与えれば、生乳の質もグンと上がるのである。
ここ大山では特に、生産者同士は良きライバルであり、良き仲間である。生乳の質を巡って生産者間の競争はあるものの、互助関係ももちろんある。運搬作業を手伝ったり、飼料の情報を交換したりというのは、就農して間もない若い人たちにも受け継がれている。生産者間の横のつながりが強いことも、生乳の質を高めている一つの要因であるに違いない。
本当の「産直」へ
以上のことからも分かるように、普段何気なく口にしている牛乳、乳製品であるが、その中には生産者、農協の多大なる努力が含まれているのである。一方で、生産者は地域の生協の組合員でもある。生協の組合員であるからこそ、良いものを届けたいという思いも強いのである。生協は消費の場として囚われがちだが、そこには生産者も含まれていることを認識する必要がある。
生産者は粗飼料自給量を増やしたり、地域間の連携を強めたりしているが、飼料価格の高騰、消費量の減退、乳価の低下など様々なマイナス要因の方が強く、生産者の経営は圧迫され続けている。しかし、経営を安定にさせるために、生産者は単に乳価を上げてもらいたい、つまり、生協での販売価格を上げてもらいたいのではないのである。生産者も一方では消費者である。値上げされた際の消費者の負担を十二分に承知している。では、生産者や大山乳業が求めていることは何であろうか?…生産者と大山乳業が求めているのは、本当の「産直」である。「産直」とは一体何か?単に顔の見える生産者から商品を購入することだろうか?答えは違うであろう。「産直」は、生産者と消費者が、直面している問題を共に分かり合い、共に解決の道を探していくことであるはずだ。
生産者や大山乳業は、生協に適正な販売価格と販売量を求めている。それは、単に消費者に負担してもらう価格や量ではなく、お互いに負担をし、逼迫した生産状況を乗り切るための値である。協同組合は、弱い個人が集まって守り合う組織である。今のような時勢だからこそ、その意義を見直し、本当の「産直」へ向けて足並みを揃えていくべきではないだろうか。そのためには、産地を実際に見て、現状を知る必要がある。生産者は組合員が訪ねてくるのを楽しみにしている。
乳製品、特にバターが手に入らなくて困っている読者のみなさん、まず牛乳を飲んで下さい。「牛乳を飲んで生産者を助ければ、加工に回してもよい生乳が出てくる」、と大山乳業の方達が仰っていた。今まで美味しい牛乳を届けてくれた生産者への恩返し…「産直」を見直す時期にきているのではないだろうか。それは日本の農業を守ることにもつながるだろう。