『協う』2007年4月号 探訪・くらしとコミュニティ1
特集: インターネット社会に求められる生協のホームページ

「からりネット」 で笑顔満開
  ―愛媛県 ㈱内子フレッシュパークからり でのIT活用―

上野 育子 (京都大学大学院 地球環境学舎 博士後期課程、 『協う』 編集委員)

 

  白壁の町並みを、国内外問わず多くの観光客がのんびりと散策している。 ここ、愛媛県喜多郡内子町は、江戸後期から明治にかけて和紙と木蝋で栄えた町である。その当時の面影を残す八日市・護国地区の白壁の町並みは、 国の重要伝統的建造物郡保存地区に指定されている。
  町並み保存運動で有名な内子町であるが、 現在はエコロジータウン運動が展開されている。 その中心が、 誰もが使いやすいITシステムを導入した 「からり農産物直売所」である。「からり農産物直売所」 がある「内子フレッシュパークからり」 は、内子町の道の駅にある。「からり」 と呼ばれ、町の人々に愛されている。今回の取材を通して、IT導入と元気あふれる内子町の人々の関係が明らかになった。取材した日は平日だったが、直売所は多くの人で賑わっていた。


活気のある直売所 「からり」

  「ここのシイタケは美味しいけん、たくさん買うて甘辛く煮て冷凍するんよ。いつでも使えるでぇ。」 朝から 「からり」 に来ていたおばあちゃんは、買い物籠3つに農産物や加工品を詰め込んでいる。そして、出荷に来ていたシイタケ農家と立ち話。やけに仲が良い。直売所には、特産のシイタケだけでなく、ホウレンソウ、レタス、キャベツ、ネギなどの野菜、イチゴ、デコポン、ハッサク、キウイなどの果実や山菜、春の代名詞、ツクシも並べてある。ぐるりと回ってみると、生花、ドライフラワー、乾物、焼き菓子類、和菓子、惣菜などもあり、農産物が少ない時期にも拘らず、多様な品揃えで訪れる人を飽きさせない。しかも商品は全て 「内子町産」 である。まだ平日の朝9時だというのに、小さな子どもからお年寄りまで買い物に来ている。駐車場には、愛媛県外のナンバーの車も止まっている。ここは典型的な中山間地のはずだが…。このような活気はどのように生まれてきたのだろうか。

内子町の悩み… 

 内子町は総面積の70%以上が山林で占める典型的な中山間地で、農林業が産業の中心である。中山間地で特に問題なのが、後継者不足、農家の高齢化である。「お嫁さんを呼ぶこと」 は農家にとっても、内子町にとっても大きな課題であった。若い人がいなければ、農業も町も衰退してしまう。しかし、若い人が働ける場所は内子町にはなかった。「お嫁さんを呼ぶ」 ためには、子持ちの若いお母さんでも気軽に働ける 「場所」 が必要であった。
  時を同じく、内子町では町並み保存が進む一方で、特産の葉タバコの栽培が衰退し、カキなどの落葉果実の栽培、観光農園、個人的な直売所が盛んに行われるようになった。それを受け、内子町は1986年、農家が農業経営や先進活動事例について学べるように知的農村塾を開講した。この知的農村塾は、「町が潤うためには何をするべきか」 ということを考えるきっかけを農家に与えた。しかし、取り組み自体は各農家に頼るままで、町全体での活性化には欠けていた。自分達で町全体を活性化させ、自立していくためには、何かができる 「場所」 が必要であった。

