『協う』2007年8月号 Book Review 1

中嶋信 著
新しい「公共」をつくる
浜岡政好(佛教大学・くらしと協同の件空所理事, 運営委員)


もう十年以上にもわたって政府は、 「小さな政府」 をつくるべきだ、 これまでの国の仕事は 「民間」 や 「市場」 に任せるべきだと言い続け、 そして社会保障を初めとする 「公」 の仕事を削減し、 また公的な規制も次々と外してきました。 その結果、 「セーフティネットが空洞化」 し、 国民生活のなかに凄まじいまでに貧困や格差が広がってきたのです。
「フリーター」 や 「ニート」 「ワーキング・プア」 などの言葉がマスメディアを賑わしていることにも示されているように、 こうした貧困や格差の事実は多くの国民にも放置できない問題として認識されるようになっています。 さすがに政府もこれ以上の貧困や格差の増大を放置しては支持を得られないと思ったのか、 「成長力底上げ戦略」 や 「再チャレンジ支援総合プラン」 なる政策を打ち出してきました。 これらの政策はこれまでの規制緩和をもっと強め、 大企業を中心として経済成長をさらに加速することによって貧困や格差を是正しようとするものです。
しかし、 こうした 「米国流グローバリズム」 への追随政策の先には貧困や格差の是正は望むべくもありません。 では、 どのような対抗策があるのか。 本書の問題意識はこの対抗戦略を日本の国民生活や地域における住民の諸活動の現状に即して明らかにすることです。 「市場原理モデル」 にもとづく 「米国流グローバリズム」 への追随政策への対抗戦略を打ち出すために、 著者はその中心に 「新しい公共」 の概念を据えて、 公共領域の再構築を呼びかけています。
著者のいう 「新しい公共」 は 「参加型民主主義」 を強めながら、 市場任せではなく 「社会的なコントロール」 を高めるという方向性です。 そしてそのことを生活の場である地域社会から 「参加型地域づくり」 という形で新しい担い手によって実践していこうとするものです。 本書の魅力と説得力はその 「参加型地域づくり」 を徳島県の公共事業への住民参加のかたちや上勝町での 「公共領域を協同でつくりかえる」 活動などの事例を通していきいきと描き出していることです。 徳島県での沖洲埋立計画修正 (2002年) に至る住民参加は、 行政と住民が公共事業をめぐって機械的に対立したり、 また行政が責任をもって行うべきことを放棄して、 住民にその仕事を押しつけ、 代替させるような 「新しい公共」 ではなく、 住民が政策決定過程に参加しながら、 行政とも協働しながら 「新しい公共」 領域を豊かにつくりだしていることを示しています。
この住民参加や住民合意を高める民主主義の成熟は今日決定的に重要なことだと思います。 それは政府や財界など 「米国流グローバリズム」 の信奉者も、 「小さな政府」 を補完するものとして、 企業やNPO、 ボタンティァ等の 「民間」 による 「新しい公共」 を強調しているからです。 しかし、 この場合の 「新しい公共」 は行政の 「持ち場からの逃走」 とセットになった単なる公共的役務の代替であることがほとんどです。 そして政策決定過程といえば少数の政財界の幹部がそれこそトップダウンで決めてしまうのです。
これがこの間の 「小さな政府」 型の 「新しい公共」 のやり方でした。 加えて、 もっと不気味なことには、 経済領域における市場原理による公の縮減と 「新しい公共」 による代替とあわせて、 政治や社会領域における 「古い奉公」 の復活の気配です。 愛国心や規範意識が強調されるなど 「政治的権威主義」 が強められる動きが出ています。 この動きは単なるアナクロニズムではありません。 「市場原理モデル」 が生み出す社会の解体を上から 「政治的権威主義」 によって統合する必要があるからです。
今進められているような市場や国家に翻弄される 「国のかたち」 ではない、 「もう一つの世界を可能にする」 ためには、 著者が主張するように地域から参加型民主主義を成熟させ、 公共領域を再構築する必要があります。 公共の再構築に関心をもっているみなさん、 そして全国各地で 「新しい公共」 づくりを実践しているみなさん、 是非、 本書を手にとって下さい。 そして感想を持ち寄って分野を越えた交流をしてみませんか。