『協う』2007年8月号 特集2

くらしと協同の研究所「研究会」レポート

自主研究会「生活圏市場」研究会
「生活圏市場」概念から見ようとすること
研究会代表:三次正巳(立命館大学名誉教授)

 

1. 「生活圏市場」 を提起するにいたる過程
かって、 姫路医療生協の調査にかかわったとき、 医療問題は 「生活」 の領域でとらえることが必要ではないか、 という思いにとりつかれた。 疾病の発生する場が 「生活」 の場である以上、 その治療・看護・そして介護も日常の 「生活」 の場とのかかわりは深く、 またそうあることが望ましいのではないか?医科学・医療技術の進歩、 医療計画、 医療保険制度など、 いずれも 「生活」 との関わりを無視しては考えられないという思いにかられた。 その結果が、 「生活医療」 という設定に行きついた。 こうした思考は、 あらためて 「生活圏市場」 として提起させることになった (戸木田嘉久・三好正巳編著 『生協再生と職員の挑戦』 2005年刊の第1章)。 とはいえ、 そこではほとんど理論的に展開することはなく、 ただ思いつく2.3の例示をするだけに終わっている。 いつの日にか、 提起した以上はいくぶんかでも理論的に意味づけること、 また 「生活圏市場」 にかかわる事例について考察を加えるべき宿題があると思い続けてきた。 しかし、 とても独りの智慧ではこなせるものではないと思案していたときに、 当研究所で自主研究の一つの課題として認めていただき、 しかも強力なメンバー構成に支えられて、 ともかく研究活動が開始された。
ところで、 たまたま 『政治学事典』 (弘文堂) を検索していたときに、 「生活圏」 という言葉を見つけた。 それは 「共同体」 という事項の内容としてであった。 そこでの記述は、 「共同体 (コミュニティ)」 についての一つの考え方として、 「生活圏」 あるいは 「社会圏」 という意味でとらえられていた。 この事項説明は、 「生活圏市場」 の広がりを、 広くとらえようとするわれわれの理解に通じるものである。 また、 井上吉郎さんがメンバーとして参加したことが、 「生活圏市場」 の領域に 「福祉」 を含むことを確認させることになった。 メンバー構成と調査や討論が、 この概念を深めることになっている。

2. 「生活圏市場」 のための準備的考察
現実の市場それは資本主義の市場だといえば 「社会システム」 論者にすれば、 超歴史の思考から即座に拒否反応を示すだろう。 しかし、 現実の市場が資本の自由な (「効率」 優先) 活動の場であることまでを否定することはできまい。 これこそ、 その歴史的性格が資本主義的市場である証左である。 われわれの意図は、 現実市場の性格規定はともかく、 その市場の中に 「生活圏市場」 という市場圏を画することである。 この市場の性格は、 消費市場であり、 消費組合 (たとえば生活協同組合) を核として各種・各規模の生活消費財のための生産協同組合とつながり、 そのつなぎ (流通) のための諸手段 (運輸、 情報) と諸組織 (生活ネットワーク) で組織される市場 (「自由」 市場の中の組織市場) である。 この市場の規模は、 「生活圏」 ないし 「社会圏」 つまりコミュニティである。
ところで社会生活の問題は、 収入論の領域に属するが、 今日わが国では、 問題は格差や相対的貧困化率で片づけられない社会法則にもとづく貧困である。 この貧困は、 「効率性」 をあくこともなく追求することを、 国家に 「美徳」 として承認された国境を越えた資本の振る舞い (グローバリズム) が招いたものである。 その世界史的な意味は、 紙幅の関係もあって、 ここでは述べることはしない。 国境を超えた資本 (多国籍業や投資ファンドなど) の振る舞いと、 その振る舞いを積極的に追認し加担する国民国家の政権の在りようは同罪である。 自由競争の市場が資源を、 「小さな政府」 のもとで各セクターに最適に配分するということは、 ただ彼ら資本にとって最適の配分を保障するだけである。 その結果である生活の貧困は 「格差」 と呼ばれて自己責任とされる。
国家に放任された市場では、 所得再配分機能は社会的に劣化する。 こうした状況から 「生活圏市場」すなわちコミュニティ市場は、 「生活圏」 「社会圏」 を守るものとして、 生活の場で意識的に組織されることを要請されるのである。

