『協う』2007年10月号 特集3
特集テーマ:もう一度考える食のグローバル化
今、 日本の食は大きな転換期にさしかかっている。 バイオエネルギー向けの原料需要増大による穀物市場の高騰が、 食品の値上げとなって食卓を直撃しはじめた。 この特集では 「世界の食料需給の新局面」 を考察し、 畜産を切り口に日本の食の海外依存や食料生産のあり方について考えることにした。
国内穀物飼料の事情 ~国内畜産の現場から考える~
鎌谷 一也 (鳥取県畜産農業協同組合 代表理事組合長)
はじめに
中国の乳牛飼養頭数 (経産牛) は、 1220万頭と、 2000年と比べて2.5倍に増えている。
(表1) 100人に1頭と、 日本とほぼ同水準の飼養規模に達しておりアメリカ・ロシアを追い抜き、
世界一の頭数となっている。
これは何を意味するのだろうか。 人間の食生活の変化も大きいが、 牛の食べる穀物の量は人間の10倍以上である。
単純に比較はできないが、 5年前の2.5倍の穀物を消費していることとなる。
さらに、 中国では現在の乳牛1頭当たりの生産乳量は日本より低い実態にあるが、
乳量を上げようとすれば、 一層の飼料が必要となってくる。
トウモロコシの飼料からバイオエネルギー原料への転換に加え、 中国での畜産事情などを考えると、
輸入飼料に依存している日本の畜産は一体どうなるのかと、 空恐ろしく思われる。
繰り返す歴史
30年ほど前、 餌の急騰で酪農危機に直面したが、 鳥取の酪農家は産直提携先である京都生協からの激励と支援で乗り切った歴史がある。
その時の酪農危機と現在は非常によく似ている。
30年前もオイルショックというエネルギー問題があり、 さらに世界的には発展途上国・第3世界の台頭という大きな世界のうねりがあった。
現在の飼料価格の値上がりは、 30年前の危機に次ぐ畜産危機といっても過言ではないが、
背景には、 やはりエネルギー問題がある。 そして同様に、 ブリックス(BRICs)※1の台頭などの大きな世界的変動のうねりがある。
畜産だけでなく、 すべてが大きな歴史的転換点をむかえているのではなかろうか。
30年前、 それでも酪農家は、 危機以降、 自給粗飼料の生産増強に取り組んできた。
しかし、 いつしか経済発展のもとでの円高により、 安定的かつ手軽に良品質な輸入飼料が確保できるようになり、
その結果、 飼料全体の自給率は03年で23%にまで低下した。 とくに穀物飼料である配合飼料は、
9%の自給率で、 ほとんど海外に依存していると言ってよい実態にある。
粗飼料 (草) についても、 北海道を除く全国平均では17.8% (鳥取県は38%でトップクラスだが)
しかない。
深刻な酪農危機
生産者乳価をみると、
すでに3年間連続で低下し、 下げ幅は5円以上となり、 所得は約20%減少となっている。
昨年からは計画生産による生産制限、 そして今年は、 前年比で約2~3割の値上げとなっている餌価格だ。
まさに3重苦の環境に置かれている酪農である。 経営持続のためには、
もはや自給飼料によるコストダウンが焦眉の課題だが、 その体制がとれる余力があるのか。
今回の危機を前にして、 担い手の問題、 生産コスト、 生産基盤など、
果たして自給率向上のための環境があるかどうかを考えるとき、 自給体制を強化する以前に、
離農が加速するのではないかと、 危機感が募る。
産直で模索してきた畜産のあり方
ところで、 京都生協と当農協では、 2001年から、 21世紀での持続できる畜産のあり方として、
「こだわり鳥取牛」 に取り組んできた。 この取り組みは、 まだ始まったばかりであるが、
開始後に発生したBSEや現在の情勢を考えると、 その方向の正しさはより確信できるものと思う。
そのため、 問題提起となればと思い、 少し紹介したい。
それは、 2000年に鳥取県畜産農協と京都生協との牛肉 (コープ鳥取牛)
の産直20周年を一つの契機として、 「従来の産直にあぐらをかかず、
21世紀へ新たな挑戦をしようということで生まれた」 新産直牛への取り組みである。
2002年には、 京都の消費者の皆さんから 「こだわり鳥取牛」 とネーミングをいただいた。
