『協う』2008年2月号 生協・協同組合研究の動向
非営利・協同における今日の研究対象と課題
竹野 ユキコ 非営利・協同総合研究所 いのちとくらし 事務局
「非営利・協同総合研究所いのちとくらし」 は名前が示すとおり、 その守備 (攻撃) 範囲が広い。 協同組合だけではなく、 NPO、 アソシエーション、 共済組織など、 いわゆる社会的経済・連帯経済セクターに軸足を置き、 人びとの 「いのちとくらし」 の問題ならなんでも取り扱うという 「よろず屋」 的な存在である。 なかでも医療・社会サービス分野における非営利・協同セクターの役割の解明に力を入れている。 そんなわけで、 最近の取組みについて若干の紹介をしたい。
『日本の医療はどこへいく』 と地域医療の議論
2007年9月に角瀬保雄理事長監修のもと、 初の単行本 『日本の医療はどこへいく― 「医療構造改革」 と非営利・協同』 (新日本出版社) を出版することができた。 企画当初は 「医療の 『市場化』 と非営利・協同」 をテーマに検討を始めたが、 医療の仕組みを確認した上でないと医療をめぐる 「市場化」 の問題点がぼやけてしまうのではないか、 2006年医療制度改革は医療へのアクセス制限や医療格差を増大させることにつながる歴史的転換点となる大きな危機ではないかとの認識から、 明治以降の日本の医療制度整備過程を振り返りながら医療に求められる公共性・社会性を再確認し、 海外の事例を参考にしながら今後の進む方向を見すえた問題点を提起したものである。 ページ数制限などから外したテーマもあるが、 日本の医療の到達点や医療構造改革の問題点、 海外との比較を含め、 日本の医療が目指す方向性を考える契機となったのではないか。
また医療格差、 健康格差といった問題の前に、 当研究所では2006年3月にワーキンググループ報告書No.1 『公私病院経営の分析― 「小泉医療制度構造改革」 に抗し、 医療の公共性をまもるために―』 を発行している。 これは設立形態ごと (国立病院、 自治体病院、 済生会、 厚生連病院と労災病院、 民医連) の病院経営の分析を損益状況について行ったものであり、 限定された資料の範囲ではあるが、 具体的に比較したものである。
地域医療の現状については、 八田英之論文 「千葉県に見る地域医療の危機」 ( 『いのちとくらし研究所報』 20号、 2007年8月刊)で、 医師不足や医師偏在などがあった上に公立病院再編成が引き金となり、 診療休止や救急業務停止にいたる様子が述べられている。 医療体制が次々と崩壊する経緯に千葉県も対応策を講じ、 住民の手による学習会や懇談会の開催などが始まっているというが、 この危機をどう乗り越えるかはこれからが正念場といえる。 千葉県の地域医療に関連しては、 2008年2月2日、 長生郡ちょうせい市の地域医療をよくする会主催の 「地域医療を考えるシンポジウム」 で、 当研究所高柳新副理事長が基調講演を行なった。会場からは今回のみではなく継続して話し合う場の要望が出ていた。 行政、 開業医、 公立病院関係者、 地域住民の一体となった取り組みの今後に期待したい。 また今年度当研究所の研究助成として 「日野市における地域医療の現状と日野市立病院改革の方向 (一市立病院改革から見えてくる日本の公的医療のあり方) 」 などの共同研究が採用された。 公立病院存続再生方法をめぐって、 非営利・協同的手法を公的一本やり、 営利化一本やりに対置できるかどうかが問われることになる。 これが有効な研究事例となることを期待している。
「非営利・協同」 研究の促進
『いのちとくらし研究所報』 18号 (2007年2月発行) の座談会は、 「非営利・協同入門」 シリーズのまとめと位置づけて行われた。 ここではシリーズを始めた2003年以降の非営利・協同の広まりの評価と今後検討すべき課題が数多く出されていた。
そのなかで提起された内容をふりかえりたい。
非営利・協同の理解を広めようと始まったシリーズ第1回は、 角瀬理事長による 「非営利・協同とはなにか」 であり、 理念としての非営利・協同、 経済主体としての非営利・協同、 経済セクターとしての非営利・協同、 非営利・協同の課題、 非営利・協同と労働についての解説であったが、 その後、 運動も法制度の変化も大きくなった。 安上がりに利用しようとする行政や 「市場」 で競合する営利企業に対して、 非営利・協同組織間の協同を強化し発言力を高める必要があるし、 非営利・協同という考え方を現実問題と対応させてどう見るかということが大切になっている。 そのためには非営利・協同の運動によってどのような社会を作るのかという社会像を明確に持ち、 住みよい社会を実現させるためにはどのようなプロセスをたどるべきかを考える必要がある。
