『協う』2008年2月号 特集3



中山間地での地域医療活動 ~京丹後地域~
たんご協立診療所 所長 寺本敬一(京都民主医療機関連合会 京都保健会・医師)

京丹後地域の医療の現状
  京丹後は、 京都市内まで電車で3時間前後かかる京都府の北部に位置しています。 「間人たいざカニ」 (丹後町)、 鳴き砂の琴引き浜 (網野町) などが全国的には有名でしょうか。 大宮町のお米は、 特Aランクだったこともあります。 産業としては観光業、 農業、 鉄工業。 高齢化率28%。 自殺率は高く、 全国平均の2倍にもなっています。 所得は府平均の約60%。  京丹後には脳神経外科、 精神科は全くなく、 循環器科、 腎臓内科、 膠原病、 小児科、 産婦人科医師も不足しています。 救急体制も現場医師への負担は相当なもので限界を超えています。 医師数の比率は、 府内平均の4割、 看護師数も7割 (准看護師含めると9割)。 病院医師数は、 府内平均の6割です。 診療所数は府内平均の半分以下と極端に少なく、 在宅医療を展開している施設はほとんどありません。

「医療制度改革」 が中山間地の地域医療にもたらしたもの
  日本の社会保障水準は、 国民皆保険制度が始まってから、 老人医療が無料化された期間がピークで、 その後1983年の 「医療費亡国論」、 1990年の日米構造協議などを境に、 引き下げの一途をたどっています。 1992年に政管健保への国庫負担率が16.4%から13%に引き下げられたことで保険財政が悪化し、 そのしわ寄せは97年以降の患者負担の増加へとつながりました。 さらに小泉政権下の2002年、 2006年には診療報酬削減が行われ、 今や患者負担分が、 国、 企業の負担分を越す勢いになっています。
  京丹後地域でも制度の改定で患者負担が増えるたびに外来患者数が減少しています。 このことの背後には、 高い自己負担のため受診を手控えていることが想像されます。 そのことは、 糖尿病、 狭心症など命にかかわる病気の場合は深刻な事態につながります。 また、 高すぎる国保料を払えずに取り上げられることも多く報告されています。
  また、 脳梗塞など寝たきりの病気になられた方が、 在宅で療養するためには、 訪問診療、 訪問看護が必要ですが、 在宅で療養するには介護する家族がいないとできません。 そうした家族がいないときは、 施設入所が必要となりますが、 長期療養施設の数が圧倒的に足りない現実があります。 しかし、 今すすめられている医療制度改革は、 今でも不足している療養病床を更に減らす計画です。
  2006年より、 24時間訪問体制のある診療所は、 在宅療養支援診療所と認定され報酬が優遇されるようになりました。 逆に認定されなかった診療所の経営は、 おおむね悪化しており認定されるか否かが診療所経営の分岐点となっています。 しかし、 医師の24時間訪問体制が組めても、 拘束時間の分担ができなければ医師への更なる過重労働が問題になります。 たんご協立診療所も昨年に 「在宅療養支援診療所」 の認定を受けましたが、 1人所長体制なので週70時間労働をしているのに加えて、 夜間拘束があり臨時訪問にも対応しなければならないといった状況です。

