『協う』2008年6月号 特集2
「食の不安」とCO・OPブランド
坂本 茂(くらしと協同の研究所 会員)
[1]中国産冷凍餃子問題と生協~「信頼の危機」
中国産冷凍餃子による中毒問題は、日本の政治・経済・社会の広い領域にわたって、「餃子ショック」とでもよぶべき大きなインパクトをあたえている。それはなぜか。 「安全・安心」をうたってきた、またそのことでの社会的な活動の蓄積により、「組織としての信頼性が高い」と評価されてきた生協のCO・OP商品(日本生協連による開発商品)に、限定的であったとはいえ重大な食品安全問題が発生し、また事態への対応についての機敏性や的確性の点でもさまざまな不十分さがあり、「食の不安」をいっきに広げてしまったことが、ひとつの大きな理由であると思われる。
当該商品の供給者である日本生協連は、今回の問題について、どのような認識をしめしているのであろうか。第58回通常総会地区別代議員会議資料『2007年度活動のまとめと2008年度活動方針・事業計画案』によれば「重大中毒事故によって、全国の生協においては消費者・組合員からの厳しい叱責と社会からの指弾を受けており、地域にあっては、組合員理事や組合員リーダーが厳しい立場に追い込まれています。また、信じてきた生協に裏切られたとして脱退する組合員の方も多く、事業・経営上も未曾有の危機に瀕しています」とのべ「未曾有の危機」との認識をあきらかにしている。そして「この危機から脱し、生協への信頼を再形成することに取り組みます。そのために、日本生協連の出直し的な事業と組織の改革をすすめます」と「出直し」という表現を使わざるをえないほどに大きな衝撃が組織をおおっている。まさに「餃子ショック」は生協を直撃したのである。
しかし、一概に「生協」といっても、この問題に関する各生協の認識は多様なものがある。当該品の扱いの有無、健康被害発生への遠近、「予兆」にかんする対応差、日本生協連との関係性の濃淡、地域における異種協同組合との連携の強弱などにより、地域ごと、生協ごとに、その認識はかなりの違いがある。
[2]「一連のCO・OP商品問題」という認識へ ~商品開発・商品政策の「内省」
問題発生の原因物質はメタミドホスというわが国では製造も使用もされていないものであり、また回収商品からの検出量からすると、通常の生産・流通プロセスでは混入するとは考えにくいレベルのものであった。当該工場生産品による被害範囲は3家族10人ということであり、今回の事案をもって、ただちに中国で生産される食品すべてが危険であると結論づけるのも早計にすぎるであろう。故意によるものか過失によるものかは今の段階では断定できない。「犯罪」と規定するかどうかは最終的には、当局の見解による。
しかし、健康被害としては限定された範囲のものであり、なんらかの通常ではない外的な要因に由来するものであったとしても、CO・OP商品を摂食したことにより、女児が一時重体になるほどの食品安全問題が発生したことについての、食品関連事業者としての生協の責任は重大なものがあり、「犯罪」論や「想定外」論などをもって免責されるということにはならない。
2003年に制定された食品安全基本法に明示されているように、「農場から食卓まで」の食品供給行程の各段階における安全性確保のための措置、国民健康の保護と悪影響の未然防止については「食品関連事業者に第一義的責任」がある。「外的要因」が問題発生の直接的な原因であったとしても、このような視点から、それを許す余地・スキがみずからの側になかったのかどうか、問題を「主体的・内省的に掘り下げ、自己改革をはかる機会として教訓を引き出していくか」が「本質的に重要」なのである。このような主体的なふりかえりの作業なしには、信頼の回復・再形成の道は確実なものとはならないであろう。
日本生協連は、今回の事案をうけて、どのように、問題を主体的・内省的に掘り下げ、自己改革をはかろうとしているか。論点は多数存在する。クライシス対応(日常管理と危機対応、初期対応)、品質管理(フード・セーフティ、フード・ディフェンス)、食品安全保障(フード・セキュリティ)、
CO・OP商品政策、メディア・リテラシー、安全と安心の乖離などなど。
このなかで、「生協への信頼を大きく裏切る」ものとなったのは「一連のCO・OP商品問題」によるものであるという認識を日本生協連がしめしていることは非常に重要である。
「CO・OP手作り餃子問題」に先行して、2007年6月「CO・OP牛肉コロッケ」の畜種偽装が内部告発により発覚した問題があった。日本生協連としては「生協、CO・OP商品への信頼が大きく損なわれた」重大な問題としてとらえ、「品質保証体制を体系的に強化し、再発防止に全力をあげて取り組む」ことを表明していた。にもかわらず2008年1月「CO・OP鳴門産わかめ」関連商品の産地偽装が発覚、わかめは鳴門産でなく中国産などであった。その直後に、今回の事案が発生した。
