『協う』2008年2月号 特集1

特集 「医療制度改革」 と地域医療を考える
「医療崩壊」 という言葉に象徴されるように、いま、日本の医療は危機的な状況にある。救急医療体制の不備や医師不足による事故が連日のように報道される一方で、 地域によっては 「病院がなくなる、 医者がいなくなる」 という事態も進行している。
この間の医療費抑制政策のもとで、受診時の本人負担割合の増加や診療報酬の度重なる改定が進み、 加えて、 この4月からは、 初めて年齢で保険制度を区別するという 「後期高齢者医療制度」 もスタートする。 また、 いまの社会状況のもとで、 国民健康保険料が払えない人々が増え、 「健康保険証の取り上げ」 も社会問題化している。 こうした現実は、 医療を受ける側にも診る側にも大きな不安と困難をもたらしている。
  今回の 『協う』 特集では、 四半世紀以上にわたって進められてきた 「医療制度改革」 の結果、 日本の医療、 とりわけ地域医療の現場が今どうなってきているのか。 それを、 日々地域医療の第一線で奮闘されている方々の体験と声をとおしてみることにした。 この企画が、 格差社会といわれる状況のもとでの地域医療の現実への理解を深め、 生協や非営利組織の役割や可能性をも視野にいれながら、 よりよい医療と医療制度にするために何が必要なのかを考えるための一助になればと思う。

座 談 会  医療現場の今と医療制度の望ましい方向性

 医療事故や救急医療体制の不備による事件などが報道されるたびに不安が増す日々だが、生活の身近にある医療の現場では、どのようなことが起こっているのであろうか。
  ここでは、日頃は地域医療の第一線で活躍しておられる医師のみなさんにお集まりいただき、普段は一人の市民、患者としてしか見られない「医療の現場」で起きていること、医療従事者が直面している問題を縦横に語っていただくことにした。また、望ましい医療と医療制度をつくるために私たちには何ができるのかという視点から、その可能性や展望についてもお話いただいた。
  
座談会出席者(敬称略)
  吉中 丈志 (社団法人 京都保健会 京都民医連中央病院長)
  井上 賀元 (同上 内科医師・医長)
  中村光佐子 (同上 産婦人科医師・科長)
  垣田さち子 (開業医・京都府保険医協会副理事長・全国保険医団体連合会理事)
  髙山 一夫 (京都橘大学准教授・現代ビジネス学部・当研究所研究委員)

 
【髙山】本日は、お忙しいところお集まりいただきありがとうございます。この間、たび重なる医療制度改革と診療報酬の引き下げが行われています。今日は、そのことが国民の命にとって重大事態につながっていくことになるという認識から、 医療の現場はいまどのようになっているのかを伺いたいと思い、集まっていただきました。 お話いただきたいテーマは主に3つです。
  1つは、いま診療の現場で起こっていることや困っていることをお話しください。特に最近、産科や内科は、「医療崩壊」ということでマスコミでも報道されることが多いので、そのことについてもお願いします。
  2つ目は、病院や診療所の経営面の問題です。一般的に「お医者さんは金持ちだ」 という認識がありますが、 いまは、むしろ「人が集まらない」 「採算割れのなかで必死にやっている」「未収金が増えている」 といった声が聞かれます。 また、今回の医療改革については、 「ぺんぺん草も生えない」と論じる専門家もいます。いま、矛盾がかなり深刻になってきているようですが、 お金にまつわる問題だけでなく、人材の確保や育成といったことも含めてお願いします。
  3つ目ですが、多分、いま直面している状況を出しあうだけでは、明るい展望は出て来ないと思いますので、今後の医療制度改革のめざすべき方向というか、 望ましい方向性について、お考えのところをお示しいただければと思います。