社会はさまざまな人びとがさまざまな関係を取り結んで作る実体であり、 コミュニティを基礎にして生じる組織でもある。 コミュニティを守ることが生活、 生命を守ることになるのであり、 非営利・協同組織はそのためにある。 非営利・協同と社会保障の関係も深める必要がある。
非営利・協同には、 制度が整備されないままでは低賃金の 「第2の労働市場」 として使われてしまう恐れがあるとの批判もあるが、 法律を活用し発展することにより既存の市場メカニズムや企業文化を変えていく力にもなる。 また営利企業と対抗して市場の中で発展するためには、 税制面での優遇、 非営利・協同の金融機関による資金調達支援が望ましいが、 これらを作り出す機運を作るためには、 まずは様々な既存の法律を非営利・協同の陣営が活用し、 様々な形態で様々な試みをすることが必要であろう。 権利の主張だけではなく責任を共有しながら企業を起こし、 リスクを引き受けることが人びとに定着すれば、 個々には弱い立場であっても連帯することで大きな力を作ることが出来る。 そのためにはネットワークの核となるものが必要である。 社会的企業という考え方の広がりがその点で重要だと考えている。
非営利・協同セクターと労働の問題もテーマの1つである。 労働組合運動は家族をどう守るのかという視点をもって地域の問題を扱い、 自らを非営利・協同セクターの勢力と認識できるか、 また労働や経済を社会化することができるか、 個人と市場だけしか存在しないと新自由主義的な意識を持つ人に対しても非営利・協同セクターについての認識を社会に広げるためにどのようなアプローチが有効かを考える段階に来ている。 現代的な連帯の仕組み、 将来にわたる具体的な像を示す必要がある。 これらを作り出すことが研究所の課題と言える。
今後の課題
『日本の医療はどこへいく』 について、 『いのちとくらし研究所報』 21号において青木郁夫先生から書評をいただいた。 国民皆保険の評価、 新自由主義への対抗軸としての非営利・協同、 福祉への視点など、 ご指摘のあった点を第2弾・第3弾と発表することが出来るよう、 今後の研究活動に活かしていきたいし、 議論を重ねたい。
今後の研究対象としては、 大きく2つがあげられよう。 1つは医療・福祉をめぐる研究であり、 医療事故をめぐる問題、 公益法人問題と非営利・協同組織医療機関の今後をどうとらえるかなどについても、 国内と共に海外事例の紹介なども通じて行っていきたい。 病院経営分析の第2弾、 労働をめぐる問題、 介護と看護、 患者・利用者などの共同組織と医療従事者との協同などもあげられる。 もう1つは日本における非営利・協同セクター発展の可能性を追究することが必要であろう。 人びとの助け合いから始まった共済と保険業法との問題、 社会的企業の市場における営利企業との対抗や資金調達問題、 子育てにまつわる事業、 意欲はありながら働くことが出来ずにいる人びとが働く場所を得る、 あるいは働く技術を習得するための場所作りなど、 営利セクターや公的セクターへの一任では解決しえない問題を解決する手段となりうるのか、 また社会的認識を拡大することができるのか、 多くのテーマが考えられる。
協同組合についていえば、 最近の農協法・生協法の改正動向を見ると、 いわゆる 「非協同組合化」 「非連帯化」 の傾向が懸念される。 日本の非営利・協同セクターの一員としての役割を自覚し、 他の異なる仲間と連帯を進めるべきではないだろうか。
目指すものを同じくする組織が互いに協同することによって目的とする社会像実現へむけて活動していくこと、 多様な考え方と手法、 多様な組織が存在することを共有できるようになることが、 すなわち大きく緩くまとまる非営利・協同セクターの発展が必要ではないか。 これらを実現するためには、 研究者の提唱する理論を実践の場に伝え、 実践する人びとの声を研究者へフィードバックし、 交流する必要がある。 長期にわたる取組みと、 くらしと協同の研究所をはじめとする他の研究所とのよりいっそうの協力が不可欠であると考える。