『協う』2007年10月号 ブックレビュー2
特集テーマ:もう一度考える食のグローバル化
今、 日本の食は大きな転換期にさしかかっている。 バイオエネルギー向けの原料需要増大による穀物市場の高騰が、 食品の値上げとなって食卓を直撃しはじめた。 この特集では 「世界の食料需給の新局面」 を考察し、 畜産を切り口に日本の食の海外依存や食料生産のあり方について考えることにした。
ジョセフ・E・スティグリッツ
著
世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す
木幡 飛一 京都大学公共政策大学院修士課程
最近アフリカ映画が注目を集めている。
これらの映画は90年代にアフリカが直面した現実を描いた点で力作である。
例えば 「ブラッド・ダイヤモンド」 ではシエラレオネにおいて武器のために採掘されるダイヤモンドを、
また 「ダーウィンの悪夢」 ではタンザニアにおいて西洋人が持ち込み先進国への輸出用となっているナイルパーチという魚
(白身魚として日本の外食産業などでも使用されている) が、 地域の生態系と伝統的漁業を破壊していく様を、
そして 「ホテル・ルワンダ」 では内戦、 民族浄化という悲惨な状況に陥った
「資源を持たない国」 であるルワンダへの先進国の無関心を、 描いている。
ここで各映画のテーマとなっているアフリカの資源に対する先進国の収奪と、
その結果としての混乱に対する先進国の無関心という構図を見ると、 グローバリゼーションの下で進行している現実について疑問を感じずにはいられない。
この先進国・途上国間の不平等とグローバリゼーションにはどのような関連があるのだろうか。
本書の著者であるスティグリッツ氏は、 グローバリゼーションによって先進国と途上国との格差が拡大したと主張する。
これはグローバリゼーションが、 両者に共通の土俵で競争を強いたことに原因があるというのだ。
例えば本書によると、 先進国は貿易自由化という理想を掲げながら、
自国農業に対して高額の補助金を出して保護し、 途上国からの農作物を実質的に締め出している。
その額は例えばEUにおいて牛一頭につき一日2ドル以上となっている。
この金額は最貧国の一日当たりの生活費を上回っている。 もちろん途上国は先進国と同じような保護政策を実施できない。
著者はこれを 「最貧国で人として生活するよりも先進国で牛として生活する方が豊かでさえある」
と皮肉っている。
また、 貧困から売春という途上国のエイズ禍には、 先進国の製薬業界は薬の提供ではなく、
知的財産権の保護により自社製品に高値をつけることで、 患者へ実質的な死刑宣告を行う。
途上国の天然資源を巡っては、 先進国企業が採掘権を得るため、 途上国の高官へ賄賂を贈る事が日常茶飯事であるし、
途上国の環境破壊については無関心だ。
さらに、 途上国が先進国から融資を受ける際には、 途上国は融資と同額の準備金をドルといった基軸通貨の国債などで積むことを強制される。
この事が途上国の数少ない資金を先進国が吸い上げる結果となっている。
つまり、 既に市場や制度が成熟した先進国と途上国ではスタートラインが違っており、
そこにつけこむ多国籍企業などの存在があるという事だ。 著者は上記のような不公正を告発し、
解決策を丁寧に提示している。 これらのアイデアには関心をそそられるが、
概括すると、 著者はこのような不公正なシステムを変化させるには民主的なプロセスが重要だと主張する。
これは民主的なプロセスが、 生命の危機、 環境の破壊を産む不公正な取引や飢餓といった絶望的な状況を告発するための監査機関となりうるからだ。
民主的なプロセスが実施されていた国では、 近代以降大規模な飢饉は発生していない。
民主的なプロセスの下では政治家は支持を獲得する必要があるために、 食料を再分配する政策をとる必要があるからである。
だがここで重要な点は、 民主的なプロセスの中身である。 イラクが
「民主化」 されてついたあだ名が 「資本家の夢」、 つまり公共の隅々までの民営化であった。
決して民主化=民営化ではない。 著者がいうように公共政策としての民主的なプロセスは大切だが、
問題は中味なのである。
また、 世界規模での民主的なプロセスを行う主体がいない、 という点も考える必要がある。
国内では政府が再分配政策を実施することによって格差を緩和する事ができるが、
世界規模での再分配政策はいかに行えばよいのか。 政治的合意が民主的なプロセスを通して得られるのか。
これらは21世紀に私達に突きつけられた課題であるだろう。
本書は 「世界が一つになる」 というような牧歌的に語られやすいグローバリゼーションに対して、
その不公正を告発している優れた啓蒙書である。 これらの不公正な事実は先進国に住む私達こそ知る必要がある。
なぜなら経済の専門家以外にも、 容赦なく経済の変化は訪れるし、 われわれ自身が気づかぬうちに不公正なシステムを支える一員となりえるからだ。
まずはこれらの事実を知ることから始めよう。 グローバリゼーションから
「相互理解」 という光をすくい取るために。