いま、 医療現場では 
慢性的な医師不足
【井上】いま盛んにいわれる「医師不足」について、私自身が感じていることをお話ししたいと思います。
  私は7年目の内科医で、主に臨床研修や救急医療を担当しています。 臨床研修では、 昨年は6人の研修医を受け入れしました。医療の安全を確保するために研修医と一緒に診療するのは当然ですが、 厚生労働省から 「きちんと時間を割くように」との指導もあり、通常の仕事をこなしながら行うのでかなり負担です。 その意味で、 「医師不足」 を身に沁みて感じます。
   【吉中】病院の立場からすれば、 医療安全を確保するためには医師も看護師もスペシャリストを置きたいわけです。 ところが、医師も看護師も薬剤師も臨床工学技士も、 みんな兼任でやらざるを得ない実態にあります。 医療安全化態勢に十分な費用は出てなくて、確か1ベッドあたり1日300円ぐらいと思いますが、非常に安い。医療の安全確保が大事だというのであれば、ちゃんと人を置けるような手当がなされないと、経営的にはとてもやっていけません。もうひとつの問題は、 救急、麻酔科、公衆衛生などの専門医不足です。また、家庭医など、地域医療の第一線を担う専門医は、日本では制度がないこともあって統計上ゼロという問題もあります。
【髙山】麻酔科は、大学病院でさえ足りなくて、手術室が回らない状況だそうです。
【吉中】当院でも、 救急も含めて、 府立医大から全員パートで来てもらっています。 近いからなんとかなっているような状態です。
  地理的偏在とか言われていますが、そもそも麻酔医は極端に少ない。 手術は増えていて、 10%ぐらいずつ増えていますが、 医師が確保できない。 今年は全身麻酔が800件ぐらいありそうなので、 先日、 ある公的病院を辞めた医師に雇用面接をしたら、 「自分一人でやってくれと言われても無理だし、 責任も持てない。 手術はどれぐらいありますか?」 と、 逆に向こうから尋ねてきました。たくさん件数をこなしても給料も格段に高いわけでもないし、 責任に押しつぶされるという感じですね。  
【中村】最近、 こちらが何も言わなくても、 周りから 「産婦人科は大変ですね。 でも辞めないでくださいね」 と声をかけられることが増えました(笑)。 よそでは大変だという話もよく聞きます。 私たちも平均で月10回ぐらい当直しています。私などは上の先生がみんなそうでしたから、なんとなく「そうするものなのかな」 と思って、 やってきましたが、それで行くと、 やっぱり若い人はついてこないです。
  根本的に医師の数を増やすしかないわけですけれど、産婦人科の場合、 いつ帝王切開で呼ばれるかわからないという事情があります。 帝王切開は1人ではできないので、ドクターをもう1人連れてこないといけない。 麻酔科医がいてくれたらベストですが、 実際にはいないので、自前で麻酔も全部やることになります。 そのため常に最低2人は拘束され、 土日もペアになって、 どちらかが拘束と当直をする。 翌日休めたらいいけれども、 休めなければそのまま連続勤務です。 もし何かあれば休日でも病院に出て、患者さんに丁寧に説明したり、 家族の方を呼んでもらって、 かなり話をしなければならないということもあります。でも当直では子育て中の女医さんはなるべく免除しようと思ってはいますがなかなか大変です。
  いまのところ、待遇を良くしてパートの医師を募集したので、なんとか当直のメドはついていますが、 このまま5年、 10年とは続けられないだろうと思います。幸い、ここ2~3年は事故も大きなトラブルもなく、やれてきていますが、いまの状態を保つことは大変です。  
【井上】 医学部の定員枠増という方向が出ているようですが、 医師の絶対数の確保は大前提だと思いますが、 大きな問題は定員数というよりも、 むしろ不均等化にあるのではないかという気がしています。 人が集中するところは余ったりする状況のある一方で、 足りないところは全然足りない。 その辺をうまく是正できるような方向性が必要だろうと思います。 たとえば、 産婦人科の診療報酬はもう少し手厚くするなどの工夫がいるのではないかと思います。 医学生にしても研修医にしても、 楽なほうに動くというのは同じで、 よほどしっかりしたモチベーションがない限り、 今のままでは難しいのではないかと思います。