「CO・OP牛肉コロッケ」「CO・OP鳴門産わかめ」関連商品の事案は畜種・産地の偽装であり、このことで直接に健康被害が発生するというものではなかったが、「CO・OP手作り餃子」については前述したとおり、重大な健康被害が発生した。それぞれ問題の性格や要因としては異なったものがあり、「CO・OP手作り餃子」の事案は相当の特殊性をもっているとみられるものの、組合員・消費者からすれば「CO・OP商品の信頼性が揺らぎつづけた」ということであり、日本生協連としては3連続でCO・OP商品の品質保証にかかわる大きな問題を起こしたということになる。
「CO・OP牛肉コロッケ」問題の段階では、論議の中心は「偽装の防止」であり、そのための品質保証体系の強化であった。筆者は、2007年9月関西地連・食品安全推進会議の席上で、この問題をうけての品質保証体制に関連して、狭義の品質保証のシステムの強化だけでは問題の発生をふせぐことはできないこと、発生の基礎をなしているCO・OP商品の多品目・ハイスピード開発の問題を掘り下げなければならないこと、また取引先にたいして生協もともすれば優越的な立場での商談になりかねないという点から、流通他社の事例などもあげて指摘した経緯がある。
CO・OP商品にかかわる3つの事案をとおして、日本生協連の商品開発、その基本的な考え方をなす商品政策をテーマとした意見も多数出されるようになった。そして日本生協連は、管理するCO・OP商品が約6000品目以上1万SKU※をこえ、2000年と比較して2倍以上にふえているとして、「体制やシステムの整備が追いつかない状態のまま、商品開発に取り組んだ」ことが、コロッケやわかめなどの偽装事故につながり、手作り餃子の中毒事故にいたって、「これまで全国の生協で取り組んできた食品の安全に対する信頼、特にコープ商品に対する信頼を根底から揺るがす大事故」につながってしまったとの認識をしめした(前出、第58回通常総会地区別代議員会議資料)ことは注目される。そして「商品開発の制度と組織体制、ISOなども含むマネジメントシステム、組織風土などが、コープブランドに責任を持って取り組むレベルになかった」(同前、資料)と大胆ともいえるような総括のスタンスをあきらかにしている。
会員生協からは「信頼回復の取り組みのひとつとして、商品政策について輸入食品、食料自給率向上にふれざるをえない」という指摘も上がっており、「こんごCO・OP商品開発については地元や国内に軸足を置く」と方針変更をおこなうところも出てきている。
[3]CO・OP商品開発をめぐる環境変化
~「4つの安」のいま
この数年で、世界の食料・資源にかんする状況は大きく変化している。CO・OP商品開発をめぐっては、どのような点で「認識の転換」がはかられなければならないのだろうか。
生協ならずとも、食品関連事業において、つねに意識されることに「4つの安」というテーマがある。つまり、「安定」「安価」「安全」「安心」の4つである。この4つの課題にこたえることが、消費者の願いをかなえる商品事業になるというわけである。しかし、いま、状況は大きく変化し、この「4つの安」をどのようにバランスさせていくか、ジ・レンマ、トリ・レンマどころか、テトラ・レンマとでもいうべき、むずかしい局面となってきており、これまでの「延長線」上で物事を考えるわけにはいかなくなっている。
まず「安定」の課題である。少なくない食品関連業者が国内生産についての限界という認識のもとに、海外からの原料調達、また海外における商品生産を推進してきたが、中国などの経済発展、とうもろこし・さとうきびなどのバイオ燃料化、そして地球温暖化による干ばつ・洪水などの継起的な発生は農業・食料生産に構造的で長期的な影響をあたえている。「もはや、海外から安い食材を入手できるという時代は終わった」とする意見も少なくない。先進国における消費生活水準を維持したままでの輸入依存にたいしては、発展途上国からの反発も大きい。いくつかの国では深刻な食料危機が発生している。こうした状況のなかで、「農産物・食品調達倫理」が問われ、また「食料安全保障・国内農林水産業振興」にたいする基本スタンスが問われている。
つぎに「安価」の課題である。この間の新自由主義政策の採用により、わが国の社会に「格差と貧困」がひろくみられるようになった。現在の勤労者の生活状況からすれば、「少しでも価格の安いものを」というのは切実な願いである。しかし、そうした願いとは逆の局面が到来している。バブル崩壊以降、モノの値段が下がりつづけてきたが、40年ぶりの食品・生活基礎材のいっせいの値上がりとなっている。その根底に上記の世界的な食料・資源をめぐる構造的な変化がある。消費者の生活防衛志向が、年金・医療・福祉の全面にわたる社会保障制度の後退などのなかで、よりつよく働くことはまちがいない。この消費者の要望にどれだけこたえることができるか、いま食品関連業者相互が苦しい局面に立たされている。一方、価格競争のはげしさが大きな損失を社会と働く人間にもたらすことについての認識もまた問われている。国への制度・政策転換要求を幅広い団体と連帯して取り組むこともかかせない。
