『協う』2007年6月号 特集3

寄 稿  働き方の日仏比較        


森脇 丈子
鹿児島県立短期大学


それにしても、 格差社会のなかでもっとも犠牲となっているはずの日本の若者達が 「おとなしい」 のはなぜなのだろう?大きなデモも、 ストライキも、 ほとんど耳にすることがない。 それに比べて、 ヨーロッパ、 とくにフランスでは、 雇用に関する若者の不満がさまざまな形で爆発していることがマスメディアで報じられている。 そのフランスの雇用情勢について、 森脇丈子氏にご寄稿いただいた。


2006年4月10日、 フランス政府は2ヶ月余りにわたって続いた大規模な社会運動に譲歩して、 「初期雇用契約 (CPE)」 を規定した 「機会均等法」 8条の差し替えを発表した。 CPE法案は、 2006年1月16日に 「雇用促進法案」 として政府より発表された。 ここには、 26歳以下の若者を雇用するにあたって、 ①通常の正規雇用で認められている2ヶ月の試用期間を2年に延長する、 ②その期間は雇用者が労働者を解雇するための理由説明を必要としない、 という内容が含まれていた。 政府は、 企業がいったん正規労働者を雇い入れるとなかなか解雇できないという法律上の規制を緩和し、 解雇しやすい枠組みを企業に与えることで雇用の促進を図り、 若年層でとりわけ高い失業率を引き下げたいと考えていた。 だが、 労働組合と多くの大学生は、 若年層ですでに増えつつある不安定雇用のさらなる拡大を許すな、 不安定就業層の拡大による労働条件引き下げ圧力の強化を許すなといった主張を全面に押し出し、 これらに賛同する高校生、 労働者、 退職者など社会階層の枠組みを越えた支持を獲得し、 政府を追い詰め、 事実上の法律 (3月9日成立) の撤回を勝ち取った。
ドヴィルパン首相 (当時) は、 シラク大統領の後を継ぐ保守陣営の有力な大統領候補の一人であったが、 CPE法案の取り扱いをめぐって国民の支持を失い、 大統領選の候補からも姿を消すこととなった。 フランスでは、 世論が政治を動かしうることを多くの国民が知っているのである。 この点で、 日仏両国の民主主義の発達度には明確な格差があるといえ、 日本では、 とりわけ権利意識の養成や、 生活や労働条件さらには言論の自由をまもるため、 各人がどのように政治にかかわることができるのかといったことに焦点をあてて、 社会運動を展開していく必要があるといえるだろう。
では、 フランス社会における労働条件の特徴をいくつかとりあげてみよう。 第一は、 週35時間労働 (実際の週労働時間は正規労働者平均で38時間55分<2004年INSEE統計>) である。 第二は、 正規労働者の比率の高さである。 就業人口の9割が賃金労働者として働いており、 そのうちの8割を超える労働者が正規雇用で働いている。 雇用主による安易な解雇、 職権乱用を防ぐため、 ①事前通告の義務、 ②解雇時の保証金、 ③雇用主が解雇理由を示す義務の明示などが決められている。 また、 雇用主が有期限契約の労働者を雇う場合にはいくつもの条件をクリアしなければならず、 コスト削減などを目的とした正規労働者の非正規労働者への置き換えはきわめて難しい。 第三は、 残業に対する規制の厳格さである。 時間外労働の上限は年間220時間までで、 通常賃金の25~50%増しの賃金が支払われている。 第四に、 5週間の年休 (基本的に全日数消化が義務) である。 第五に、 失業保険をはじめとする社会保障が日本に比して相対的に厚く保障されていることである。 これら以外に労働者をとりまくイデオロギー状況として、 ①労働者間の連帯、 階層を越えて他者に対する共感能力が強いこと (なお労働組合組織率は極めて低く8%前後と推定されている)、 ②市民としての権利について学ぶことができる教育システム等の存在、 ③さまざまな立場の声を取り上げるマスコミの存在とその役割などがあることも指摘しておかなければならないだろう。
2007年5月のフランス大統領選挙で35時間労働制撤廃・アメリカ寄りの経済政策の実施を掲げるサルコジ候補が当選したことにより、 フランスでは今後、 労働者の既得権を取り崩し、 労働者保護の枠組みを緩和する方向での議論が活発になることは避けられない。 だが、 働いても働いても豊かになれない (平凡な生活を送ることさえ難しい) 労働の現場がすでに存在していることを知っている私たちは、 アメリカ型の自由主義経済と社会の安定とが両立しえないということをすでに理解している。 フランスの経済力と民主主義、 EUにおけるフランスの位置が今後どのように変化していくのか、 気にかかるところである。


森脇 丈子(もりわき たけこ)
「フランスにおける若年層をとりまく雇用状況について」
(『日仏社会学会年報第16号』、 2006年) 専門:生活経済論・生活様式論。 コープかごしま理事 (2006年より)