医師養成と研修医の変化
【髙山】医師養成の問題もあると思いますが、研修医のモチベーションという点はどうですか。
【井上】モチベーションは高い人も低い人もいます。2004度の医師法の改正によって、研修医は志望以外の診療科の研修を受けることが義務付けられましたが、志望していない科を回らなければいけないとなると、やはりモチベーションが下がることがあるようです。 たとえば内科志望の人は産婦人科ではあまり積極的になれないようなことが多いのではないかと思います。
【中村】やはり義務化となると、なんとなくやらされている感じがあるのかなと思います。特に産婦人科は、 患者さんは女性しか来ないし、雰囲気に慣れるまでに時間がかかり、慣れる頃に研修が終わっています。産婦人科を志望していない人には気の毒だと思うことが時々あります。
  昨年に研修で面接した4人は、 全員5年生でした。男性1人、女性3人です。他の病院でも志望者は、 やはり女性が圧倒的に多くて9割方は女性です。 患者さん側からも 「女性の先生だから、よかった」 と言われると、 男性としては、 やりにくいのだろうと思います。でも、産科はわりあい力仕事で、 体力もないとだめなので、 男性がいてくれると助かります。また、職場が女性ばかりで固まってしまうのも、余計に男性が入りにくい環境になってよくないと思います。
  私はいま42歳で、 私の年代の医師の9割方は男性ですが、その下の30代は半々で、20代では8割方が女性です。 時代の流れには驚きますが、 若い女性医師には 「体力をつけておいてね」って、エールを送りたい感じです(笑)。
【井上】ぼくらの年代は体力的な疲れはそれほど感じませんが、 自分の方向性が見えなくなると、 途端に心のほうが疲れてしまうんですね。 それと、 患者さんのプレッシャーとか、 いろいろな部分でつぶされてしまうこともあるとは思います。
【髙山】「つぶされる」というのは、挫折して、悩むことをやめてしまうということですか。
【井上】初めは持っていた、患者さんの立場に立って考えるという意識が、多忙さのなかで薄れてしまうこともありますし、 そういうなかでミスが出てくることもあります。バーンアウトに近い状態で、うつ病の割合は、 研修医の間でも昔より高くなっています。
【中村】モチベーションの高い研修医ほど、そういう感じがします。いかにそういう人をつぶさずに、 うまく育てていけるかですね。
【吉中】私の感覚では、90年代半ばの頃はその人が自滅的に落ち込んでいくという感じでしたが、 いまはそうではなくて、 外的状況が厳しいということです。
【垣田】患者を亡くすというのは、医師の側も非常に傷つくんですね。そこがわかってもらえない。 それがいちばんつらいところかもしれません。 「よくやっていただいて、 ありがとうございました」 と、 たったひとこと言ってもらえれば、 それで救われるのですが、 そこが共有できないんですね。 特に若い研修医はそれで、 うつ状態になっていくという話を聞いています。
【中村】産婦人科 (の診療環境) は厳しくなる一方だと言われるのですが、私の場合、今のところは月10回ぐらい当直していても、 子どもさんが生まれて、 どんどん大きくなって、2人目、3人目ができて…というのが楽しみでやっているようなところがあって、 いまのところ辞める気は全然ありません。 ただ、医者と患者の関係についてはもっと寛容であってくれればいいなと思います。 特に研修医は、 昔は静脈注射で3回ぐらい失敗しても、 「今度は右手にやりなはれ」 と言われるような雰囲気でしたが、 いまは1回失敗したら、すごく怒られますからね。

患者の変化、 医療費負担の増加
【井上】最近は患者さんの 「モンスター化」 が話題になっていますが、たしかに権利意識が強くて、病状説明などの面談を設定する場合も 「その時間は仕事で行けない。 夜8時以降でないとだめ」とか「日曜にしてくれ」 と言われることが多く、 苦労しています。
  病状説明の場面でも、 患者さんの知識が豊富になってきているということもあって、しっかり時間をかけてお話しすると、 わかっていただけることが多いかなと思います。
【髙山】それは大学教育も同じで、 「授業料を払ってるんだから、ちゃんと就職させてくれるんでしょうね」 と言ってくる保護者もいます。
【垣田】医療現場でも、「医療を受けたんだから治って当然でしょう」 と言う患者さんがいます。 いままで医者は、 患者さんに 「ありがとう」 と言ってもらえたらそれでいいと思って一生懸命にやってきたわけですが、 そこまで言われるなら、 「こんなしんどいこと、 もうしない」 となってきますね。 これがいま最大の問題ではないかと思います。
【髙山】私の知り合いで、 患者さんから罵詈雑言を浴びせられた人がいて、 「他人から 『アホ、 まぬけ』 なんて言われたのは初めてだ」 と言っていました。 とてもショックだったようです。 いずれにせよ、 医療の場での教育という意味では、 患者の教育と若い医師への教育があるようですね。
【垣田】以前、 ある研修医のお母さんから 「患者さんから暴行を受けた」 という相談を受けたことがありました。 また、 先日、 あるテレビ局から京都府保険医協会に、 「患者から医師・医療者に対するパワーハラスメントの特集を組むので事例を教えてほしい。 東京には事例は多いが、 名前を出せる人がいない」 という連絡があって、 いくつか当たってみましたが、 やはり病院としては出したくないということでした。
  また、 患者さんの中には保険証ではなく 「資格証明書」 しかない患者さんもおられます。 私の地域では少数ですが、 皆無ではありません。 前にも、 28~29歳の男性の患者さんですが、 いつも来られていたご両親に連れられていらした時にはもう末期ということもありました。 貧血がひどくて、 「よくここまで放っておいたね」 と言うと、 「失業中で保険証がない。 お金がない」 ということでした。 すぐ第二日赤に送りましたが、 2カ月ほどで亡くなられましたね。
【吉中】ある診療所の小児科で、 「お金があまりないけど、 かかれるか」 とおっしゃるので、 「乳幼児医療費の助成制度があるので、 それで受けられますよ」 と言うと、 「うちは国保で、 保険料が払えなくて、 資格証明書を持っている」 ということでした。 資格証明書だと、 乳幼児助成は受けられない、 それで若いドクターはショックを受けていました。 「制度的におかしい」 ということで交渉して、 なんとかなったようですが・・・。 ですから、 病院の未収金はけっこう多いです。 生活が苦しくなっている上に医療費の患者負担が増えたのが大きいように思います。
【垣田】そうですね。 宇治・久世医師会で 「若年者と子どもの医療実態」 についてアンケート調査をすると、 「若い人たちが 『なぜ、 これにこれだけかかるのか』 と医療内容に事細かく説明を求めてくる」 と書かれていました。
【中村】産婦人科、 特に産科は自費の部分が多いので、 お産では 「この人は○円なのに、 なんで私はこんなに高いのか、 明細書を出せ」 と言われることがあります。 若い人ほど、 そういう傾向が強いです。
【垣田】宇治徳州会の総長がうちの副理事長なのですが、 出産したあと払わず逃げていく人が多いらしいです。 産科の未払いですね。
【中村】うちは、 民医連 (民主医療機関連合会) の病院だからというのもあるけれども、お金をもっていない人も多いので、 最初の妊婦健診のときに 「これだけ要るんですよ。もし心配だったら言ってくださいね」 と言って、 次の妊婦健診にもすべて申し送りしています。ですから、ここ5年で未収金はかなり減ったと思います。 お産は、 取りはぐれたら保険も何も入って来なくてゼロですから大変です。
 
