『協う』2008年2月号 ブックレビュー1
角瀬保雄監修/非営利・協同総合研究所いのちとくらし編
「日本の医療はどこへいく」
津田 光夫 乙訓医療生協・医誠会診療所 医師・所長
わが国において「構造改革」路線、とりわけ「医療」や「社会保障」分野におけるこの路線とのたたかいは、 2006年の医療改革関連法案の強行採決と、本年4月から順次始まるその実施を契機に新しい段階に入る。「医療費適正化」 の名目で組み込まれたさまざまな医療費削減の仕組みが稼動し始め、患者・国民の生活には負担増が直撃し、「医療格差」がさらに拡がるからである。 国際的にも評価された国民皆保険制度は危機に瀕しているという認識は広く医療関係者に共有されるところであり、 「医療崩壊」の言葉もマスコミを含めて定着しつつある。本書はそうした日本医療の現状を分析し、 将来進むべき方向を示唆する医療者と研究者のひとつの到達点を示している。
本書の中でも紹介された、 医療を国民の手に取り戻すために医療者のかかわる運動団体はいくつもあるが(それがまた日本の医療の特徴でもあるのだが)なかでも、全国保険医団体連合会(保団連)は 「構造改革」の対抗軸として、日本国憲法第25条を中心にすえた運動をすすめ、 2001年にはそれらの成果をふまえた提言を出した。 もちろん 「基本的人権」 がそのキーワードであった。
本書の著者たちは「非営利・協同」というキーワードを 「医療構造改革」 に対置した。 日本の医療機関が歴史的に民間中心に展開せざるを得なかった経過、政府はこれを「管理」することでその責任を偽装してきた経過が解き明かされ、 その中でも住民本位の立場で苦闘してきた病院・診療所などが、いわゆる「公的病院」も含めて「非営利」原則を貫いた医療運動の歴史を丁寧になぞっている。医療者が患者・国民とともにたたかわなければ命を守れないこの国の医療運動史から見れば、 旧厚生省・厚生労働省の採ってきた政策こそ明らかに「失政」というべきとの指摘は正鵠を得ている。 そして今また政府・与党は、 「健康の自己責任」を声高に主張しながら医療の営利化・市場化を進めようとしている。
経済のグローバル化はそれ自体の抱える問題は置くとしても、医療の高度化、人口の高齢化そして情報の国際化などともあいまって、先進諸国の医療制度のあり方にさまざまな変化を求めている。アメリカ型の市場原理に医療をゆだねる動きにも近年反省が加えられ、マサチューセッツ州やカリフォルニア州では曲がりなりにも州民皆保険の法律が実現した。 今年の大統領選挙の争点としても注目されている。本書はしかしイギリス型の公営医療制度やスウェーデン型の福祉国家、そしてドイツ・フランス型の公的社会保険制度を紹介しつつ、 医療を市場に任せている国はほとんどない現実を述べ、 医療の公益性・公共性を担保するために「非営利」であることの必要性を主張する。また日本の医療を守ってきた中心部隊が民間医療機関であり、 開業医を含めて貫かれてきたのが 「命の平等」 をうたう「非営利」原則であったことをさまざまな数字を挙げてする論証には説得力がある。 こうして日米財界が主導する市場化の要求が世界的にも歴史的にもいかに異常であるかを突きつけている。
さて、「ストップ!医療崩壊」 などをスローガンに掲げて医療費総枠の拡大を求めた医療人たちの昨夏からの運動は、 まさに医療崩壊現象を目の当たりにした国民の支持も得ながら政府・与党に一定の譲歩を余儀なくさせたが、 この国の医療問題の根本解決には程遠い。
医療情報専門誌ばかりでなくマスコミ総合雑誌などでも「医療崩壊」への特集が組まれる現実に戻る。 医療がことほど国民生活に密着している証左でもあるが、医療者の「協同」をどのように築いてゆくかが共通の課題であろう。
本書では全日本民主医療機関連合会(全日本民医連)に属する医療機関、あるいは厚生連や生協連など協同組合方式の医療機関の果たしてきた住民との協同などの歴史的役割や意義を挙げ、ここにこそ今後の医療再建の鍵があるとの指摘もある。第1章角瀬論文にも示されるが、06年アメリカが日本政府に突きつけた「年次改革要望書」には、 医療・医薬品、 医療機器に関する市場開放や、 株式会社の診療開放、 混合診療の解禁など更なる市場化が迫られ、 それに沿った政策が4月以降に続く。 これに対する本書とわれわれの最大の処方箋はこの国の政治のあり方の国民本位への転換であるが、 国民との協同・医療人の団結が不可欠である。 「非営利・協同」の主張が多くの国民と医療者の新しい力となるように願って本書を推薦するものである。 (つだ・みつお)