『協う』2007年10月号 生協の人・生協のモノ

イスラーム留学生の食をサポート
~留学生の家族・観光客にも喜ばれるメニュー~

近藤 泉 (ならコープ組合員 『協う』 編集委員)

世界には様々な食文化がある。 特に厳しい戒律で知られるイスラーム教徒の人たちは、 日本でどのような食生活をしているのだろうか。 イスラーム教徒の留学生向けにメニューを用意しているという京都大学生協を訪問してみた。

一度目は検討してみたが挫折・・・・ 
  いまからちょうど10年前の1997年に、 2人のインドネシア人留学生が仲間を代表して京都大学生協の本部に要望を持ってきた。
  それは 「イスラーム教徒の留学生が安心して学生食堂を利用できるよう、 どんな食材が使われているのかを表示してほしい」 という声だった。
  イスラーム教の信徒は、 年一回の断食月ラマダーンや 「許された良い食物」 の意味の 「ハラールフード」 を食べる戒律を自らに課している。 食してはいけないものは、 「血・死因不明の動物・肉食の動物・豚・酒」 である。 屠殺するときには 「神の御名において」 と唱える。 なぜ豚肉を食べないのかは、 「イスラーム文化の伝統で、 一朝一夕に語れられない深い背景がある」 らしい。
  「食材のリストをもらえば、 自分達で検討委員会をつくって、 食べられるかどうかを判断できる」 と当事者の参画を得て、 京都大学生協での検討がスタートした。
  京大生協専務理事の平信行さんは、 「京大の学生総数は、 学部と大学院をあわせて約2万人、 研修員約400人、 外国人研究者約850人、教職員は約5200人と、 総勢で3万人近くなる。 そのなかでイスラーム文化圏からの留学生は約200人だ。 3万人のうちの200人はマイノリティと言えるが、 本来生協はマイノリティの集合体である。 最大公約数にサービスするだけでいいとは思っていなかったので、 できることはしたいと考えた」 と語ってくれた。
  しかし、 検討チームは挫折した。  食堂のメニューに貼る 「HALAL」 というシールまで作ったものの、 学生食堂では多様な調理を効率よくこなさなければないために、 豚肉や豚由来の油・調味料が混入してしまう可能性があったこと、 加えてどのレベルでハラールとして認定するかの基準がパキスタンやインド、 トルコ、 インドネシアなどの国によってまちまちだったため、 留学生どうしで一致できなかった。 学食のメニューは週単位で変わるので、 そのつど使われている食材をチェックして食べていいかを提言できる客観的な第三者認証のしくみが必要となったが、 当時は身近なところにはまだできていなかった、 等々の理由が推定された。

2006年わたしのひと言カードから
  昨年 (2006年) の暮れ、 大学生協中央食堂の 「ひと言カード」 にハラールフードメニューの要望が寄せられた。
  97年に一旦頓挫した際に作成した 「HALAL」 シールをあきらめずにとっておいていた平専務理事は、 店長会議で再度声の実現のための調査・検討を呼びかけた。
  ちょうど2003年に正門のそばに 「カンフォーラ」 というオーダー調理レストランがオープンしていて、 学生とその家族、 地域の人々を対象にリーズナブルな価格で様々なメニューを提供していた。 「カンフォーラ」 の中島達弥店長は、 大学院で生協をテーマに選び、 くらしと協同の研究所の院生事務局を経て、 「気がついたらカンフォーラの店長になっていた」 と自己紹介してくれた。 お話しぶりからは、 事業をとおして組合員の役に立とうと、 いっしょうけんめいに、 そしておもしろがってやられている様子が見受けられ、 次のように話してくれた。
  「とにかく、 レストランだけでは何もできないので、 あちこちに発信したんです。 そうしたら、 イスラーム文化センターのセリムさんや青年海外協力隊経験者や京大生協南部食堂のパートさんなど、 いろんな方が知恵や力をよせてくれて、 少しずつ具体化していくことができました。 ほんと、 ご縁ですよね」
  取組では、 まず徹底して調理手段を分けるために、 フライパン大小ふたつとトングをハラール専用にした。 生協の南部食堂のパートさんが、 本業のアジアレストランで取引している先とつないでくれ、 なんと地球の反対側のブラジルから、ハラール認証を受けた鶏肉を仕入れることができた。 料理指導はイスラーム文化センター代表のギュレチ・セリム・ユジュルさんに協力していただいた。 ボリュームたっぷりのチキンステーキに、 ケチャップ味のパスタと生野菜を添え、ごはんかパンがつく。 「価格がいくらであれば利用するのか?」 もセリムさんと相談して、 とうとうカンフォーラの通常メニューとして提供できることになった。
  10年来の留学生の要望がとうとう地域をまきこんで 「ハラールチキンのステーキ エスニック風味」 に結実した。 どのような味なのだろう?皮付きのもも肉はスパイスやハーブの粒々をのせておいしそうなきつね色に焼き上げてある。 日ごろ慣れている 「~味」 ではなくて、 素材の味がハーブの香りをまとって立ちあがってくる。 複雑なブレンドの調味料は一切使ってないが、 シンプルで飽きない味わいに、はっとさせられるものがあった。
家族の交流の場に・・・中島さんは、「当初は1日に5食ぐらいと思っていましたが、 ボリュームがあるから日本人学生もよく注文して、1日に10~15食くらい売れています。 黒字です」 とうれしそうだ。 セリムさんは、 「全国各地のイスラーム教徒から 『京都へ行くけれどもどこで食べられるのか?』 と問い合わせがくるたびに、 『京大正門のカンフォーラで』 と教えてあげると、 『安心してハラールメニューが食べられる』 と、 とてもよろこんでもらっている」 と話す。 さらに 「京大のイスラム教徒の留学生は200人ですが、 その家族がいるので実際のコミュニティーは400~500人です」 とカンフォーラのとりくみを家族も後押ししているとのことであった。
  「留学生やその家族には、 日本語を話せない人もいて、 その人たちはレストランに入りにくいのです。 自分が食べたいものを伝えられないので 『ベジタリアンです』 と言っている人も少なくないでしょう。 出かけるときは、 お弁当を持って行ったり、 文化センターでイベントをするときにも、 参加者の食事もあわせて考えなければなりませんでした」 と、 セリムさんは振り返る。 さらに 「ハラールフードは、 特定の料理ではありません。日本の食材の90%はハラールなのです。 ただ、 調味料に豚由来のグルタミン酸や酒精の入ったしょうゆが使われていると食べられないので、 調味料さえ工夫すれば、 もっといろいろメニューができるはずです」 と語られていた。
  京都産の地場野菜や魚を使って、 "和風"ハラールメニューができれば、 イスラーム文化圏から京都を訪れる人々へのすてきなおもてなしになると思った。

お互いの文化を知りあうこと 
  今回は直接会ってお話を聞けなかったが、京大生協の留学生委員会も、自立と協同をかかげてウェルカムパーティーや語学講座などを実施している。
  大学が地域のなかにあることで、 くらしに色どりや深みが増す。 留学生と市民がお互いの文化を知り、 大切に思いあうなら、 たとえ国どうしがモメたとしても、 世論が暴走をくい止めることもできるだろう。

※ハラール
  イスラーム教では、 食べるのに適していないとされるものが定められている。 本来 「ハラール」 とは、 イスラームの用語として 「合法の」 「許された」 という意味であるが、 「ハラール」 の食材のみを使用し、 食べることが可能な食品のことを、 一般にハラールあるいはハラール食品という。