『協う』2007年8月号 視角
消費者団体訴訟制度―その意義と課題―
五條操 (五條法律事務所)
7月6日に改正消費者契約法が施行され、 消費者団体訴訟制度がスタートした。 消費者団体訴訟制度とは、 事業者が消費者契約法に違反する契約条項の使用や勧誘により、 不特定多数の消費者と契約することを防止するために、 内閣総理大臣の認定を受けた消費者団体が、 事業者に対し差止請求することを認めた制度である。
例えば、 「必ず値上がりします」 と書かれたパンフレットを使って金融商品の勧誘をすることや、 「入学手続後は、 時期・理由の如何を問わず、 入学を辞退しても前納した授業料は一切返還しません」 という大学の規定等について、 適格消費者団体はこれを禁止すべく差止請求することが可能となる。
これまでは、 消費者被害の法的な救済は、 個別の被害者が事後的に救済を求めることはできるものの、 被害の拡大を直接に防止することはできなかった。 そこで、 消費者契約法に違反する状態を除去し、 消費者契約の適正化という同法の目的の実効化を図るため、 差止請求の制度を導入する必要があった。
次に、 誰に差止請求をする権限を与えるかが問題となる。 被害を受けた個々の消費者は専門的な知識や訴訟追行能力を有しているとは限らないし、 そもそも少額大量被害を特徴とする消費者被害においては、 消費者が被害回復をあきらめることも多い。 また、 理論的には、 既に被害を受けている消費者は、 今後の契約書等の使用を差し止めても、 それにより自らの被害が回復される訳ではないため、 差止訴訟の主体として適切ではないのではないかという問題もある。
加えて、 差止請求権は事業者が消費者と締結する全ての契約に及ぶ強力な権能であるため、 その濫用が懸念されていた。 そこで、 差止訴訟を遂行できるだけの体制を備える等、 一定の要件を満たした消費者団体に対し、 事業者の行為を差し止める権利を与えることとしたのである。
7月17日現在、 すでに2つの消費者団体が適格消費者団体の認定を受けるため、 内閣府に申請中であり、 かつ、 事業者に対し契約条項の変更等を求める要請活動を行っている。 早ければ秋頃には第一号の認定団体による差止訴訟が提起されるであろう。 これ以外も、 全国各地に適格団体を目指す消費者団体があり、 それぞれ特徴的な活動を行っている。 年内にはあと数団体が認定の申請を行うと予想される。
本制度は消費者被害の救済にとって画期的であることは確かだが、 もちろん万能ではない。 被害救済の観点からは、 将来の行為の差止だけではなく、 過去の被害回復に関しても集団的な処理のスキームが必要であるが、 今回の立法では消費者団体による損害賠償請求制度の導入は見送られた。 本制度の導入にあたり、 参考にしたドイツやフランスには、 それぞれ性質を異にするが、 消費者団体による金銭請求の制度があり、 またアメリカには集団訴訟や連邦取引委員会 (FTC) 等による被害回復の仕組みといった多彩なメニューがある。 いわば海岸の砂粒の様な少額多数の被害事例を一つずつ拾い上げて個別訴訟として取り扱っている我が国の現状と比べると雲泥の感がある。 民事訴訟は紛争を解決するための仕組みである以上、 紛争の特質にふさわしいメニューを用意することが肝要である。
また消費者団体の人的・財政的基盤の確保も直近の課題である。 個々の消費者に比べれば組織化されているとはいえ、 消費者団体が、 本制度が期待する 「市場の監視者」 としての機能を十全に果たすためには、 更なる組織の充実が不可欠である。 とはいえ制度上適格団体には公益的な機能が強く期待されているにもかかわらず、 現状では適格団体に対する公的な資金援助は全く予算措置されていない。 加えて、 適格団体は差止請求権の行使に関し経済的利益の授受を禁止されており、 構造的に差止請求権を積極的に行使すればするほど経済的な負担を抱えることとなる。 現状の消費者団体が市場原理を旨とする事業者と対峙するのは、 さながら霞を食べる仙人と肉食獣の闘いといった感もないではない。
ともあれ、 現状においては、 消費者問題に意識的な人や組織が適格団体を支え、 団体においても収益事業等を工夫することにより財政的基盤を確保しつつ、 国民に信頼されるよう実績を作っていくしかないであろう。