『協う』2007年10月号 生協・協同組合研究の動向
「規制改革」 と協同組合
─ 自著に寄せて ─
増田 佳昭
滋賀県立大学 当研究所研究委員
「規制改革」 とは何だったのか
昨年末、 家の光協会から 『規制改革時代のJA戦略』 という著書を出版しました。
中身は、 これまで書き貯めてきた日本の総合農協に関する歴史的分析が中心なのですが、
出版社の営業方針もあって、 この書名になりました。
ただ、 先頃の参院選挙で自民党が惨敗し、 本書の書名も少し違った意味を持つことになるのではないかと思っています。
先日の参院選挙は安倍政権への審判というより、 それに先立つ小泉・竹中型の新自由主義的経済政策に対する審判という側面があります。
選挙結果は、 そうした政策が生み出した都市と農村の格差拡大への 「地方の反乱」、
ネットカフェ難民が象徴する格差社会に対する 「弱者の反乱」 だったのではないでしょうか。
あらためて規制改革とは何だったのか、 冷静に考えるべき状況が生まれてきているのではないでしょうか。
そうした新自由主義的経済政策をリードしてきたのが、 経済財政諮問会議であり、
総合規制改革会議 (04年から規制改革・民間開放推進会議、 07年から規制改革会議)
でした。 この両者を通じて、 農協に対する批判も繰り返し行われてきたわけです。
もともと総合規制改革会議はその名称が示すように、 規制改革すなわち規制緩和が本旨で、
経済活動の中での様々な規制をゆるめ、 官が抱え込んでいる市場を民間に開放することによって経済に活力を与えようという考えで設置されたものです。
しかしながら、 農協批判の中身は、 農協の農村市場独占を打破すべきだとか、
農協が信用事業や共済事業を兼営しているのは問題だ、 連合会の独禁法適用除外は問題だといった規制緩和論的な批判とともに、
資格要件を満たさない正組合員がいるのではないか、 農協はもっと担い手農業者の育成を推し進めるべきだなど、
農業政策の下請けを押しつけるような、 規制強化的な主張も混在しています。
一言で言えば、 規制緩和と規制強化を身勝手に使い分けるご都合主義的な主張が特徴です。
農協が大規模農家の育成を妨害?
規制改革会議による農協批判の論点は多岐にわたりますが、 そのうちの一つに農業構造改革に関する論点があります。
規制改革会議の主張に賛同する研究者は、 農協の存在が兼業農家を温存し農業の構造改革
(言い換えれば大規模農家の育成) を抑制している、 と批判します。
その論理は以下の通りです。 農協組合員の多数派は兼業農家だ、 農協はひとり一票制で運営される、
したがって農協は兼業農家の意向によって運営される、 その結果規模拡大を指向する担い手農家の成長が阻害される、
という三段論法 (四段論法?) で農協が批判されるわけです。
これは大変興味深い論点です。 少し検討してみましょう。 まず第1に、
現段階の水田農業において、 専業農家と兼業農家の利害はどのような関係にあるのでしょうか。
少なくとも滋賀県を見る限り (というよりも、 ほ場条件に恵まれている滋賀県でさえ)、
兼業農家が農地を手放さないから専業農家の規模拡大が進まないなどという状況ではありません。
むしろ、 農地を貸したい兼業農家が多数いるにもかかわらず、 借り手がいないのが実情です。
ついこの間までは 「ほ場整備が出来ていない田は引き受け手がいない」
のが相場でしたが、 最近では 「(整備田でも) 給水バルブがない水田は借り手がない」
とまでいわれます。 この10年あまりの間に農地をめぐる需給関係は、 「貸し手市場」
から 「借り手市場」 へと完全に逆転してしまいました。 農地をめぐる主要な問題は、
農地を 「貸し手から借り手にどう流動化させるか」 ではなくて、 「地域の農地をどう荒らさずに守るか」
に移行しています。 農地を守るためには専業農家が不可欠で、 専業農業者が育ってくれることは兼業農家にとっても大きな関心事になっているのです。
20年前ならいざ知らず、 単純な専兼対立論はあまりに現実を見ない観念論です。
変わったのは農政路線
第2は、 農業政策の変遷をどう見るかです。 批判者は、 農協は戦後一貫して構造政策に反対してきたと言います。
確かに現在の農政は法人や大規模経営などの構造改革、 担い手育成路線です。
しかし、 農水省がこうした路線に転換したのはそう古いことではありません。
法人農業経営の育成や他産業従事者並みの生涯所得を言い出した1992年
(平成4年) のいわゆる 「新農政」 が起点といっていいでしょう。
それ以前の農政は 「地域農業集団」 をスローガンに、 むしろ地域ごとの生産組織育成を指向していました。
70年代末から80年代にかけての集落重視農政、 組織化農政は、 1960年の農業基本法が打ち出した自立経営育成路線の挫折を経ての路線転換の結果でした。
その意味では、 変わったのは農政の側なのです。 猫の目ともいわれるように変転する農政に追随しないからといって農協を批判するのは、