誰もが使えるITの活用- 「からりネット」 - 

 中山間地の町の人々が誰でも、気軽に参加できるもの…それが直売所であった。そこで、本格的に直売所を始める前に、実験直売所として 「内の子市場」 を内子町が1994年に開設し、農家自身が価格設定、出荷、消費者への対応などを行った。しかし、販売や在庫の情報がうまく回らなかった。農家の中には直売所まで車で片道20~30分かかる人がいるため、残品数を直売所に電話で確認することができたが、閉店間際に電話が殺到してつながりにくい状態が続き、結局、直売所に行かなければならなかった。残品数の確認や売上高の情報を簡単に正確に入手したい…それが出荷者の願いであった。また、消費者へは、情報を提示する必要性が課題として挙げられた。
  このような課題を解決するために、生産者、行政、会社の三者で協議を進め、誰もが使いやすい 「からりネット」 を完成させ、それを導入した 「からり農産物直売所」 を1997年に始めたのである。生産者は農産物や加工品に、生産者名、出荷日、連絡先、原材料などが記載されたバーコードつきラベルを貼って出荷する。消費者が商品を買えば、レジでバーコードが読み取られ、生産者には指定した時間に売上数、売上高の情報 (POS情報) が届くシステムである。生産者は携帯電話、FAXなど使いやすい端末で情報を得られるようになった。

「からりネット」 の効用 

「からり」 に参加している生産者の8割は女性であり、高齢者が多い。IT とは無縁に近そうな生産者だが、「からりネット」 をうまく活用している。生産者にとって、「からりネット」 を導入した直売所は、どのような意味を持つのだろうか。「からり」 に出荷している生産者組織の代表三名の方にお話を伺った。
-効率-
  まず、「からり」 に出荷するようになったきっかけを尋ねると、「今まで廃棄しとった市場流通の規格外品を売ることができるけん」、「月二回現金収入が入るけん」、「子育てしとってもパートのようにできるけん」 と三人三様だった。今まで市場を通じて商品を販売していた農家にとっては、自分達で販売すること自体初めての試みで、初めは本当に売れるかどうか半信半疑だったそうだが、実際に 「からり」 に出荷するようになると… 「楽しい!」 の一言である。
  市場流通が基本の農業では、厳格な規格品を安定・大量に出荷する必要があり、広大な土地を持つ地域に比べ、土地が限られる中山間地の内子町は不利である。しかし、「からり」 には商品に規定がないため、中山間地という条件を逆手にとり、少量多品目の栽培を行うことで多様な農産物の出荷を可能にしたのである。また、「からり」 では規格外品を出荷できるだけでなく、消費者の嗜好を考えて、農家自身が作付や出荷の計画ができる。外見は悪くても味はピカイチの規格外品を消費者は喜んで買って帰るし、加工品や商品の包装も工夫を凝らせば人目を惹きつけるため、今では生産者間で競争になっている。今まで 「作り手」 であった農家が、「売り手」 の視点も踏まえ始めたのである。
  取材が進む中、一人の生産者の方の携帯電話が鳴り出した。「シイタケ△個、漬物×個…今日は○円やね。まあまあってとこかいね。」 どうやらメールが届いたようだ。この生産者の今日の 「からり」 での売上である。このように 「からりネット」 では、指定した時間に売上や在庫の情報が自動的に送られてくるため、以前のような残品引取り時での不都合を解消できただけでなく、生産者は午後からの追加出荷も効率よく行えるようになった。さらに、生産者はその日の反省をその日の内にすることができる。好調な売上だと 「明日も頑張らんと」 と意気込み、不調の時は 「明日はこうしてみようかい」 と改善策を立てることも可能になった。
-つながり-
  さらに 「からり」 は生産者と消費者の直接的なつながりもつくった。「からり」 の商品には生産者名と連絡先が記載されたバーコードつきラベルが貼られており、消費者から生産者に直接連絡が入ることも珍しくない。「10年前に東京から来た人がおるんやけど、それから毎年注文くれるんよ。もう友達みたいで。」 生産者の顔がほころんだ。「 『○○に旅行してきました!』 ってお手紙が来たと思うたら、お客さんだったんよ。」 別の生産者も口をそろえた。「ウチもこの間 『あれまだある?』 って電話かかってきたわ。」 自慢大会になってきた。消費者とこれほど仲がいいのも珍しい。「からりネット」 によって売上や在庫情報をデジタルで受け取るだけでなく、アナログである消費者とのやり取りも可能になったのである。
普段は教える立場であるおじいちゃんは、POS情報を受け取るために携帯電話を買ったものの、「携帯電話を買うたんやけど、使い方が分からんけん…孫に聞いてみようわい。」 と、今回ばかりは孫の生徒だ。生産者の家族の絆が深まるきっかけにもなっている。

