『協う』2007年10月号 特集1
特集テーマ:もう一度考える食のグローバル化
今、 日本の食は大きな転換期にさしかかっている。 バイオエネルギー向けの原料需要増大による穀物市場の高騰が、 食品の値上げとなって食卓を直撃しはじめた。 この特集では 「世界の食料需給の新局面」 を考察し、 畜産を切り口に日本の食の海外依存や食料生産のあり方について考えることにした。
世界の食料需給の新局面と日本の実態
村田 武 (愛媛大学農学部教授 当研究所研究委員)
世界の食料需給に新局面
米国のエネルギー戦略によるトウモロコシのバイオエネルギー
(エタノール) 原料需要の増大が顕著である。 エタノール生産原料に仕向けられる米国産トウモロコシは咋06年度には5,500万トンに達し、
需要総量2億9,900万トンの18%強を占める。 同様に輸出量は、
約1,500万トンの日本向けを含めて4,000万トン台から5,000万トン台
(需要総量の17%弱) に増加してきたが、 エタノール生産向け需要の増大は、
確実にこの輸出依存度を引き下げることになる。 エタノール製造設備投資競争がアグリビジネス多国籍企業を巻き込んだものであるだけに、
米国におけるエタノール製造のためのトウモロコシ需要は伸び率の変動はあっても増加の一途とみるべきだ。
日本、 韓国、 台湾の 「安定的農産物輸入市場」 に加えて、
中国が1995年以降、 農産物輸入超過に転じ、 いまや東アジア
(東南アジアを含む) は、 世界最大の農産物輸入市場である。 アジア
(日本を除く) の農産物輸入超過額は1988年から04年の間に、
258億ドルから396億ドルに、 日本のそれは83億ドルから190億ドルになっている。
このようななか、 国際農産物市場が活況になっている。 シカゴ穀物相場が、
昨06年秋から騰勢を強めている。 世界の穀物 (大豆を含む)
生産量は2003年以降、 06年のオーストラリアの大干ばつによる小麦生産量減などはあっても、
ここ数年は20億トンから22億トン台の豊作であった。 しかし、
需要量がとくにトウモロコシと大豆で伸び、 期末在庫量の減少が大きく、
穀物全体の在庫量が15.6%と、 1970年代初めの世界食糧危機段階とほぼ同水準にまで落ち込んでいることを背景にした価格高騰なのである。
この穀物国際市況の活況は、 上述の米国のエタノール製造向けのトウモロコシ需要増、
中国の大豆輸入の急増などにみられる需要の構造的変化を基礎にしているだけに、
短期的な逆転はないものと予測される。 そして、 このような穀物市況の活況がアグリビジネス多国籍企業に新たな競争・事業拡大と農産物市場支配を強める絶好の機会となっていることを見逃せない。
わが国における国民への食料供給
ところが、 わが国では農林漁業および関連産業の国内生産額が減少している。
農業生産額は1995年の12.1兆円が、00年には、11兆円に9%減少した。
最終消費からみた飲食費のフロー図 (2000年) をみてほしい。
図の右端の 「飲食費の最終消費額」 のうち、 生鮮品等は15.1兆円
(総額80.3兆円の18.8%) にまで減少しており、 加工食品が41.5兆円
(同51.7%)、 外食が23.7兆円 (同29.5%) を占めるまでになった。
他方で、 図の左端の食用農水産物で示される国内生産供給分は12.1兆円であって、
これは飲食費最終消費額のわずか15.0%にすぎない。 他方で、
生鮮品の輸入が3.2兆円、 すなわち国内生産の4分の1強に達し、
これに一次加工品輸入0.5兆円、 最終製品輸入1.9兆円を加えると合計5.6兆円の輸入になる。
別の資料によれば、 輸入食品のうち生鮮食品向けは331億円にすぎないのに対し、
食品産業向けが合計5.3兆円であって、 食品産業の食材の輸入依存度がたいへん高くなっている。