救急医療の現場では
【髙山】少し前ですが、 奈良で救急の妊婦の 「たらい回し」 が大問題になりましたが。
【中村】あの話は、 患者さんが妊婦健診を受けていなかったことがわかった途端、下火になりましたね。
【垣田】彼女は1回も妊婦健診に来ていないわけで、 それを 「ハイハイ」 と引き受けることはできない。あの問題には妊婦検診を受けていない、 あるいは、 受けたくても経済的事情から受けられない、といった背景があるのに、マスコミはそれを言わない。
【吉中】ただ、 交通事故のたらい回しについては、当院でも外科医がいる場合と整形外科医がいる場合があって、外傷にもいろいろあるから、 一般外科医が「受け入れられる」 と思う場合もあれば、「やっぱり整形でないと」と思う場合もあるし、 その逆もある。 だから、「どんな患者さんでも受け入れますよ」 と言いたいけれども、 なかなか言えないということがありますね。 また、 外来が混んでいたりベッドがなかったりして、実際に難しい場合もあります。
【垣田】よく言えば、「専門医のいる、ちゃんとした病院に運んであげてください」 ということです。でも、みんながそれを言い出したら、救急患者の行くところがなくなるわけで、 それならばと、次善の策であっても命を助けるためにやってきたわけです。しかし、やった挙げ句に 「なぜ専門医が診なかったのか」と言われる。その繰り返しでずっと来ているので、いまは医者の側が防衛していますね。
【吉中】院長の立場としては 「受け入れよう」 と言いたいけれども、スタッフの側からすれば「いや、 それは送られても…」 ということもあるでしょう。 無理強いはできないし、無理強いすれば職員の満足度は下がって、 その結果、 退職も増えるという悪循環になるわけです。そういう事態に追い込まれているのは事実です。
【髙山】病院をマネジメントする立場からいえば、それは患者の要求水準と実際にできる対応との板挟みですね。
【吉中】そうです。当院もずっと赤字続きで、最近ようやく黒字の月も出始めてきましたが、 病院長は板挟みになるし、 何かあれば謝る係ですから、臨床の医者で病院長をやりたい人なんて、いまはいないと思います(笑)。