いささかお門違いです。 もっといえば、 担い手農家の育成が進まないことの結果責任は農政が負うべきものであって、
それを農協に負わせるのはこれまたお門違いです。
第3は、 農協の協同組合としての特性との関係です。 もともと農協などの事業者の協同組合は、
自らの経営を守るために利害をともにする人たちが集まったものです。 もしも農協の存在ゆえに兼業農家が存立し得たとするなら、
それは協同組合制度の 「失敗」 どころか 「成功」 を意味するものと見るべきでしょう。
農協という制度が農業政策の下請けのための組織なのか、 それとも相互扶助を基本に農業者の存立をめざす協同組織なのか、
理念的にも、 制度論的にも、 また実践論的にも問われているところです。
農水省 「あり方研報告」 の自由主義的協同組合論
規制改革会議の底流にある新自由主義的な思想は、 農水省の農協行政の中に深く浸透してきていることも事実です。
2002年(平成14年) に農水省内に設けられた 「農協のあり方についての研究会」
は動き出した小泉改革 (小泉首相の就任は01年4月) のもとでの農水省のスタンスを象徴するものでした。
そこでのキーワードは 「選択と集中」、 「メリットの還元」 でした。
前者は農協の行う事業を農業政策の下請けたる営農面事業および経営的に採算のとれる事業に限定し、
生活面をはじめとする不採算事業を切り捨てるべきとの主張でした。 また後者は、
組合員である農業者に 「メリットを還元する」 のが農協の存在意義であるから、
生産資材価格の引下げ等で大規模な担い手農家にメリット還元するべきだとの主張です。
「選択と集中」 はいわゆる経営戦略論からの 「借り物」 の経営改善論ですから、
わざわざ農水省の研究会が声高に指導する性格のものではありません。 それに、
協同組合がどのような事業を選択するかは、 基本的には組合員の意向によるべきものです。
わからないのはメリット還元論です。 研究会報告書は、 「メリットを還元しなければ組合員は農協を利用しない」
と述べています。 農協と組合員との関係を 「安ければ利用する、 高ければ利用しない」
という単純な 「顧客関係」 として描き出したのが、 この報告書の最大の特徴です。
もちろん、 組合員が価格と無関係に農協を利用するなどとは筆者も考えませんが、
これほど露骨で粗雑な市場主義的な協同組合論が、 それを所管する省によって主張されたところに、
驚きを禁じ得ませんでした。
確かに、 市場経済の中で協同組合というものがどのようなかたちで生き残れるのか、
農協にせよ生協にせよなかなか見通せないのが現実です。 「コスト節減」 や
「魅力ある商品開発」 といった他企業と同様の経営努力は不可欠ですが、 それをいくら積み上げても競争相手に
「追いつく」 のが精一杯だと思います。 協同組合が、 競争相手を上回って魅力ある存在になるためには、
何らかのプラスアルファが必要なことは、 誰もが気づいているところです。
ただ、 それが何なのかはっきりしないために、 あり方研報告のような市場主義的協同組合論
(?) がまかり通るわけです。
改めて問われる協同組合の存在意義
現代社会において、 協同組合というものはどのような存在意義を持つのでしょうか。
研究者も実務者も、 協同組合に関わるものは、 そのことを考え続けなければなりません。
とくに、 総合農協や生協は、 規模的には大型化と広域化を行い、 経営的には近代化を進めてきました。
他の競争相手との違いも見えにくくなっています。 しかし、 少なくとも、
「儲け」 や 「利潤」 でなく 「人間」 が主導する経済を作っていくために、
協同組合が果たすべき役割は大きいはずです。
いくつかのアプローチがあります。 一つは、 協同組合をユーザーがオーナーとして参画する企業として発展させる方向です。
これは利用者主導型経営としての協同組合の意義付けです。 二つめは、 公益的目的を持った社会的企業
(あるいは社会的協同組合) として協同組合を位置づける見解です。 おそらく、
現実的には両者の観点がともに必要だと思われます。 しかし、 大規模化、
広域化、 近代化した協同組合がそれを実現することは容易なことではありません。
農協は信用金庫や保険会社とどう違うのか、 生協はスーパーやカタログ販売業者とどう違うのか、
理論から実践へ、 実践から理論へと橋渡しをしながら、 どう現代社会における存在意義を確認していくのか、
改めて考えなければいけない時代を迎えています。 その意味では、 くらしと協同の研究所もより存在意義を高めているのではないでしょうか。
プロフィール
増田 佳昭 (ますだ よしあき)
滋賀県立大学環境学部 生物資源管理学科 教授 (本研究所 研究委員)
専門分野は、 農業経済学、 農業協同組合論
「規制改革時代のJA戦略」 (家の光協会、 単著) 「食料流通再編と問われる協同組合」
(日本経済評論社、 共著) 他