こうして輸入食品に依存することで、 国民への豊富かつ低廉な食品の供給と食の外部化・サービス化が進んだのである。
そして、
つい先頃までの国際農産物市況の低迷と、 購買力平価を大きく上回る円高や国際収支黒字、
さらに外国資本の参入も加えたスーパーマーケットの激しいディスカウント競争などが、
大半の国民に、 「安上がり食生活」 がいつまでも続くかのごとき幻想を抱かせることになったといえよう。
しかし、 これから続くであろう国際農産物市況の高騰が 「安上がり食生活」
を直撃するとなればどうなるか。 またこのような食品の輸入依存がBSEや遺伝子組換え大豆・トウモロコシ、
さらに中国産品の危険性など、 食品の安全性をめぐって消費者の不安を拡大している。
輸入食品に依存した食品供給の安定性への危惧が広く国民をとらえる局面に転換しつつあるのではないか。
農業危機の深刻化
日本農業・農村の危機が深刻である。 中山間地など条件不利地域における農地荒廃・農業解体が進行するとともに、
農業基本法 (農基法) 農政の選択的拡大品目である畜産や果樹農業が、
これまでも何度かあった動揺とは比べものにならない構造的危機に陥っている。
輸入飼料に依存した加工型展開を遂げた畜産は、 トウモロコシなど飼料価格の高騰にともなうコスト上昇分を生産者段階で吸収するのは限界になっている。
果樹農業では、 輸入拡大と消費構造の変化が産地を直撃し、 主産地の担い手基幹経営にとっても、
粗収益のかつてない落ち込みと、 嵩む出荷流通コストが農業所得を落ち込ませ、
樹園地荒廃や後継者難を目の当たりにしている。 また主産地農協では、
農産物販売取扱高の急減や農産加工部門の経営危機の深刻化など、
かつてない経営危機に方向を見いだしかねている。 主産地農協の農産加工部門の経営難は、
地域農業後退に伴う原料確保難と輸入原料農産物の価格高騰 (かつては為替変動、
現在は国際価格高騰) によるところが大きい。
そのなかで、 1960年代の農基法農政以来の、 首都圏など一極集中型大都市市場形成に対応した主産地形成と中央卸売市場への大型広域流通システムが構造的に揺らいでいる。
首都圏への一極的人口集中と小売流通のスーパー支配の決定的高まり、
輸入増大と国内産地の供給力低下などは、 卸売市場間の競争を激化させ、
地方都市卸売市場の卸売会社を経営危機に追い込んでいる。 主産地の農協は、
共選場に集荷した青果物を全量中央卸売市場に出荷して、 卸売価格形成にまったく受け身であった販売戦略を転換せざるをえなくなっている。
求められるローカル・マーケットの開発と地域流通の新たな展開
富の首都圏一極集中と地方経済の疲弊、 地方財政の破綻・地方自治体の大型合併の強制、
格差社会化の深刻化に対し、 「地域の食とケアとエネルギーの自立」
(内橋克人) をめざす運動が、 住民の地域社会経済の再生の中核的な役割を担うべきことがはっきりしてきている。
道の駅や農協の農産物直売所が 「地産地消」 を合言葉にいたるところで開設され、
都市住民にも、 スーパーマーケット・ショッピングとは異なった、
地域の生産者と 「顔と顔のみえる関係」 で食の安全・安心と地域食文化アイデンティティを共有する消費生活文化を提供している。
そのなかで、 農山漁村の活性化 (むらづくり) と地方中核都市の再生
(まちおこし) を一体的に捉える住民運動が期待され、 実際、
NPO法人の設立などによって取り組まれるようになっている。
地域農業のこれからの展開の基本は、 大都市卸売市場への共販出荷に加えて、
本格的なローカル・マーケットの開発と地域流通の新たな展開であろう。
それは、 地域 (基本は県域) の住民の食を基礎的に支える
「地域の食の自立」 戦略として、 地域住民との合意が不可欠の戦略である。
地域生協も、 ケアの自立とともに、 地域の食の自立を基礎にした地域社会経済再生の運動に、
本業たる共同購買事業をもって貢献するかどうかが問われている。