『協う』2007年10月号 視角

特集テーマ:もう一度考える食のグローバル化

今、 日本の食は大きな転換期にさしかかっている。 バイオエネルギー向けの原料需要増大による穀物市場の高騰が、 食品の値上げとなって食卓を直撃しはじめた。 この特集では 「世界の食料需給の新局面」 を考察し、 畜産を切り口に日本の食の海外依存や食料生産のあり方について考えることにした。

 

グローバリゼーションの光と影

堀田 正彦
㈱オルター・トレード・ジャパン社長


  日本の食料自給率が40%を割り込む状況が続いている。
  いまや野菜から加工品まで輸入品でまかなわれている食卓が常態化している。 現在の日本の食生活を維持するには、 じつに日本の国土の4倍の面積を必要としているという。 つまりそれだけの面積を外国に借地しているから、 われわれの豊穣な食生活が維持されているわけである。
  一方、 日本の経済は、 自動車や電気製品などのハイテク工業品の輸出によって支えられている。 世界第2位を誇る日本の経済力は、 外国から農産物を輸入する見返りに自動車や工業製品を輸出するという、 資源小国日本の特性を反映したきわめて特徴的な様相を呈している。
  例えば、 フィリピンのバナナ生産農家がニッサンのトラック一台を買うとしよう。 1台の値段が2万ドルだとする。 ドールやチキータの下請け契約栽培のバナナ農家は、 1ヘクタールに2500本のバナナを植えている。 ここから年間約3000箱 (15㌔/箱) のバナナができる。 農家の売上げは1箱3.5ドル。 生産経費を除くと1.2ドルが手取りである。 ヘクタールあたりの年間収益は3.600ドルということになる。 2万ドルのニッサンを買うためには5ヘクタール強の農地で1年間バナナを育てなければならない。
  一方、 ニッサンの追浜工場は面積が240ヘクタール。 月産3万台の車を生産している。 ヘクタールあたりでは125台/月。 出荷価格を1台8000ドルとしよう。 ヘクタール当り収益は100万ドル/月である。 年間収益では1,200万ドルになる。
  3,600㌦対1,200万㌦。 バナナ対トラック。 フィリピン対日本のヘクタールあたり生産性の違いは 「3,300倍」 である。 これは 「農業」 対 「工業」 の生産対比でもある。 ここに、 農業と食料生産を外国に下請けに出して、 自らは輸出工業製品の生産にまい進する日本経済の実像が見えてくる。
  グローバリゼーション万歳!である。
  しかし、 一方のフィリピンの側からみれば、 自分たちが必要とする食料農産物はどこで作ればよいのか? フィリピンでは人口の37%が1日3食も食べられない貧困層といわれている。 農地では輸出用作物が生産されるばかりで、 国内の人々の食生活を豊かにする農業は無視され、 日本向けのバナナやアスパラやオクラ、 たまねぎなどが青々と農地を埋め尽くしている。
  フィリピンでは10人に1人が外国に出稼ぎに出ている。 国内に働く場が無いからである。 工場は外資系のものばかり。 生活に必要なものは日本や中国から輸入されるのだから国内産業は育つ余地もない。
  いま、 フィリピン政府は腎臓移植を新たな輸出品にしようとしている。 先進国からくる移植希望者に、 政府機関がドナーを斡旋し、 移植手術も行うという法律を定めたのである。 ドナーは、 スラム街に生活する生活困窮者である。 その数は多い。 労働者輸出から腎臓輸出へ。 これもまたグローバリゼーションなのか?
  豊かな者ばかりがますます豊かになる世界。
これが 「グローバリゼーション=自由主義市場経済」 とよばれているものの一方の極における実態である。
  日本でもいまや 「働けど働けど楽になれない」 ワーキングプアの人口が増え続けている。 グローバリゼーションに浮かれる巨大企業の陰で、 多くの弱者が生きる権利を否定されようとしている事実がある。 貧困は第3世界のことだけではなくなってきた。 独裁者とエリート層が富を独占していた30年前のフィリピン社会の実情に、 いま日本の社会が追いつこうとしているのではないか?
  このままでよいのだろうか? 南北の市民が知恵と力を出し合って、 このグローバリゼーションに歯止めをかける必要があるだろう。
  国境なき市民同士の互恵・平等の助け合いの方法が発明される必要がある。 経済と貿易だけがグローバリゼーションの主役であってはならないだろう。 「国境なき市民共済・互助会」 が必要なのである。 協同組合にはそれを実現するべき責任があるのではないだろうか?

  
ほった まさひこ
㈱オルター・トレード・ジャパン社長