ゆっくり、じっくり考えよう 

「内子町は成功事例だと言われるが、我々は先進の失敗事例を何度も視察・研究してつくり上げてきたのです。小さい町ですから、生産者と行政と我々会社で何度も検討を重ねて、一つ一つ積み上げてきた結果です。」 と、前内子町産業課長、現㈱内子フレッシュパークからり社長の髙本氏が教えてくださった。
  小さな町であるが故、財政的リスクを分散させる必要があった。生産者にITになじんでもらうために使い方や仕組みなどを徹底して指導したり、直売所以外( 「からり」 にはパン、シャーベット、燻製工房やレストランなども併設されている)の建設を順次行うなど、町や人々の負担が一気に増えないようにしてきた。それが良かったのだろう。農家が商品や 「からり」、町について、自分達でゆっくりとじっくりと考える時間を持つことができ、「からり」 をより良い方向へ導いたのではないかと思う。いつもは縁の下の力持ちのお母さん、おばあちゃんも直売所では主役になってもらわなければならない。他の直売所とは違う、内子町にしかない直売所。それは、ITを活用しながら、より良いものにしたい、より良いものや珍しいものを出したいという農家の思いと努力によってつくり上げられていった。これが、内子町が成功したと言われる所以である。

果楽里、花楽里、香楽里、加楽里、カラリ! 

「からり」 開設当初は半信半疑で始めた生産者がその面白さに気付き、「からり」 のうわさは瞬く間に広まった。「自分のできる商品でお小遣いが稼げるん!?子どもが学校に行っとる間にウチもちょっとやってみようかね!」 また一人、「からり」 参加者が増えた。はたまた、へそくりを貯め込んだおばあちゃんが孫に一軒家を買ったと言う噂も!それを聞きつけた人が、一人、一人と参加する。設立当初の登録生産者数は約70名であったが、今では450名近くもいる。人数が増えれば、他の人より良いものを出したい気持ちがさらに生まれ、品揃えが豊富で、女性らしい商品や気配りが隅々まで行き届いた直売所ができていった。そんな 「からり」 の魅力は内子町に行かなければ感じることができない。
「これ、自家製小麦粉を使ったクッキーなんですよ。よかったらどうぞ。」 「自家製小麦粉なんて珍しいですね。」 「観光農園をやってるんです。良かったら来てください。昨年も500人位の人が来ましたよ。」 笑顔で生産者の方が帰って行った。クッキー袋の裏には、農園の住所と電話番号が記載されている。ちなみに、買い物籠3つの買い物をしたおばあちゃんは…自転車では到底持ち帰ることができず、近所のお友達を呼んでいた。「からり」 に来れば、ついついたくさん買ってしまうのである…
「果楽里」 は果物を楽しむ里である…特産の柑橘類だけではなく、カキやキウイなども買うことができる。「花楽里」 は花を楽しむ里である…生花だけでなく、ドライフラワーも販売している。「香楽里」 は香りを楽しむ里である…野菜、果実、花、山、焼き立てパン、色々な香りが漂っている。「加楽里」 は加工することを楽しむ里である…惣菜や菓子類、手作りの雑貨を購入できるだけでなく、体験も出来る。カラリと晴れ晴れした気分、カラリとしたすがすがしい時間、カラリとした爽やかな人間関係… 「からり」 に来れば、生産者と仲良くなれるだけでなく、消費者同士で情報交換もできる。多くの人に出会うことができ、人のつながりが広がっていく。
  ITシステムの導入によって生産者は商品管理がうまくいくことで作業上の効率が上がっただけでなく、消費者とのつながり、生産者同士のつながり、家族内でのつながり、つまり、やる気と笑顔を導く人とのつながりが深まっている。元気な生産者に支えられ、今後の 「からり」 もますます楽しみだ。取材の日はまだ桜は満開ではなかったが、「からり」 では笑顔が一年中満開である。