医師が防衛的に
【垣田】最近、医師が患者に対して防衛的になってきているということを感じます。いまは説明時間もすごく長くかかる。 開業医のレベルですら、治療方針を決めるときも家族に来てもらって、「こういうふうにやりましょう」 と話さないといけない。医療機関に検査を送るときにも家族を呼んで所見を言っておかないといけない。 それは患者が納得しないというより防衛です。訴えられるようなレベルではなくても、事故やトラブルは出さないようにと思うので、 「当院で検査した結果はこうですが、 どこの病院にかかりたいですか」と聞いて、「どこでも先生におまかせします」 と言われたら、 選んだ理由をお話しして、 その病院に送ります。
  もともと私たちはそういうふうにやってきたのですが、 以前は 「いいです。 もう先生に全部おまかせします」 と言ってもらえる率が高かった。それが最近はお互いにけっこう突っ込んでお話しするようになりました。
【吉中】お金がかかるのに加えて、 医療安全や医療事故に対する考え方が厳しくなっているということがありますね。
【井上】何らかの医療行為をした状態で不幸な結果となった場合、 どうしても医療側の責任という形になりがちですので、 下手をすると医療が後退して、あまり無理をしてまで手を出そうとはしなくなってしまう。 それが一番怖いし、 そういったことが救急の受け入れ拒否にもつながっているのではないかと思います。
【髙山】責任という点では、 産婦人科は、 福島では帝王切開手術を受けた女性が死亡した事件で、産婦人科の医師が業務上過失致死と医師法違反の疑いで逮捕されるという事態も起きています。
【垣田】あの事件は衝撃的でしたね。 あの事件はまだ係争中で、 告訴理由がだんだんあやふやになってきて、鑑定に出る医師がいなくて、検察庁は困っているそうです。 でも、 医療団体側はすべて動いて、県医師会も日本医師会も意見書を出しました。誠心誠意尽くして、それで刑事事件だなんて言われたら、医療なんて怖くてやれないですよ。 特に立件した刑事が県警から表彰されたので、一段とカーッとなったようです。
【中村】立件した刑事は配置換えになって、いまは別の刑事が担当しているらしいですが、 モチベーションが下がっていて、 かといって告訴を取り下げるわけにもいかないので困っているらしい、 という話は聞きました。
【垣田】医療側としては、本当に許せない話ですし、特にいまは「医療に関連した予想外の死」 はすべて届けるということを法律化しようという動きがあるんです。
【吉中】届出義務にして、病院が最終的に責任を持つということです。 病院としては必ず警察に届け出なければならないということです。 そうしなければ、 たとえば院長である私が訴えられるわけですから。
  ある新聞で雨宮処凛かりんさんが 「フリーターにしてもワーキングプアにしても、いまの社会は足を引っ張り合う構図になっている」 と書いているのを読んで、結局、それが医療機関にも広がっているんだなと感じました。医師も患者さんもお互いに足を引っ張っている。彼女は 「それがいまの社会の特徴だけれども、そこから彼らの新しい信頼が生まれるかもしれない」 と書いていました。競争社会で歪みが出ている状況がありますから、「そこから新しい何かが生まれる」 という彼女のメッセージは妙に新鮮に響きました。
【垣田】みんな、「いまの世の中おかしい」「ちょっと変になってきている」という感じは持っていますね。

病院・診療所の経営、後進の育成、人材の確保は
病院の経営と後進の育成
【髙山】大きな2つめのテーマは経営面です。お金に関わることだけでなく、後進の育成や人材の確保なども含めてお話いただければと思います。
【井上】研修医の確保という面では、 最近は6人前後です。 それまでは多くても5人、通常は2~3人でした。ずっと以前から臨床研修の下地をつくり続けてきた成果が、 やっと実を結んできたのかなと思っています。
  われわれの理想とする研修指導は、 1年目の上に2年目がしっかりしていて、 その上に3年目がいるという、 いわゆる屋根瓦式だと考えています。内科を選択する医師は、 患者さんのニーズに対応するほどには増えていないという状況です。 外科・小児科・産婦人科・救急といったところは医学部時代も含めて希望せずに、 比較的楽だ、 といわれるところに流れる傾向もあります。
  医学部の定員は同じだそうですが、女性の割合が増えていて、その分 「フル」で働ける人の割合が減っているので、 内科の第一線で働いている人は昔より減っているのではないかという印象を受けています。
  中村先生がおっしゃったように、私たちがモデルにならなければいけないのですが、なかなか「ついて来い」 とは言い切れないし、「受け継ぎたい」と思われるような医師モデルをつくりあげることができていないというのが実感です。
【吉中】研修に関して付け加えると、 当院では模擬患者さんにも指導に協力してもらっています。
【井上】模擬患者さんは、 ボランティアで、 主に研修医の客観的能力試験(OSCE)に協力していただいています。 この試験は、たとえば 「胸が痛いという患者さんが来ました」という想定で、研修医が一連の問診などをして診断を下すのですが、その患者役を模擬患者さんに演じていただき、研修医が医師役で、 それを指導医が評価をします。 さらに研修医も自己評価もするし、模擬患者さんからも評価をしていただいてフィードバックをするという形です。この形はもう7年ぐらい続いていて、模擬患者さんも増えて、かなり盛況です。
【吉中】お金の問題ということでは未集金の問題があります。 病院の未収金はけっこう多いです。 一部負担が払えないというだけではなくて、 いろいろなことでお金がなくて最終的に未収金になるのですが、 数千万円単位ですから経営的には非常に大きい。 病院関係の団体も言っているように、 「医療機関は健保組合から頼まれて患者から徴収しているだけだから、 患者が払えなければ、 組合から出してもらわないと困る」 というのですが、 それが医療機関に押しつけられているわけです。