中山間地での在宅療養と介護サービス
  在宅療養では、 訪問看護は重要な役割を担っています。 以前、 訪問看護師は看護だけでなく、 リハビリなどの提供に加えて、 医療、 福祉サービスのコーディネータの役割を担っていました。 2000年に介護保険ができて、 ケアマネジャーがコーディネータ役を担うことが多くなりましたが、 今でも訪問看護は、 看護やリハビリなど含めて患者と医師、 福祉サービスをつなぐ大事な役割を担っています。
  しかし、 現状では訪問看護ステーションが、 どんどんつぶれています。 目一杯働いても人件費をまかなう報酬になっておらずなかなか黒字になりにくいからです。 とりわけ訪問件数に対して報酬が決まる現在の基準では、 住居が散在しているような中山間地での訪問看護ステーション経営はきびしくなるばかりです。 また、 このような低い報酬でも患者さんの利用料は、 1-3割の自己負担で、 その額は、 月に数千円になります。 そのため、 訪問看護が必要と思われる場合であっても、 経済的理由から利用できないということも多くみられます。 ねたきりや重度の障害を持つ人が、 訪問診療を受けるときは医療費の減免制度があるのですが、 訪問看護にはそうした減免制度もありません。 自己負担を減免できるようにしないと、 在宅療養は広がらないと思います。
  また、 介護保険が2000年からスタートしたことで、 地域の福祉状況は一変しました。 うまく機能している部分もありますが、 施行前から保険あってサービスなしとの指摘がありましたが、 今そのことが現実になってきています。 実際、 改定のたびに介護認定が厳しくなり、 予防介護のうたい文句で導入された 「要支援」 は、 結局はサービスを削る理由になっています。 また、 利用時には必ず1割負担があり、 利用したくても介護サービスが受けられない人も出ており、 ここでも格差が生まれいます。そして、 低すぎる介護報酬も問題で、 特に、 訪問介護、 ケアマネージャーはいずれも重要な役割をしめているのにも関わらず給料が低すぎて離職率が高くなっているのが現状です。

私たちがめざさなければならない改革は・・ 
  今の医療制度改革は、 医療崩壊につながるものです。 財政問題を理由に高負担、 低医療・低福祉となり、 現状は危機的です。 医療費を減らすということは、 今の医療の質を悪くするということで、 もう一度、 一から税金の使い方を見直すことが必要です。
  病気になったとしても誰もが安心してかかれる医療制度をめざして、 医師、 看護師の数を増やす政策への転換、 診療報酬や介護報酬のアップ、 訪問看護や介護保険利用料の減免制度の導入などが求められます。
  それらの財源としては、 保険財政への国庫負担を元に戻すこと、 無駄な公共事業費の見直し、 いわゆる思いやり予算の削減、 所得税の累進緩和を元に戻すことなどが挙げられます。 また、 これからの未曾有の高齢化社会では、 税金の使い方の見直しと合わせて医療、 福祉に関連した新たな雇用や収入を生み出すことで経済が回り、 決して 「医療費亡国論」 の言うように医療費で国が滅びることはないということも、 つけ加えておきたいと思います。

やりがいを感じる瞬間・・・
  このように、 中間山地での地域医療活動は、 都市とは違う困難も抱え、 その仕事も激務ではありますが、 それでもこの地域の医療に携わることでよかったと思う瞬間があります。
  昨年、 末期がんの方を住みなれた家で看取ることがありました。 多くは本人が聞いたら落ち込むだろうからという理由で病名告知をうけていないのがほとんどです。 しかし、 本人としては、 病名を知りたい方が圧倒的に多いのです。
  今回、 担当した方もガン末期で、 家族の希望で病名は伝えられていませんでした。 ご本人を診察した上で、 病状についてどこまで知りたいと思っているのか、 これまでの人生などを考慮して、 家族と告知するかどうか納得のいくまで話しあった結果、 告知しないことでエネルギーを費やすより、 本人の療養を第一に考えるということで病名の告知を行いました。
  その日から、 本人の希望、 安楽を第一にケアを提供する方針としました。 途中、 半身麻痺、 飲み込みにくくなる発作がありましたが、 なんとか症状を緩和し、 安楽に過ごされ、 亡くなる前日まで好きなアイスクリームなどを食べることができたようです。 その方とかかわった間に、 学会発表のために東京へ出張しなければならないことがありました。 もちろん、 急な変化があれば、 緊急に戻ることを考えていましたが、 ご家族の不安は強かったとは思います。 しかし、 ご家族は快く、 「勉強に行ってきてください」 と送り出してくれました。 短い関わりでしたが、 その信頼を寄せてくれた一言がとても嬉しかった思い出です。