『協う』2007年8月号 生協・協同組合研究の動向

地域から生協の普遍化を-千葉商大の生協論寄付講座-
西村一郎 (財)生協総合研究所研究委員

寄付講座 「生協の理論と実践」
  2006年10月から2007年1月にかけて千葉県生協連では、 千葉商科大学生協と協力し、 千葉商科大学において 「生協の理論と実践」 をテーマとした寄付講座を開催してきた。
  生協やコープといった名称はそれなりに知られていても、 生協と農協やスーパーなどとの違いや、 そもそも生協とは何なのかといった点で、 学生の理解はまだまだ不充分である。 そこで学生がやがて社会人となったときに、 何らかの形で地域の生協に興味を持って関われるような情報を提供しようと考えた。 できれば就職先の1つの選択肢にしてもらえればという願いもあった。 また生協の内部では、 次世代を担う学生へのメッセージを工夫することにより、 今日の生協のあり方をより客観的にまとめるきっかけにしたいことも考えた。 さらに無料の公開講座として開催し、 個別の生協の理事や職員にも参加してもらい、 自分の属している生協のことだけでなく、 同じ千葉県下で活動している他の生協の理念や実態などにも触れ、 共に生協のあり方を考えるヒントにしてもらう意図もあった。
  各講義では、 各講師から1時間の話がまずあり、 残りの15分は質疑応答で、 後は感想をまとめる時間にあてた。 学生には、 2単位の特別講義として毎回に採点対象の感想レポートの提出を義務付け、 あわせて生協に関わるテーマで、 5000字以上の懸賞レポートも期間中に募集して学習意欲を高めようと企画した。 はじめての試みでもあり心配もあったが、 参加学生は毎回150名をこえ、 また社会人は20名前後が教室に集まるという盛況で、 講義の後では毎回のように学生から活発な質問が出ていた。
  受講した学生の評価も高く、 「初めて生協の全体像を知った」 とか、 「住んでいる地域における生協の活動を理解することができた」 などの感想も寄せられている。 また参加した生協職員や組合員理事は、 同じ県にあっても自分の生協以外についての情報は少なく、 「こんなに生協は拡がっているのか」 と驚き、 かつ生協に関わることの誇りや自信を再確認していた。

『生協の本』 として出版
  こうした講義内容は、 受講生だけに留めておくことはもったいないと考え、 他県の生協や一般社会にも普及させる意義があると判断し、 独自の本にまとめる準備を同時に進めてきた。 その結果、 番場博之・千葉商科大学生協編 『生協の本』 (コープ出版 定価1200円) として、 2007年3月末に出版することができた。 サブタイトルは、 「国内最大級の流通業についてみんなが知りたいこと」 とし、 毎回の学生による感想文の一部と、 応募があった5本の懸賞レポートから、 2本の優秀賞である 「大学生協 次なるビジョン」 と 「LIFE IMPROVE PROJECT」 も掲載した。 この本には以下の特徴がある。
  第一に総論編として、 生協の今日的な役割や課題などについて、 経営学や社会学や教育学など幅広い学際的な視点から問題提起をしている。
  第二に実践編では、 千葉県で活動している3つの地域生協だけでなく、 大学生協や共済生協である全労済が、 どのような経過で今日まで発展し、 かつ組合員や地域社会に対するこだわりや取り組みを事実で伝えている。
  具体的には末尾(19頁)章立てとなっている。 なお所属と役職は講義した当時のものである。

生協の普遍化に向けて
  今回の寄付講座や出版の持つ意味はいくつかある。
  第一に、 生協のあり方に迫る演繹法と帰納法をミックスさせたことである。 理論的な 「あるべき論」 から本質に迫ろうとする演繹法だけでは、 大きな環境変化のもとでは把握できないことが少なくない。 そこで現実から出発して普遍化し、 本質に迫ろうとする帰納法をとることも大切になってくる。 そのためここでは、 学者や研究者だけでなく生協の実務家が協力し大きく貢献した。
  第二に、 千葉県という地域における生協のあり方に限定したことである。 日本全体における生協のあり方では、 抽象的になってしまう傾向にあるが、 身近な県域に対象を絞ることにより、 自らの暮らしや社会との関連性をより具体的に考えやすくなる。 今回は登場できなかった生協を加えれば、 地域社会に関わる生協の実像がより立体的に浮かび上がってくるだろう。
  第三に、 県連を中心としていくつもの異なった生協が協力し、 1つの目標を達成したことである。 内部で私たちが考える以上に生協は、 わが国での社会的な広がりを持っている。 生協の組合員数は、 全労済や県民共済といった生協を加えると5915万人 (05年度厚生労働省統計) となる。 単純に計算すると、 国民の2人に1人が生協組合員という飛躍した評価にもなる。 ともあれこうした千葉における今回の取り組みは、 これからの生協のあり方を考え、 本質を普遍化するうえで、 1つのチャレンジであることは間違いないだろう。

生協研究の課題
  わが国における生協法が61年ぶりに改正された。 国会での答弁によれば、 法を改正して生協に期待することとして、 介護・医療・貸し金が上がっている。 それぞれの評価は別にして、 これまで以上
に社会か生協への期待が膨らんでいることは事実である。
  他方で生協の経営実態は、 安心できる水準ではない。 全国では供給高が年間1兆円もある店舗の大半は赤字だし、 兼業禁止となった共済事業は保険業界との競争が激しくなり、 これまでの高収益はいつまでも期待できない。 成長の高い個配では、 労働市場の変化により委託先での職員確保が今までになく厳しくなりつつある。
  こうした中で、 これまで以上に生協の事業や運動のあり方はどうあるべきか問われている。 その点で、 かつて山形県の共立社生協を育てた佐藤日出夫さんの、 「流れに沿いながら、 流されない主体」 をつくるという名言が想起される。 「流れに沿いながら」 とは、 時代の流れを読むことであり、 「流されない主体」 とは原点へのこだわりと読み替えることができる。
  時代の流れでは、 わが国の人口はすでに減少し始め、 高齢社会が一段と進み、 地域社会が多様に変化しつつある。 同時に、 石油の国際的な需給バランスの崩れるオイル・ピークが、 2010年から2015年に到来するとの説が有力である。 40年後に地球上から枯渇する石油であるから、 石油依存症ともいえるわが国のあり方や、 その中での食や生協の事業も、 いずれ近い将来に大きな見直しを迫られることになるだろう。
  生協法は、 新旧ともに第1条の目的で、 「国民の生活の安定と生活文化の向上を期する」 ことを明記している。 戦後の物不足の頃と、 経済大国となっている今日では、 「生活の安定と生活文化の向上」 の意味が異なるのは当然で、 私たちは今日的な生協の原点を明確にすることが求められている。
  こうした時代と原点を明らかにする壮大で有機的な生協研究が、 千葉県の取り組みを1つの参考にしつつ各地で展開されれば、 大きな力を発揮するのではないだろうか。 地球環境を破壊してまでの大量の生産・消費・廃棄の社会が、 すでに限界に近づきつつあることは明らかである。 それに替わる暮らし方や地域社会づくりに、 生協として正面から応える研究が私たちに問われている。