開業医では
【髙山】垣田先生、地域の第一線医療という点ではどうでしょうか。
【垣田】私の場合、多くの開業医とは少し違うと思います。というのは2000年に介護保険がスタートした時期に、 通所リハビリステーション施設を立ち上げて、医療と介護の両方をやっているからです。 京都市内で通所リハビリをやっている開業医は数軒ですから特殊ケースといえるかもしれません。
  やってみて苦労はしていますが、開業医だけをやっていたのでは見えなかった部分もあります。 開業医は受診された患者さんと外来で会うだけですが、介護施設は24時間接することが多いので、ケアマネジャーも自前で持って、 相手の生活を全部みていかなければいけない。その意味では、 おもしろいけれども、職員が多いので、経営的には赤字で大変です。 だから、銀行と話すときは「こんな頑張っている病院施設をつぶす気ですか?」と、理念から話さないといけないんです。
  介護報酬は本当に低いし、医者の立場としては、こうした施設のあるところで嘱託医をして、大変だったら「先生、 頼むわ」と言える立場で働けたらと思います。でも、国がめざす方向はこれなので、私のところはその先端かなと思いながら頑張って、在宅往診もやっています。
  でも、 よく考えると私にはお金が全然ない。 今年60歳ですが、「自分の老後はどうするの?」と思います。 本当に開業医は 「まじめにやればやれる」 という世界ではなくなっています。 患者さん付きで家を継承して、家も土地もある人はそれなりにいけるでしょうが、 借り入れしながら経営するのは本当に大変です。いま医師も、病院勤務から開業指向になっていますが、 彼らはどうやるんだろうと思いますね。
【中村】私もそう思います。 開業するとなると、やっぱり1億円はかかりますから…。
【垣田】だから、「開業医は儲かる。 お金持ってる」 ってよく言いますが、 どこの世界の話かなと思います。
【髙山】診療科によってもバラツキがあるし、儲けている先生もいるのかもしれません。
【垣田】それはおそらく20年くらい前までの話でしょうね。耳鼻科や眼科、特に耳鼻科は一つずつの医療行為の点数が低いので本当に大変ですよ。 診療報酬が少し上がってホッとしたら、次期改定でガタッと下げられる。総枠が上がらないなかで、イタチゴッコです。
  みなさん、「開業医は楽をしている」 とおっしゃるけれど、 私も今日はいままで認定審査会をやっていましたし、一般診療は午前中全部を使うし、京都の場合は6時から8時までの夜診があるし、その間に学校保健医、市民健診、胃集検、 乳がん検診、介護認定審査会、産業保健医等々ありとあらゆる仕事があって、保健所に頼まれた講演もある。 みんな、それをやっているわけで、 京都府の北丹医師会の場合なんかは、 それを11人の開業医で全部やらなくちゃいけないんです。「もう大変や。 誰でもいいから来て開業してほしい」と言っていました。 先日も、北丹医師会の懇親会に行ったのですが、 京都府の峰山では20年前に33軒あった診療所が、いまは11軒だそうです。しかも、その11軒のうちの3人の医師は80歳過ぎなので、 実質は8軒です。 南部の笠置町も開業医は1人で、介護保険事業も、他にやる人がないからといってケアマネジャーも置いてやっています。 とにかく京都府の北と南は大変です。

医療改革の望ましい方向性
【髙山】 「上医は国を医 (いや)す」 という格言がありますが、このおかしな社会をどう治療するかも含めて、 医療改革の望ましい方向性というテーマに話を移したいと思います。
  経営、 格差社会、医師のモラル、患者のモンスター化等の問題が出てきましたが、 それをどうしていくのか、 部分的改良も含めてお願いします。 それと、 民医連の場合、 地域に支えられている部分が大きいと思いますが、 それは生協とも似ています。生協の場合、 組合員が直接、 出資して運営するという違いがありますが、 地域住民が支えているという意味では同じような事業特性やビジネスモデルを持っていると言えますし、 開業医もいろいろな課題で地域に出ておられると思います。くらしと協同の研究所の運営委員としては、 医療を見る場合、 地域とのかかわりを重視するのですが、 それも含めて、「国を医 (いや) す」 方向性についてお話ください。

