『協う』2007年6月号 視角


働くことと環境問題 

植田 和弘
京都大学大学院経済学研究科
地球環境学堂

働くことと環境問題との間には、 どのような関係があるのだろうか。 これまであまり論じられてこなかったが、 両者の間には理論的にも実践的にも深い関係があり、 その関係を再編成することなくして、 環境問題を解決できる経済社会を構築することはできない。
まずマクロ的側面、 すなわち環境と雇用の問題について考えてみよう。
環境問題・環境政策をめぐって繰り返し発せられる 「環境か成長か」 という問いの背後には、 「環境を保全しようとすると成長が抑制され、 経済の成長を重視すると環境は悪化せざるをえない」 という考えがある。 いわゆる環境と成長のトレードオフ (同時には成立しない二律背反の関係) 論である。 成長が雇用や福祉と密接に関連しているならば、 環境と雇用、 環境と福祉を両立させるためには、 このトレードオフを克服する途を探求していかなければならない。
管見によれば、 ここ四半世紀ほどの間に、 環境と雇用の両立を図るいくつかのアイデアが提示され、 政策として具体化されはじめている。
その1つが、 ドイツの経済学者ビンスヴァンガーらによるエコロジカルな税制改革の提案である。 エネルギー課税を強化し、 そこで得られた税収を企業の社会保険料負担を軽減するための財源に使用するという、 税収中立の税制改革案で、 1983年にはじめて提案された。 1980年代はじめのドイツでは、 エコロジー問題が政治上の重要な争点になっていた。 緑の党という政党が当時の西ドイツで1980年に結成され、 1983年に連邦議会に進出している。 緑の党の出現は単に新しい政党が1つできたということにとどまらず、 既存の政党に対しても体系的な環境政策を持つことを迫ったという意味で、 影響は大きかった。
ビンスヴァンガーらの問題意識は、 エコロジー的価値を公共政策で重視することに異存はないものの、 ヨーロッパ社会が抱えるもう1つの重要課題である失業の克服をも意識した政策でなければならないというものである。 雇用が成長率に比例するもので、 環境政策が成長率を低下させるものならば、 環境政策を実施すれば失業が増加せざるをえない。 ビンスヴァンガーらの提案が注目されるのは、 環境と雇用は両立し得ないものとして妥協点を探るのではなく、 環境と雇用のどちらも重要であるという立場から両方同時に達成する方策を考案しようとした点にある。 エコロジカルな税制改革はその結果なのである。
『環境破壊なき雇用』 と題する彼らの著書の中で、 改革案は、 「切り離し戦略」 [雇用の増大と環境破壊の増大が常に相伴ってしまうというこれまでの両者の関係を切り離し、 雇用を増大させるか、 少なくとも維持しながら環境の改善を図るための経済政策上の戦略・・訳者注]と呼ばれている。 課税によって環境保全やエネルギーの節約という配当が得られるだけでなく、 その税収を活用して雇用の増大というもう1つの配当を得ることができるので、 二重の配当をもたらす税制改革である。 この提案は、 現在のドイツでビンスヴァンガーらのアイデアに近い形で実施されている。
働くことと環境問題の関係を、 そのミクロ的側面から検討することは、 豊かさとは何かについて考えることでもある。 豊かさとは何かについて考える際に忘れてならないのは、 今日の持続可能な社会論にも示唆を与える定常状態論を提示していたJ.S.ミルが、 労働時間と生活時間の区別を提唱した最初の経済学者でもあったことである。  
現代の暮らしの特徴を人々の生活時間構造から見るならば、 労働時間が増大する中で、 自然と触れ合う時間がなくなり、 まちづくりに参加する時間も保証されなくなってきているということである。 特に、 情報技術が進歩し経済のグローバル化が進展するとともに、 企業をはじめあらゆる組織に強い競争圧力が働く中で、 労働時間が一貫して増加傾向にあることに留意しなければならない。
一般に、 よりよい生活環境を維持・管理・創造していくためには、 人々の生活の中にそのことに従事するための時間を確保しなければならない。 温室効果ガスやごみの排出量を減らすために知恵を出し、 行動をしていかなければならないが、 そのことに取り組む時間を生活の中にビルトインしていかなければならない。 住みよいまちをつくるには、 その内容を議論する場やコミュニケーションの時間が不可欠である。 ドイツがしばしば環境先進国として取り上げられるが、 日本と比較して労働時間が年間で約400時間短いことは、 人々が環境やまちづくりのための時間を確保するための制度的基盤になっているのではなかろうか。
環境保全やまちづくりのためにすべての人が参加し協働作業をしていくことが求められている今日、 一人ひとりの生活時間構造に着目した社会経済システムの改革が展望されるべきであろう。