この牛のコンセプトは5点。 健康、 エコロジー (循環)、 国産、
安全、 低価格である。 生産者だけでなく、 「消費者・生産者双方で創ろう」
と、 共同の取組としてはじまった。
健康という点では、 サシより赤み重視で、 消費者の食肉への価値観も変えていただく。
循環では、 生協のPB商品の食品副産物を紹介していただいて利用する。
その原材料の安全性の確認などは双方で取り組む。 現在は当たり前となったが、
安全面では、 酪農組合員から生まれた牛に限定し、 病歴、 動物医薬品の投与の制限、
餌の給与、 飼養期間などのトレーサビリティーの徹底に取り組む。
そして、 一番の特徴が、 餌である。 有限な資源の再利用のため、
混合飼料(TMR)での食品副産物の利用を柱とする一方、 稲発酵粗飼料(※2)も大きな柱としてきた。
餌の国産化や自給粗飼料の利用にこだわる。 堆肥を水田へ還元し、 牛・草・堆肥の循環を促進する。
さらには耕作放棄水田・転作田の利用による環境保全や耕畜連携を強化する。
循環型農畜産業を生消双方が大切にしながら、 牛肉づくりを行う、 というものであった。
この取り組みを通じて、 農協管内での稲発酵粗飼料の作付は、 2001年の20haから2003年には85haと倍々ゲームで増加し、
今年は95haとなった。 産直の取組により、 大胆な作付ができ、 地域の休耕田の解消や水田利用など、
地域農業振興にもつながっている。
低価格(枝肉㌔600円)という大胆な目標は達成できなかったものの、
その他のコンセプトはスタート時点以上の到達となり、 現在の畜産情勢の下では、
ますます重要な取組になっているのではないかと考える。
食のグローバル化に対峙する産直・地産地消
グローバリズムの中で、 消費者の食の安全と食の安定はどう確保されるのか、
生産者の安定した生産と生活はどう確保できるのか。
取り巻く環境をそれこそグローバルに捉えながら、 実践においてはローカルな現場で、
どういった取組みを行うか。 とりわけ、 生産者ばかりでなく、 消費者も自らの食料を自分たちの手でどう確保していくか。
否、 現状の農村・農業者の実態を考えると、 消費者自らが、 みずからの問題としての食料政策、
農業政策、 農村政策を持つべき段階にきているようにも思われる。
金と物を中心としたグローバル化に対し、 自給・循環や産直・地産地消は、
食べ物の価値、 働くこと、 生きること、 そして人のふれあいや地域文化・食育を含めた豊かな生活空間、
環境保全や自然とのバランスある付き合い方など、 人間を豊かにする多くの機会・機能をもっている。
いま、 減反政策による水田の荒廃が進み、 限界集落といわれる展望のない集落が増加している。
そうした中で、 食肉の供給だけではない畜産の持つ力にも注目する必要がある。
牛は、 水田の地力増進のための堆肥の供給や、 豊かな山野の野草を牛乳や肉の蛋白源に変えることのできる貴重な動物であり、
その飼料(稲発酵粗飼料)を作付けすることは、 水田自体の利用と機能保全にも役立つ。
牛を飼い、 自給粗飼料を生産することは農村の再生にもつながる。 今後は、
こうした取組をどれだけ実践できるかにかかっている。
食料・農業政策は、 もはや消費者・国民の理解がなければ実現が不可能である。
そして現場においても、 都市のコミュニテイと農村コミュニティ(いわゆる集落単位)での生産と消費の連携や、
地域・集落内の相互扶助などの人間関係の再生など、 人を中心としたつながりの中で理解と支援連携体制を強めることでしか道がひらけないようにも思う。
ぜひ産直を強め、 消生の連携を強めることにより、 畜産ばかりでなく、 地域農業の展望も切り開きたい。
※1 ブリックス
ブラジル・ロシア・インド・中国の4カ国の 頭文字を並べたもので台頭する新興大国を意味する造語
※2 稲発酵粗飼料
水稲の出穂期以降、 乳熟~糊熟期までの間に、 水稲全体(茎葉と籾)を細かく切断して、
ロール状に梱包し、 それをビニールフィルムでラッピングし、 稲に付着している乳酸菌によりサイレージ発酵させた牛の餌です。
稲発酵粗飼料は、 転作作物として、 交付金・助成金の対象となります。