3. 「生活圏市場」 のイメージ
「生活圏市場」 はたんなる購買市場ではない。 消費支援市場である。 支援されるのは、 世帯ではなく家族を単位とする消費者 (生協らしくいえば生活者) の生活である。 それは、 コミュニティの生活基本単位である。 そこでは個々人の生涯の生活は、 世帯のみでは消費支援がむつかしいと想定している。 つまり消費生活のすべてを自己責任、 受益者負担とすることには、 貧困と 「格差」 を再生産する所得配分の現状では不可能だからである。
また、 消費の側から市場をとらえると、 生産-分配・交換-消費の流れは、 逆転させることになる。 この逆転は、 分配・交換を一括りにした流通そのものの在りように、 新しいルールを持ち込まねばなるまい。 流通のこのルールは、 サプライ・チェーンとバリュー・チェーンの構成に工夫と努力を欠かせまい。 同時に、 この工夫と努力は、 付加価値配分の妥当性の根拠を安全・安心そして消費支援に据えた価格設定を、 逆転の流れにそって貫徹させることでもある。
さらに、 こうした価格設定と付加価値配分は、 そのための諸基準を合理的かつ民主的な手順によって調整し決定することと不可分であろう。 しかも、 この諸基準は、 外部環境 (一般的市場条件) の変化に対し、 生活防衛的に反応するものであり、 つねに消費の側から点検と評価ができるシステムとして設計されることが必要である。
こうして、 「生活圏市場」 の流通は、 「フェア・トレード」 の実践を、 「生活圏」 ・ 「社会圏」 に組み込むものとなろう。

4. 「生活圏市場」 の理論を深化させるために
この理論を深化させるためには、 現実の市場において、 検討し学ぶべき事象・事例を探し出すことが欠かせない。 そこでまず、 産地直結について調査・研究が必要となる。 その場合の分析方法は、 ロジスティクス (戦略を含む) である。 つまりそれは、 サプライチェーン、 バリューチェーンとともに情報ないしコミュニティチェーンをもって、 相互関係を維持する一体像としてとらえることである。 この一体像を拡張するために、 多様な業態の個々の生産、 流通・運輸、 販売の事業者などを含むビジネスネットを創設することになる
「生活圏市場」 の特性をなす消費ひいては生活支援の観点から、 消費者サービスのきめ細かな内容と形態を模索する必要がある。 たとえば、 食生活についていえば、 レシピと結びついた食材のセット化、 しかも消費者の仲間づくりの力に依拠することで現実性は一段と高くなろう。 また、 「生活圏市場」 において取り扱われるもの (財とサービス) については、 選ばれることになる。 この選択は、 市場圏の骨格をなすビジネスネットの弾力性と浸透力によって決まることになろう。

5. 「生活圏市場」 視点からの生協論
「生活圏市場」 が構想するビジネスネットでは、 生協が中核となることを想定している。 こうした想定は、 生協の運動はもとより事業活動にも、 あらたな評価基準を提供することが期待できるのではと考える。 その場合の二つのキーワードは、 消費支援とともに構想するビジネスネットを成り立たせるための価格設定である。 消費支援は、 たとえばユビキタス社会下の情報格差を思い浮かべてみればよい。 また福祉まで含めれば、 消費支援は生活支援ともなる。 この価格設定には、 石油などエネルギーの高騰や飼料価格の上昇など、 消費財の生産にそれらのコスト変化を吸収する緩衝帯を、 構築することを含むものであること。 こうしたキーワードをもとに、 現段階に対応する生協論の構築が考えられてはどうであろうか。
こうして当研究会は、 生活や市場でおきるさまざまな事態に対応しつつ、 調査や討論によって、 さらに肉付けすることを求め続けることになろう。