そして、「安全」課題である。この課題は食品関連事業としては「事業の土台」をなす課題である。取り扱うすべての食品は安全でなければならない。しかし、食品安全を脅かす要因は多数存在し、努力を重ねても絶対安全ということはない。「農場から食卓まで」のフード・チェーンの各段階において食品の安全性が確保されなければならないが、このフード・チェーンはグローバリズムの進展のなかで国境をこえてはるかに長いものとなっている。また加工度の高い食品について、その原料素材からの安全性を確保していくことは相当の努力や仕組みを要する。消費者の「安全・安心」への要求が一段と高くなっているなかでは、食品安全面にわずかなほころびがあっても、その企業活動の生死をゆるがす問題として発展する。そして食品安全課題には担当する人材の育成・経験蓄積、そして継続的な財政支出が不可欠である。
最後に「安心」の課題である。昨今の「食の安全・安心」問題の特徴のひとつとして、「安全」上の問題とは区別されるか、あるいは問題があったとしても健康被害にむすびつく可能性はかなり小さいか、またはごく限定的なものであっても、マスコミ報道を契機に、社会的な「食の不安」が大きく立ちあらわれるという事象がある。
つまり、食品の安全性のレベルの程度というより、消費者の安心ないし不安の程度により、モノゴトが大きく左右されていくという問題である。いったんコトが起きれば、消費者行動に大きな変化が呼び起こされ、当該食品だけでなく、関連する分野の食品全般、生産国の食品全般、そして食品に関連する業界全体、さらには学校給食などをもふくんで、広範囲に影響をもたらす事態として展開していく。そのような社会的事象が昨今の日本では頻繁に起こるようになった。「安全情報」は提供されるけれど、消費者にはなかなか伝わらないし、難解であることが多い。また「説得」型になりやすく、「不安」感情をもつ消費者には受容しにくい内容となる場合も少なくない。「安全と安心の乖離」という問題認識のもとに、「安心」の実現という課題にどう対処していくか、食品関連事業者や行政などに問われている課題である。
[4]「不安の文化」とCO・OPブランド
~着眼点としての「ヒューマン・ネットワーク」
日本生協連は「CO・OP商品にかんする開発から苦情処理まで全面的な責任と権限」をもってすすめることを決意しているが、狭義の品質保証の仕組みや態勢の強化による「安全」課題は「信頼の再形成」の必要条件のひとつにすぎない。上述したように、「安定」「安価」という課題も、それぞれにその実現について安易さを許さない局面になっており、事業環境認識の転換が必要である。そして「安心」課題にどう取り組んでいくか、ということもまた大きな課題である。この点について、最後にふれておきたい。
「安定」「安価」「安全」はいわば商品としてのモノにかかわる概念である。これにたいして、「安心」は商品を利用するヒトのココロにかかわる概念である。組合員利用の視点からすれば、安全性や安定供給、品質の良好性とリーズナブルな価格設定はもちろんのことであるが、表示をふくむ情報提供、商品開発過程への参加、意見・要望の提出、被害発生時の救済など、総じて消費者の権利を実現する仕組みのあることが、生協とCO・OP商品利用の総体的な「安心」感を生むベースを形成している。そして、その仕組みを日常的に稼働させているのが、組合員と組合員、組合員と役職員、そして組合員・役職員・商品製造メーカーをふくんでの「人的な関係性」である。こうした「ヒューマン・ネットワーク」に支えられることによって、「CO・OPブランド」は組合員にとって「安心して利用をつづけられるものである」ことの認知をうける。
『アメリカは恐怖に踊る』(2004年、草思社)の著者バリー・グラスナーは、「なぜアメリカ人はこれほどまでに心配症なのか、なぜ私たちの不安は的外れなのか」を主題として、アメリカ社会をおおうものとして「恐怖の文化」の概念を提起したが、今日の日本の状況をみるとき、「恐怖の文化」という言葉に置き換えて、「不安の文化」が日本をおおっているということもできるであろう。
「不安の文化」が流宣をとげるなかで、「継続して利用できることの安心」感をもてるCO・OP商品の存在とその意味・意義はけして小さいものではない。一人ひとりの消費者の一つひとつの商品の利用ということにかんして、組合員・役職員・商品製造メーカーを結んだ「ヒューマン・ネットワーク」が存在し、機能しているということは、なにより心づよく貴重である。生協への消費者・組合員の要望もそこにあるのであり、生協の組織特性のひとつがそこにある。食品安全性にかんする被害の未然防止・拡大防止の機能も、この「ヒューマン・ネットワーク」のなかに存在する。
このような生協のもつ組織特性に着眼し、「CO・OPブランド」商品の開発と供給、利用のストーリーに磨きをかけていく努力が、今回の「一連のCO・OP商品問題」によって大きく揺らいだ「生協の信頼性」を回復・再形成する確かな道すじであると考える。(2008年5月9日脱稿)
(さかもと しげる)