もっと税金を医療に回すことと合わせて
【吉中】医療・福祉・教育にもう少しお金を回さないといけないというのは間違いなくそう思うのですが、 問題はその回し方です。 税金から回すということはもちろんですが、 非営利事業という枠組に対して 「企業の社会貢献」 という仕組みをもう少し取り入れる方法もあってもいいのではないか。 これは、 アメリカ型ですが、 そんなやり方も入らないのかなと考えたりします。
  その場合、 医療機関に寄付すれば課税が免除されるといった仕組みなどですが、 日本の医療機関は複雑で、 病院の場合、 たとえば三菱京都病院は株式会社ですし、 生協その他いろいろな経営体があります。 したがって、 それぞれの状況に応じて税控除の比率を変えたりするなど、 格差を是正する仕組みとして、 ワンパターンではない、 いろんな方法を考えたほうがいいのではないかと思います。
【髙山】 フィランソロピーはあってもいいですね。 アメリカのメイヨークリニックも、 「この建物はどこそこからの寄付で」 という感じです。
【中村】 周産期 (妊娠後期から新生児早期) 医療の現場では、 早産などでNICU (新生児集中治療室) が必要なケースでも、 東京や大阪は大変で、 20カ所ぐらい電話しても、 どこの産科も取ってくれないということがざらです。 でも、 聞いた話によると、 京都は、 市内に住んでいるお母さん方が頑張って、 第一日赤にNICUの大きいのを建てて、 ネットワークを組んで、 5年ぐらい前から 「とりあえずまず最初は何でもそこに送れる」 という状況をつくりました。 おかげで母体搬送にかける手間がすごく楽になったと。 昔は滋賀県や大阪や、 果ては神戸まで電話して、 「まだ取ってくれない」 という状況だったそうです。
  その代わり第一日赤は、 産科当直医を2人配置しています。 しかし、 再搬送になった場合は当直医のうち1人は救急車で出て行くから、 「何か起きたら自分が全部やらなければいけない。 帝王切開になったらどうしよう」 と、 救急車を出すときも、 かなり冷や冷やしながら送っているようですが、 第一日赤が、 かなり頑張ってやってくれるので、 われわれ二次的医療機関は本当に楽になりました。
  その仕組みをどこからつくってもらうかといえば、 患者さんから言ってもらうのが一番だと思うし、 そのためには 「いま、 こういう状態で困ってるんだ」 ということを私たち医師が言わなければいけないのかなと思いますね。
【吉中】 たしかに 「第一日赤で実現した」 という実績というか歴史がありますね。
【中村】 あれはトップダウンでできたのかなと思っていましたが、 話を聞くと、 周りからの母体搬送受け入れ機関増設の請願があって、 初めて京都府が決断したそうです。
【垣田】 京都の医療界は、 ほとんどが京都府病院協会、 京都私立病院協会、 京都府保険医協会などに入っていて、 わりあい強い連携が成り立つので、 それはすごく大きいですね。 だから、 母体の搬送先を30軒以上も探し回るなどということは京都ではあり得ないと思います。 医者同士が比較的よく顔を知っている、 というのは大事ですね。
【吉中】 たしかに顔が見えるサイズの都市ではありますね。 今日も第二日赤の脳外科から 「なんとか回復期の患者さんを取ってもらえませんか。 救急が回らなくて困ってるんです」 という電話があったのですが、 そういうやり取りはけっこうできていて、 困ったときはお互いにそうやって乗り切っています。

患者と医療従事者が 「ともに進める医療」 へ
【髙山】 民医連の病院に入ると目の前に 「患者様の権利章典」 とその横に 「民医連綱領」 がありますが、 「患者様の権利章典」 についてお話いただけませんか。
【吉中】  「患者様の権利」 を掲げたのは、 医療機能評価を受けたことがきっかけです。 正面に病院の理念を掲げて、 患者さんの権利についてもちゃんと掲げることにしました。 医療生協の 「患者の権利章典」 は9項目だったと思いますが、 当院は10番目に 「医療を一緒に進めていただく権利があります」 という項目を加えました。 医療を一緒に進めることは、 お互いに対する権利になるから、 お互いに対する義務も発生する、 という意味です。
【髙山】 「患者様」 ではあるけれども 「お客様」 ではなく、 「一緒に進める」 という関係ですね。
【吉中】 パブリックな定義としては、 それでいいだろうと考えています。 つまり、 日常診療のなかでの患者の呼び方は 「さん」 にして、 最終的には人間的に対等な関係を築いて医療をすすめるということです。  
【垣田】 日本の保険医療は 「施し」 ではないので、 理念的には自分たちでお金を出して運営している生協組織と変わらないはずなんです。 政府の 「施し」 ではない、 自分たちの制度ですから、 その制度を責任を持って育ててほしい。 そこが民主主義の出発点ではないかと思います。 ここ数年、 医療はさらにひどくなることが予想されるし、 自分たちの制度だという意識がもっと出てこないと、 もっとだめになるだろうと思います。
【髙山】 日常診療のなかでは、 「おまかせします」 になるのでもなく、 また、 消費者として 「良きに計らえ」 となるのでもない、 という意味ですね。 その意味では、 「患者の権利章典」 の10項目目はとても大事ですね。
【吉中】 患者さんが運営や経営に参加している医療機関はないし、 たぶん一般にはそういう感覚は少ないかもしれません。 当院の 「友の会」 の会員さんにもまだそういう感覚はないでしょう。
【髙山】 アメリカのように、 たとえば診療科について住民にアンケートを取るとか、 戦略的な面まで含めた参画ということは考えられますか。
【吉中】 そうした面では、 すでに法人の意思決定の場には地域の人が半分ぐらい入っています。 法人の社員としても、 理事会としても、 地域の人が入っています。 ただし、 その人たちへの教育や訓練もないし医療機関は複雑だからわかりにくいです。 たとえば土地の購入など、 大きな意思決定は住民の皆さんも参加してもらって行います。 そうすると、 当院から離れたところにいる人からは、 「なぜ中央病院にばかりお金をつぎ込むのか」 とか、 いろいろな意見が出て、 かえって地域の反目を買うような場面もあります。 でも、 地域の人に入ってもらったり理解してもらう努力は必要だと思っています。
ただ、 それをするためには手間ひまをかけないといけないので、 いまのように速く動かないとだめな時代に合わないことがあります。 例えば、 土地などの投資物件の場合、 物件が出たら即決というパターンが多いですから、 速さという点では後れをとります。 非営利の経営の質をあげていかなくてはなりません。
【髙山】 マネジメントに地域住民が参画するというのは、 おもしろい考え方ですね。
【吉中】 地域の方々のなかには中小企業で苦しんできたという人もおられますから、 そうした経験を生かしてもらいたいと思っています。 ただ、 大きな会社の幹部だった人はいませんので、 そういう人にも参加してもらうことができれば更にいいと思っています。

生協と医療機関の連携
【高山】 医者と住民・患者が一緒に地域の医療を創りあげていくということが求められている時期にきているように思えます。 そこで購買生協に期待することも含めて、 最後にひとことずつお願いします。
【吉中】 いつも生協にはお世話になっていますが、 生協の班・店舗とわれわれ医療関係者は接点がほとんどないことが残念ですね。 医療懇談会や学習会に呼んでもらってもいいし、 来てもらってもいいので、 そういう機会を増やせば、 何か一緒にやろうという話にもなるのではないか。 われわれも健康まつりや学習会をやっているので、 病院関係者だけでなく、 生協の人たちにも呼びかけて…というふうに、 もっと接点が増えたらいいな、 そこから何かが生まれるのではないかと思います。 まず、 お互いにいろいろと話をしてみないと始まらないような気がします。
【垣田】 市民の皆さんは、 健康や命や病気についてもっと勉強してほしい。 自分の健康は、 自分で責任を持って守る。 これは大事なことで、 基本だと思います。 それから、 医師の仕事は本当にしんどいんです。 時には、 死と隣り合わせの不確かな相手のために一生懸命にやっているのだから、 その辺りをもう少しわかってほしいと思います。
【井上】 私も生協と一緒にやっていきたいと思いますが、 救急を担当しているので、 救急の講習会を一緒にできたらと思います。 病院外で急変して心停止になった場合、 病院に運んでからどんな処置をしても、 ほとんど変わりがなくて、 病院外での応急処置が本当に大事なんです。 最近、 公共的な施設にはAED (自動対外式除細動器) が置いてありますが、 いま民医連も含めて救急の講習会に力を入れていています。 保育園などいろいろなところに出かけていますが、 ぜひ生協の人たちとも一緒にやっていきたいと思います。
【中村】 最近は赤ちゃんをつくらない若者が多いという話を聞きます。 また、 できちゃった結婚で、 「赤ちゃんができたけど、 仕事や育児をどうしようか」 と慌てる若い人も多くいます。 私はいつも 「子どもを持ってよかったと思えるような社会は、 どうすればつくれるのかな?」 と考えるんです。 託児所や乳児保育ができる場を増やしてあげると、 未来のお母さんももう少し余裕ができるだろうし、 家庭をつくるときも医療や学校教育について話ができるような催しや場ができればと思います。 生協の組合員さんは、 子どもさんを持っている方の割合が多いと聞きますが、 いわゆる 「お母ちゃんパワー」 で、 いろんな要望が上がってきたらいいなと思います。
【髙山】 受け皿として、 非営利・協同セクターという点では、 購買生協も医療生協も民医連も同じセクターだと思いますので、 もう少し接点を増やすということですね。 ありがとうございました。